第55話 王都ヘイレム
歩いたり森の中を移動したりすること数日、ついに王都に到着した。
「これは凄い!」
『これほどの城を作るとは、この国の王はかなりの力を持っているのだろう』
僕たちは王都近くの山の木から王都ヘイレムを眺めている。
大きすぎて全貌は分からないが、イタリアのパルマノーヴァみたいな星形要塞になっているのではないだろうか。
但し、星形を形どるのは高さ20メートルぐらいの防壁で、その周りには川も流れている。
「中に入ろうか!」
『美味しいものが食べたいのだ』
近づいてみると、中に入る人たちが長蛇の列を作っているので、僕も並ぶ。青の商人スタイルに着替えているせいか、特に絡まれることもなく、ギルドカードのチェックを行って中に入る。但し、朝から並んで入れた頃には夕方になっていた。
取りあえず宿を探さなければならないのだが、カトリーヌさんの話ではぼったくりの宿や店が非常に多いので、しっかり見極めるように言われている。
まあ、今回はカトリーヌさんに紹介状を書いてもらった高級宿に泊まる予定だ。
王都の中は中央に城があり、そこから順番に貴族街、上級商店街、上級住宅街、中級商店街、中級住宅街、下級商店街、下級住宅街となっていて、上級住宅街や貴族街に入るにはさらにチェックが必要となる。
今から向かう虹彩館という宿屋は上級商店街にあるのだが、上級住宅街に入るには商人ギルドならEランク以上、冒険者ギルドならDランク以上の同行者がいないと入れない。
上級住宅街入口の守衛にギルドカードを見せて商店街の方へ向かう。虹彩館への道のりは守衛の人に確認したので問題ない。
先へ進むと、イギリスのクラシックホテルのような重厚感のある建物が見えてきた。あれが虹彩館なんだろう。
カトリーヌさんの紹介状を持っているとはいえ、さすがに追い出されそうなんだが、大丈夫なんだろうか。悩んでいてもしょうがないので中に入った。
「いらっしゃいませ」
オールバックのグレイヘアが似合うダンディなお爺さんだ。
「すいません。宿泊したいのですが大丈夫でしょうか? あっ、これ紹介状です」
「拝見いたします……カトリーヌさまからのご紹介ですね。問題ありませんので、お部屋をお取りしますが何泊されますか?」
「はい、そうですね、3泊でお願いします。あと、従魔がいるんですが、大丈夫でしょうか?」
「頭の上に乗っているのが従魔でございますね。もちろん問題ありませんが、従魔が問題を起こした場合、主人の責任になりますので、ご注意願います」
「分かりました」
「それでは、3泊で金貨3枚になります。食事は朝夕付きますが、食べなくても金額は変わりませんので、ご了承ください」
料金は先払いなんだな。
「はい、金貨3枚です」
「確かに受け取りました。ちょうど夕食の時間ですが、すぐお持ちいたしますか?」
「お願いします。ところで、食事は部屋で食べることができるのですか?」
「はい、当館には食堂のようなものはありませんので、全てのお客様が部屋にてお召し上がりになります」
「へー、そうなんですね」
2階の一番奥の部屋の鍵を開ける。
「こちらがエディ様のお部屋になります。お食事はすぐに運ばせます。ご用命がございましたら、各階に従業員が待機しておりますので、お申し付けください」
「ありがとうございます」
「それと……1つだけ個人的な質問をよろしいでしょうか?」
「はい、なんでしょうか?」
「カトリーヌ様のご紹介でしたが、カトリーヌ様はお元気でしょうか?」
「えっ!? カトリーヌさんですか? 凄く元気ですよ、どうかしましたか?」
「そうですか! いえ、7年程前、最後にお会いしたときは……あまり元気がありませんでしたので、心配しておりました」
なるほど、子供を亡くしてコラビの町に行く途中で泊まったんだな。
「この服もカトリーヌさんに作ってもらいましたし。今は心配ないと思いますよ」
「そうですか! それを聞いて安心いたしました。それではごゆっくり」
「ありがとうございます」
男性が部屋から出ていくが、扉の前で止まると。
「そういえば。まだ名乗っておりませんでしたな。私は支配人でオーナーのソントーンと申します。エディ様のご用命は私が承るように、従業員には申し付けておきますので何なりと」
そう言うと、ソントーンさんは去っていった。
「一番偉い人じゃん……」
『あれはかなり強いぞ』
「そうなの!? ぜんぜんそんな風に見えなかったけど」
『我を試すために殺気のようなものを飛ばしていたぞ。大抵の従魔ならあれで大人しくなるのだろうが、我には無駄だな』
「全く分からなった……」
トントン。扉がノックされる。
「はい」
「お食事をお持ちいたしました」
「どうぞ」
女性従業員が食事を持ってくる。格好はコットと呼ばれる、身体にフィットした長い丈のチュニックにシュールコーという上着を重ねている。ハットフィールド家のメイドも同じようなスタイルをしていたので、この世界にメイド服はないのかもしれない。
考えてみれば、メイド服自体は19世紀後半にできたものなのだ。服が高価なこの世界では、作られていないのだろう。
僕が考えごとをしている間に、従業員は夕食を2人分並べて出て行った。
「あれっ? 2人分ある」
『我が殺気を返したから、ビビって用意したのではないか?』
「えっ! そんなことまでしてたの?」
『まあ、しっかり我の分もあるのだから良いではないか』
そう言うとヴァイスは料理を食べ始める。
『これは美味いぞ! エディの料理も美味いが、これもなかなかの味だ!』
「そうなの?」
僕も食べ始める。さすがは王都の高級宿、塩だけでなく胡椒などのスパイスが効いて美味しい。
「さすが王都だね。色々な調味料があるのかもしれないから、明日から探しに行こう」
『それは楽しみだな!』
夕食後、お風呂こそはないが、部屋に洗い場があったので、ミラブールの魔法でさっぱりする。
久しぶりにベッドでゆっくり寝ることができるので、素材合成を行うことにする。
移動の数日間、毎日1回は試したのだが、今のところ1つしか増えていない。
【能力】糸(Lv4)
【登録】麻、綿、毛、絹
【金属】鉄、アルミ、鋼、ステンレス、タングステン、炭化タングステン、銅、銀、金、白金、ミスリル
【特殊】元素、スライム、ジャイアントスパイダー▼、蔓、グラウプニル(使用不可)
【媒染剤】鉄、銅、アルミ、ミョウバン
【魔物素材】ホーンラビットの角(18)、ダウン(3)、スライム(1)
【形状】糸、縄、ロープ、網、布▼
【作成可能色】24色▼
【解析中】無
まず真っ先に試したのがスライムの糸の合成だ。鉄と混ぜたらメタルスライムができると思ったのだが、期待は見事に打ち砕かれ、魔力を消費しただけに終わった。よく考えてみたらメタルスライムの糸ができたとしても鉄と違いがあるかといえば微妙かもしれない。単純にこの世界にメタルスライムが存在していない可能性もあるのだが。
次に注目したのが【特殊】の項目の元素だ、元素の中には鉄や金など【金属】と被っている項目もあり、その違いが分からなかったのだが。【金属】に登録していない元素を糸として出そうと試みたのだが、出すことができなかったため、元素は合成専用であることが判明した。
しかし、そうなると【金属】に登録されていない元素をどうやって登録するかという話になる。結論としては単一素材で合成することだった。その結果作れたのがタングステンなのだ。
そろそろ失敗ばかりじゃなく、数も増やしていきたいというか、能力のレベルを上げたい。レベルアップ条件が登録の数では無くなった今、残る可能性は経験値説かレベル4でマックス説。とにかく成功した数を増やさなければ。
高級宿屋とはいえ今日、初めて宿泊する。いざという時のための魔力は残しておきたいので、今回のチャレンジも1回。
今回チャレンジしてみるのはピアノ線だ。といっても作り方は鋼と一緒で、鉄に炭素を合成する。何が違うかというとピアノ線の材料である鉄は徹底的に不純物を取り除いた高純度の鉄を使うのだが、直接元素を操作できるいまなら作れるはずなので、チャレンジしてみる。
『素材合成ー合成する素材を選んでください』
素材は鉄と炭素を選択する。
『合成しますか?』
作成しますか? ・はい ・いいえ
<はい>と念じる。
確認してみると
【能力】糸(Lv4)
【登録】麻、綿、毛、絹
【金属】鉄、アルミ、鋼、ステンレス、ピアノ線、タングステン、炭化タングステン、銅、銀、金、白金、ミスリル
【特殊】元素、スライム、ジャイアントスパイダー▼、蔓、グラウプニル(使用不可)
【媒染剤】鉄、銅、アルミ、ミョウバン
【魔物素材】ホーンラビットの角(18)、ダウン(3)、スライム(1)
【形状】糸、縄、ロープ、網、布▼
【作成可能色】24色▼
【解析中】無
しっかり登録されたようだ。
検証を部屋の中でするわけにもいかないので、今日は久しぶりのベッドで大人しく寝ることにしたのだった。




