第50話 晩餐
コンコン、扉をノックする音が聞こえる。
「はい」
「休憩中のところ申し訳ありません。商人ギルドの方が見えられていますが、お会いになられますか?」
「もちろん会います」
扉を開けるとアナさんがいた。
「応接室にお通ししていますのでこちらへ」
「分かりました。ありがとうございます」
アナさんの後をついて行く。
「エディ様、先ほどは失礼いたしました」
「特に気にしていないので、アナさんも気にしないでください」
「ありがとうございます」
しばらく歩いて行くと応接室に到着し、アナさんはノックする。
「エミリア様、エディ様をお連れしました」
「入っていいぞ」
扉を開けてもらったので中に入る。
中にいたのは女性ではなく、20歳ぐらいの不機嫌そうにしている男だった。彼は茶色の髪をオールバックにしていて、自分が偉いと思っているように座っていた。
「アントニー様、エミリア様はどこに行かれました?」
この男は目的の人物ではなかったらしい。
「お前がエディとか言うガキか。エミリアさんはハットフィールド夫人の所へ挨拶をしに行っている。副ギルド長自らがするような仕事ではないので、俺が代わりにやってやろう」
どうやら、この町の商人ギルドは問題ありそうな感じだ。
「モイライ商会のエディです。よろしくお願いします」
「時間がもったいない。さっさと従魔登録をしてしまおう。その頭の上に乗っているのが、お前の従魔か?」
「はい、多分ホワイトウルフのヴァイスです」
「ハットフィールド家の頼みだからまあいいだろう。ギルドカードを出せ」
「どうぞ……」
アントニーは、鞄の中から取り出した四角い石のような物の上に、僕のギルドカードを置いて、何か操作している。
「その石みたいなので登録するのですか?」
「そうだ。本来は、ガキごときのためにギルドから持ち出すようなことはしないが、今回は特別だ」
「わざわざありがとうございます」
「終わったぞ。従魔と分かる目印をつける決まりなんだが、何か用意しているのか?」
「いえ、知らなかったので、何も用意してないです」
「ちっ、エミリアさんが用意したスカーフだ。従魔と分かるようにつけておけ」
「分かりました」
ヴァイスを頭の上から下ろし聞いてみる。
「従魔の目印をつけなきゃダメなんだけど、首と脚だったらどっちがいい?」
『その布なら首だな』
首に巻いてあげる。
「あとは布の相場だったな。具体的には何の布の相場を聞きたいんだ?」
「絹布ですね」
「絹布! そうだな……現物を見てみないと正確な値はつけられんが、1メートル大銀貨8枚前後ってところだな」
「現物はこれなんですけど……」
絹布を1反アントニーに見せる。
「――! ……この程度か……そうだな、公爵夫人からの紹介だ。特別に1メートル大銀貨9枚出してやろう」
カトリーヌさんから、1メートル大銀貨12枚以下では絶対に売らないように言われているんだよね。
「そうですか、この辺りではそこまで珍しくもないようですね。ここのギルドで卸すのは辞めておきます。教えていただいて、ありがとうございました」
「なっ! ちょっと待て! なら、大銀貨10枚にしてやろう」
「いえ、どうせ王都に向かうので、そっちで売ります」
「大銀貨10枚にしてやるって言ってるんだ! さっさと出しやがれ!」
アントニーが大声で威圧してきた瞬間に扉が開く。
「アントニー、怒鳴り声が外まで聞こえるけどいったい何事!?」
入って来たのは年齢25歳前後。セミロングのブラウンヘアーをハーフアップにした、お胸様はゼロの仕事の出来そうな美女だった。
「このガキが! ……いえ、何でもありません。ちょっと興奮してしまいました、申し訳ありません」
変わり身が早いな! さっきと全然態度が違うじゃん。
「あなたがエディ様ね、アルトゥーラの商人ギルドで副ギルド長を任されている、エミリアです。よろしくね」
「モイライ商会のエディです。よろしくお願いしますと言いたいところですが、用事は完了しましたので、もういいですよ」
「エディ様が私より先に来た場合、待っていてもらうように指示したはずですが、いったいどういう事かしらアントニー?」
「忙しいエミリアさんの手を煩わす必要がないので、俺がやっておきました」
「――! あなたまた勝手なことを!」
そこでエミリアさんがテーブルの上に置かれた絹布を見つける。
「何ですかこの絹布は! こんなに綺麗な絹布を見たのは初めてです! これを卸していただけるのですか?」
「いえ、卸しませんよ。この程度じゃ1メートル大銀貨9枚にしかならないらしいので」
「どういう事かしら?」
アントニーが震えだしたが、僕には関係ない。
「エミリア様、よろしいでしょうか?」
アナさんが突然会話に入って来た。
「アントニー様は終始、お嬢様の恩人であるエディ様に横柄な態度をとられていました。このことは奥様や旦那様には報告させていただきますので」
「アナさん、ちょっと待ってください。エディ様と話をさせてもらえないかしら?」
「いえ、もう特に話をすることもないので帰っていただいて結構ですよ。今日は僕のようなガキのために、わざわざ足を運んでもらってすみませんでした」
「――!」
「アナさん、すいません。ちょっと疲れたので先に部屋の方に戻りますね」
そう言って部屋を後にした。
◆
『実に失礼なやつだったな』
「だね、まだ子供だから舐められるのはしょうがないんだけどね……」
部屋に戻ってしばらくするとアナさんがやってきた。
「エディ様、大変申し訳ございませんでした。失礼が無いように徹底していたのですが……」
「アナさんに、謝られても逆に困るんですよね。アナさんが悪いわけじゃないんだからさ。でもこういうのって、また起きると思うんですよ。だから今からでも普通の宿屋に移った方がお互いのために良いと思わないですか?」
「それは……」
「じゃあさ僕が勝手に出て行ったってことじゃ……アナさんが怒られるのか……」
トントン。
「晩餐の準備が整いましたのでどうぞ」
別のメイドさんが呼びに来てしまった。
そのメイドさんの後を付いて行き食堂に入る。まだ誰もいないな。
「エディ様はこちらへ……」
メイドが僕を案内するが一番端の席に案内された。貴族と平民が一緒のテーブルで食事をするときは、これが普通なんだろうか……。
モヤモヤしていると給仕のメイドさんが僕の前に食事を並べる。まだ、みんな揃ってないのに並べるんだろうか?
「奥様たちはもうじき見えますので、お待ちください」
ヴァイスの食事がまだ運ばれてないので、メイドさんに聞いてみる?
「すいません。ヴァイスの分の料理がないんですけど?」
「ペットにお出しする料理はございませんが?」
「ペットじゃなくて従魔です。ヴァイスもアリシア様の恩人の1人なんですけど」
「人ではありませんので、お出しする必要はございません」
なんだそれは!
「それはフランシス様か、アリシア様の指示なんでしょうか?」
「そのようなものは必要ありません。大体、下級商人如きがフランシス様やアリシア様に取り入ろうなんて図々しいのです」
「取り入ろうなんてしてないですけど、大体ここには来たくないのに、無理やり連れてこられたんですが?」
「そんなはずありません! お嬢様の優しさに付け込もうなんて!」
そこへエマさんが入ってくる。
「ミア! 大声を出してなにをしている? なぜエディ様がここにいるのだ?」
ミアと呼ばれた給仕の顔が青ざめていく。
「そこの、メイドさんに呼ばれたので来たんですけど」
「奥様の準備が整い次第呼ぶように命じたはずだがどういう事だ? 大体この席はどういう事だ!」
「エマ様もその少年に騙されているのです!」
そこへ公爵夫人、フランシス様、アリシア様が入ってくる。
「エマとミア、声を荒らげてどうしました? 廊下の外まで聞こえていますよ」
フランシス様が質問する。
「ミアのやつが、エディ様に嫌がらせをしていたようで……」
「やっぱり嫌がらせだったんですね……」
もはやため息しかでない。
「私はナンシー・ハットフィールド、此度は娘の窮地を救ってもらいありがとうございます。夫と長男が王都の方に呼ばれて不在ですがハットフィールド家を代表してお礼いたします。それとうちの者が無礼を働いたようで大変申し訳ございません」
公爵夫人が謝ってくる。
「奥様! このような下級商人に、頭を下げる必要などございません!」
「ミア! あなたエディ様になんてことを!」
フランシス様も怒っているみたいだが、僕ももう限界だ。
「公爵夫人からお礼の言葉もいただいたので、これにて失礼いたします」
「エディ様、どういう事ですか?」
「ヴァイス、行こうか!」
『うむ、そうだな。エディは我慢したぞ』
「フランシス様、どうも僕は公爵家ではあまり歓迎されていないようです。それだけならまだしも、嫌がらせを受けてまでここに留まるつもりはありませんので、先ほども言いましたが、これにて失礼します! アリシア様もお元気で」
「お待ちになって!」
ヴァイスを頭に乗せた僕は、食堂を出ると、近くの窓から飛び降りた。
「エディ様!」
アリシアたちが下を見て僕を探しているが、実際には飛び降りたように見せかけて、糸を使い城の屋根に登っていたので見つかることはないだろう。
しばらく様子を見ていると兵士たちが慌ただしく出ていくので、どこか屋根で隠れられそうな場所を探す。
ハンモックを糸で固定して今日は疲れたので寝ようとするが、僕とヴァイスは結局何も食べられなかったのでお腹がペコペコ。
オークで作ったベーコンがあったのを思い出し、ヴァイスと二人で食べるがやっぱりオークキングの味は別格のようだ。




