第67話 Side ソフィア・ヴァルハーレン
私の名はソフィア・ヴァルハーレン、22歳になりました。元ニルヴァ王国第二王女で、現在はヴァルハーレン大公夫人です。
エドワードを失った直後はショックで寝たきりになってしまいましたが、しばらくすると、私と連れ去られたはずのエドワードが、目に見えない糸のようなもので繋がっていることに気がつきました。
エドワードが生きていることを感じた私は体調を元に戻そうと頑張りましたが、気づくのが少し遅かったせいか、思うように体調が回復しなくなっていたのです。
しかし、7歳になったエドワードを探しだすためにと、夫のハリーや屋敷の皆のサポートもあって、なんとか日常生活を送ることができるようにまで回復できました。
先日のことですが、7年もの間何もなかった日常に変化が起こり、いつもはエドワードとギリギリ繋がっている感覚しかなかったものが、はっきりとエドワードを感じ取れるようになったのです。
ハリーが王都に召喚されて不在だったことが残念でなりません。その後ハリーが帰って来ましたが、ついにイグルス帝国が戦争を仕掛けてくるとのことでした。
イグルス帝国が攻めてくるということで7年前、エドワードを失ったあの日を思い出してしまいますが、エドワードをはっきりと感じ取れる今、私に不安はありません。
エドワードに少しでも近づくためにお願いしてみると、ハリーは全てを話さなくても私の言いたいことを理解してくれる素晴らしい夫でした。
ハリーの了解を取った私はエドワードを探すために移動の準備を始めます。
「メリッサ、コレット。バーランスに行くわよ」
「「畏まりました、すぐに準備いたします」」
メリッサはニルヴァ王国から一緒に来た専属の侍女、コレットはヴァルハーレンに嫁いでから私の専属侍女になりました。2人ともとてもよく尽くしてくれます。
「奥様、エドワード様はかなり近づいて来ているのでしょうか?」
メリッサが尋ねます。
「そうね。かなり近づいていると思うわ。それを確かめるためにもっと近くのバーランスに行くのよ。本当は王都まで行きたいところですが、さすがに王都だと反対するでしょう?」
「そうですね、実家からの報告によれば、王都はブラウ伯爵傘下の商会が力をつけてきているためか、かなり治安が悪くなってきているそうです」
コレットが答えました。
「そう……ブラウ伯爵ですか。今まではエドワードが捕まっている可能性もあったので、下手に手を出せなかったのよね……」
「はい、実家の方も貴族派の動きの中でも、特にブラウ伯爵とベルティーユ侯爵は常に警戒しているのですが、なかなか尻尾を出さずに苦労しているようです」
「今は貴族派の動きよりもエドワードね。絶対に見つけるわよ」
「「はいっ!」」
その後、家令のルーカスから出発の準備が整ったとの報告を受け、ルーカスの元へ行くと……。
「ルーカス……この軍勢は何かしら?」
「もちろん、奥様の護衛でございます」
「いくら何でも、ちょっと多すぎないかしら?」
「旦那様と相談して、機転の利く精鋭500を集めてあります」
「精鋭500って戦争をするわけじゃないんだから」
「奥様、バーランスの町はブラウ伯爵領からも割と近い位置にございますので、これで少ないことはないと存じます」
「ブラウ伯爵が何か仕掛けてくるということかしら?」
「それは分かりかねますが、最近のブラウ伯爵は大人しいようですので、何か仕掛けて来てもおかしくはない状況にございます」
「了解よ。それでは出発することにしましょう」
ルーカスが兵士を呼びます。
「アーダム隊長! こちらに」
「はっ!」
「奥様、彼が今回、護衛の隊長を務めますアーダムになります」
「今回、護衛の隊長を務めさせていただきます、アーダム・レヴィンと申します!」
「レヴィンというとレヴィン男爵の?」
「はっ、三男になります!」
「気転が利くという事は、エラン様とは違ったタイプなのかしら?」
「父の性格は長男のヘルマンが受け継いでおりますので」
「そうなのね。今回はよろしく頼むわね」
「お任せください! 馬車をこちらへ!」
馬車が私の前まで来ますが、初めて見る馬車でした。
「あら? 初めて見る馬車ね」
「旦那様が奥様のために作らせた最新鋭の魔道馬車で、防御力が桁違いにアップしております」
「ハリーったら相変わらず心配性ね」
「旦那様もあのような悲劇は二度と見たくないのでしょう」
「私ももっと気を強く持たなくては駄目ね」
侍女の手を借りて馬車に乗り込み出発します。
高速で流れる景色を見つめながら呟く。
「それにしても凄く速い馬車ね……」
つき合いの長いメリッサは、私の独り言にすら答えてくれる。
「旦那様の愛情たっぷりの馬車ですよねー、とても羨ましいです」
「あら、メリッサこの間、カッコいい人見つけたって言ってなかったかしら?」
コレットがメリッサを揶揄います。
「コレットさん、意地悪です! あの人妻子持ちって知ってましたよね?」
「あらそうだったかしら?」
「相変わらずメリッサは顔で判断しているのね」
「超イケメンの愛妻家と結婚したソフィア様には言われたくないです!」
この話は私には不利なようですね。
「エドワード様は元気なんでしょうか?」
「そうね、7歳にしては感じる力が少し大きすぎるようなんだけど。辛い目に遭っていないか心配だわ」
「大きすぎる力というのは旦那様に似たのでは? 旦那様も幼少の頃から他を圧倒する力を持ってましたし」
「コレットからハリーの話を聞くのは初めてね。そんなに幼少のころから有名だったのかしら?」
「先代の大公様も有名でしたが、旦那様はさらにその上を行くかと。旦那様と奥様がご結婚された時は、国中の女性がショックで寝込んだという噂まで流れましたから」
「コレットはどうだったのかしら?」
「私は昔から強さにしか興味のない女でしたので」
「そうだったわね」
「コレットさん、美人なのにもったいないですぅ」
「メリッサ、地のバカが出てきてるぞ。エドワード様に悪影響だから隠せ」
「コレットさんの意地悪!」
久しぶりに2人のくだけた会話を聞きながらイーリス街道を進むと、やがてバーランスの町へ通じる分かれ道に近づきます。
そこでエドワードの気配を強く感じ取った私は思わず叫んでしまいました。
「馬車を停めて!」
侍女の2人が慌てて馬車や護衛を停めるように手配し、コレットが心配そうに聞きます。
「奥様、隊を停めましたがいかがされました?」
「エドワードが近くにいるわ」
「「えっ⁉」」
2人は馬車の外に出て辺りを探しに行きました。
「奥様、見渡す限りでは確認できませんが……」
「そうなのね……私も降ります」
「畏まりました。アーダム隊長に警戒させますので、少しだけお待ちください」
コレットがアーダム隊長のところに走って行きました。
しばらくすると兵士たちが慌ただしく動きだし周囲を警戒し始めたところで、コレットが戻ってきます。
「奥様、準備が整いましたのでお手を。メリッサも手伝って」
2人に支えてもらいながら馬車を降り、辺りを見回すと大きな岩が目に入りました。
「あそこね……」
私は侍女たちと兵士たちの心配な視線を感じながら、大きな岩に向かって歩きます。転ばないよう足元に気をつけて、一歩一歩進みました。
岩に近づくにつれて、エドワードの気配が強くなり、自然と目から涙がこぼれます。
やっと見つけたのです。岩の陰に隠れている小さな姿を。黒い外套で身を隠していましたが、私にはわかりました。
私は遂に7年間も探し続けた、愛する我が子を見つけたのです。
私は声が震えるのを抑えられませんでした。涙でぼやけた視界をこすりながら、彼の名前を呼びました。
「エドワード」




