第57話 黒髪の男
露店販売をしている黒髪黒目の男が見える。ボサボサ髪に伸び放題な髭、お世辞にも綺麗な身なりではない。やせ細り年齢はよく分からないが、40代ぐらいだろうか。
『エディよ、あの黒髪の男が気になるのか?』
「うん、僕が転生する前は多分、日本人だったと思うんだけど、日本人ってほとんどの人が黒髪で黒目なんだよね。この世界の一般人は茶髪で茶色の目が基本だから、どうしても気になっちゃうよね」
『ふむ、転生者の可能性もあるわけか』
「その可能性もあるよね。もう1つの可能性は日本によく似た国がこの世界にあるってことかな。前に鍛冶屋のレギンさんって人が、魔の森のさらに西にカタナって言う剣を使う国があるって言ってたんだけど、日本で作られてた剣もカタナって呼ぶから。その国から来た人の可能性もあるんだよね」
『それは気になるな』
「何か壺みたいなものを売ってるみたいだけど、気になるから行ってみよう」
取りあえず青の商人スタイルは目立つので、黒い外套を羽織って人気のない下級商店街に下りた。
黒髪の男の前に行くと話しかける。
「すいません。ここでは何を売っているのですか?」
「あ……こ……」
僕に気がついて何かを喋っているようなんだが、声がかすれて何を言っているのか分からない。
喉が渇いて声が出てないようなので、水代わりのワインを渡した。
「声が聞き取れないので、これを飲んで下さい」
男は凄い勢いでワインを飲み干す。しかし、全て飲み干してしまったことに気がつくと。
「全て飲んでしまいました。申し訳ございません!」
いきなり額を地面に擦りつけて謝りだした。
「あなたにあげた物なので構いませんよ。それより商品の説明をお願いできますか?」
「貴重な飲み水をかたじけない。某の売り物はこの壺2つ。ミソとショウユという調味料でござる」
「味噌と醤油だって⁉」
思わず大声を出してしまったので、男はビックリした。それ以外にも気になる語尾の『ござる』とかあったのだが、今はそれどころじゃない。
「そうでござる。ここでもう3週間ぐらい売りにだしているのですが、色が悪く臭いも独特なので、誰にも買ってもらえないのです」
「そうなんですか。見せてもらっても良いですか?」
高さ30センチぐらいの壺が2つある。まず1つ目の蓋を開けてみた。味噌には大豆に米麴を加えて作った米味噌、大豆に麦麹を加えて作った麦味噌、大豆のみが主原料の豆味噌の3種類とそれらをミックスさせた混合味噌があり。この味噌は豆味噌だな。
続いてもう1つの蓋を開けてみると、壺に入っているせいか黒い液体に見えるが、匂いは間違いなく醤油だ。
「確かに味噌と醤油です、僕が買いますよ。いくらになりますか? 金貨100枚ぐらいですか?」
「そ、それが……」
「もっと高いんですか? 金貨200枚ぐらいとか?」
「そんな阿漕な商売はしません。ただ恥を忍んでお頼み申す! 何か食料と交換していただけませぬか?」
「お金の方がたくさん食料を買えると思うのですが、どうしてですか?」
「お金を手にしたとて、今の某の身なりでは売ってもらえぬのだ。娘が病気で寝込んでいるのです。何か胃に優しいものを買ってきてはいただけないでしょうか?」
「いいですよ。今ちょうど食材があるので作りましょう。娘さんの容体を見て何を作るか決めたいのですが、構いませんか?」
「よ、よいのでござるか?」
「ええ、いいですよ。娘さんが心配なんでしょう? 早く行きましょう!」
移動した下級住宅街は、とても住宅街と呼べるような代物ではなく、スラム街と言った方がしっくりするような場所だった。
カトリーヌさんの情報ではスラムがないようなことを言ってたんだけど、下級住宅街の一角が完全にスラム化してるな。
スラムの中を進んでいくと男が住んでいる家? についた。朽ちる寸前のその家は、屋根や壁のいたるところに穴が開いていた。
男が中に入るので、後をついて中に入る。中には家具やベッドなどはなく、硬い床に寝かされている少女がいた。
4、5歳ぐらいの少女は痩せこけており、かなり辛そうに身体を起こす。
「ゴホッゴホッ。お父様、そちらのお客様は? ゴホッ」
「ツムギ! 大丈夫か⁉」
「辛いんだね。喋らなくていいよ。 エディと言います。君のお父さんから料理を作ることを条件に、味噌と醤油を買わせてもらったんだ」
かなり部屋がかび臭いが、今はどうしようもないので取りあえず料理の準備をする。
2人共かなり何も食べていないのか、お腹の音が凄いので消化の良さそうなものを作ろう。
麦と卵、イモを使って卵粥を作っていく、出汁などはないので売ってもらった味噌をちょっとだけ入れて味付けする。味噌のいい香りが食欲をそそる。
「出来ましたよ。かなり何も食べてないようなので卵粥にしました。2人共食べて下さい」
「いや、約束では娘に何か食べ物をという約束だ。某は結構なので娘に食べさせてください」
娘のツムギちゃんが、ビックリした顔で僕を見ている。
「たくさん作りましたので、お父さんの分もありますよ。足りなくなったらまた作るので、気にしないで食べてください」
木製の器によそって渡すと2人は泣きながら食べ始めた。食べてる様子を見ながら今度は水を入れてあげる。
たくさん作った卵粥はあっという間に無くなったので、もう一度作っておいた。
「2人共落ち着いたようですね」
「親子揃ってみっともない所をお見せして、申し訳ござらん」
「ぜんぜん気にしないんですけど、このまま食料を置いて帰ったとしても、解決にはならないと思うんですよね」
「しかしっ! 某には対価がもうござらんのです……」
「対価がなくても解決の糸口ぐらいは見つかるかもしれません。娘さんのためにも、どうして今の状況になったか話してくれませんか?」
「お父様……」
「分かっている……ツムギと大して変わらないエディ殿に本来なら相談すべきではないのだろうが、ここは恥を忍んでお話し申す」
「……」
話を要約すると。父親の名前はアキラ・コウサキ、34歳だった。出身のアシハラ国ではずっと内乱が続いてる中、コウサキ家の主君が討たれ、アキラさんと奥さん、ツムギちゃんの3人で落ち延び、魔の森を通ってヴァーヘイレム王国にたどり着くが、奥さんが病になる。薬の調達に奔走するも悪い商人に騙されて財産と住むところを失い、今に至るというわけだ。
この世界の類似ジャパンはアシハラ国というらしく、アキラさんはどうやら転生者ではないようだ。問題はお互いに利がある提案でなければ、アキラさんが納得しないということだ。
『エディよ何を悩んでおるのだ?』
「アキラさんたちに何かできそうな事はないかなと思ってさ」
『エディが買ったミソとショウユあれを作ってもらったらどうだ? 正直、初めて見たときはさすがに食べ物ではないと思ったが、エディが作った料理は旨そうな匂いを放っておった。我にも後で作って欲しいぞ』
なるほどその手があったか、醤油と味噌の安定供給が出来るなら、これほど素晴らしいことはないな……。
「教えて欲しいのですが、材料があれば味噌と醤油を作ることはできますか?」
「作り方はもちろん知っているので、ミソは大豆と塩があれば作ることはできる。ただショウユを作るための麹がないのだ」
「なるほど、味噌はいけるが醤油は材料が足りないと……」
「お父様! 麹ならお母様が亡くなる少し前に預かっております。コウサキ家では代々受け継いでいるそうです」
ツムギちゃんが何もない空間から麹? を取り出す。
「そうか、ミユキのやつ最後まで……」
「いや、そんな大切なものは仕舞っておいて……? ツムギちゃん今、どこから出したの?」
「空間収納庫からですが?」
「アシハラ国の人は、それみんなつかえたりするの?」
「武家のものなら収納庫の大きさに違いはあれど、大体使えるかと」
「それって僕でも覚えられます?」
「私でも使えるので、エディ様なら大丈夫かと思いますが」
ようやく良い提案を思いついたのだった。




