第51話 Side エミリア
私の名はエミリア。25歳になります。アルトゥーラ商人ギルドの副ギルド長を任せられています。
その日、私はギルド長より、ハットフィールド家に行って従魔登録及び布の相場を知らせるように申し付けられました。
従魔登録をするのは少年らしいのですが、ハットフィールド家にとって大切な恩人らしく、失礼のないようにと言うことで、副ギルド長の私に役目が回ってきたのです。
職員のアントニーは、どこからか私が見学に行くという話を聞きつけて、一緒に行きたいと言ってきました。しかし、彼はいつもトラブルを起こすので、私は即座に拒否しましたのです。
しかし、私が出発の準備をしていると、ギルド長が彼に見学だけならという条件で許可を出してしまいます。仕方なく、彼を連れて行くことにしました。
城に入りすぐ応接室へ通されますが、メイドに頼んで今回の依頼者であるハットフィールド夫人に挨拶をしに行きます。アントニーを公爵夫人に会わせるわけには行かないので応接室で待たせます。もちろんアントニーには、少年が来ても何もしないように念を押しておきます。
公爵夫人と長女のフランシス様から詳細を伺い、驚きました。これから会うエディという少年は、単身でオークの群れから三女のアリシア様を救出したそうです。出来るだけこの地に長く留まって欲しいので、出来るだけ丁重に扱って欲しいとお願いされました。
若干7歳でオークの群れを撃破し、商人ギルドランクも登録したてでEランクとは将来が楽しみな少年ですね。
◆
「大銀貨10枚にしてやるって言ってるんだ! さっさと出しやがれ!」
挨拶が終わり、応接室の前まで戻ってくると、アントニーの怒鳴り声が聞こえ、私は慌てて扉を開けます。
「アントニー、怒鳴り声が外まで聞こえましたけどいったい何事⁉」
「このガキが! ……いえ、何でもありません。ちょっと興奮してしまいました、申し訳ありません」
あれ程念を押したのにトラブルを起こすなんて、だから連れて行きたくなかったのよ! 今はフォローしないと取り返しのつかない事になるわ。
「あなたがエディ様ね、アルトゥーラの商人ギルドで副ギルド長を任されているエミリアです。よろしくね」
「モイライ商会のエディです。よろしくお願いしますと言いたいところですが、用事は完了しましたのでもういいですよ」
アントニーのやつ一体何をしたの? 丁寧な対応が逆に怖いんですけど!
「エディ様が私より先に来た場合、待っていてもらうように指示したはずですが、いったいどういう事かしらアントニー?」
「忙しいエミリアさんの手を煩わす必要がないので、俺がやっておきました」
「――! あなたまた勝手なことを!」
こいつ脳みそついてないのかしら、戻ったら絶対処分よ! あらっテーブルの上に絹布があるわね……。
「何ですかこの絹布は! こんなに綺麗な絹布を見たのは初めてです! これを卸していただけるのですか?」
「いえ、卸しませんよ。この程度じゃ1メートル大銀貨9枚にしかならないらしいので」
「どういう事かしら?」
大銀貨9枚って何よ! どんな品質でも大銀貨11枚は確実よ! 軽く見ただけでも大銀貨13枚以上は出せるじゃない! アントニーを睨みつけると真っ青になって震えだします。
「エミリア様、よろしいでしょうか?」
メイドのアナさんが会話に入って来ました。
「アントニー様は終始、お嬢様の恩人であるエディ様に横柄な態度をとられていました。このことは奥様や旦那様には報告させていただきますので」
これはダメなやつだ、この町でハットフィールド家と揉めるなんて絶対にあってはならないことよ。
「アナさん、ちょっと待ってください。エディ様と話をさせてもらえないかしら?」
「いえ、もう特に話することもないので帰っていただいて結構ですよ。今日は僕のようなガキのために、わざわざ足を運んでもらってすみませんでした」
ガキって何よ! 完全に怒っていて話しかける状況じゃないわ。
「――!」
「アナさん、すいません。ちょっと疲れたので先に部屋の方に戻りますね」
エディ君はそう言って出ていきました……。
「エミリア様、アントニー様お帰りはあちらになります」
私たちは強制的に帰らされることになりました。もうこいつの処分だけで済むとは思えないわね……。
「アントニー、私は今から帰ってギルド長とあなたの処分を決めなければなりません。言われたことも守れないあなたには馬車に乗る資格がないので、ゆっくり歩いて帰って来なさい。なんなら帰って来なくても大丈夫ですよ?」
「そんな! 俺は……」
「言い訳は不要です、この世界結果が全てよ。あなた今回の件でハットフィールド家からの印象最悪よ。この町に居られると思って?」
アントニーが項垂れますが、知ったことではありません。
「馬車を出してください」
商人ギルドに帰った私はギルド長に報告しますが、ギルド長からはまさかの言葉が。
「若者を育てるのも、副ギルド長の役目ではないかの?」
「彼が入りたての新人ならそうでしょうが、残念ながらそうではありません。彼には数えきれない程のクレームやハットフィールド公爵家から改善要請まで来ているのですよ!」
「しかしのう。彼のご実家からもよろしく言われとるからのう」
このじじい! 使えない下級貴族の四男をコネで入れるだけでも問題なのに。まだ庇うつもりか!
「しかし、ハットフィールド家と揉めた彼がこの先、この町でやっていけると思いますか?」
「ハットフィールド公爵様は温厚なお方だから、なんとかなるんじゃないかのう」
長年溜りに溜まったこの老害に対する不満が溢れてしまった私は……。
「何を甘いこと言ってるんですか! ただの家督も継げない男爵家の四男ごときが、公爵家に喧嘩を売ったんですよ! 下手をすればその男爵家ごと吹き飛びますからね! もう私にはバカとじじいの面倒見切れませんので辞めさせていただきます! それでは後はお好きにどうぞ」
「なっ! ちょっと待つのだ。今、エミリアにいなくなられると困るのだ」
「そんなこと、私の知ったことではありません!」
ギルド長室を後にした私は残った職員にアントニーがまた問題を起こしたことと、私がアントニーを止められなかった責任を取って辞めることを伝えると職員に動揺が走ります。今後はギルド長に指示を仰ぐように言って私物を持って帰ります。
借りている家に戻った私は自分の人生を振り返ります。親に決められた結婚が嫌で15歳の時に家を飛び出して10年。女だとバカにされながらも一生懸命に頑張って来て、やっと副ギルド長になってギルド長の座も見え始めていたというのに、自ら棒に振ってしまいました。
幸い恋にうつつを抜かすこともなく、仕事一筋だったのでお金はたっぷりあるから老後の心配はいらない。家はほとんど寝に帰っているだけだったので、服と化粧品ぐらいしかないので片付けもすぐ終わることでしょう。
一度故郷に帰って親の顔でも見てから今後の事は考えることにして、今日は行きつけの店でヤケ酒でも飲むことに決めたのでした。




