第430話 通信機
父様の言葉に、静まり返っていた謁見室が微かに揺れた。
――新たな連絡手段。
それは、これからのヴァーヘイレム王国の在り方を変えるかもしれない、大きな提案だった。
「……新たな連絡手段、ですと? 一体どんなものなのでしょう」
宰相メルヴィンさんが、探るような視線で父様を見た。その声には期待と不安が半分ずつ混じっている。他の公爵たちも、固唾を飲んで父様の次の言葉を待っていた。
「実際に体験していただいた方が早いでしょうな」
父様は落ち着いた様子でそう言うと、控えていた従者を呼び寄せ、大小二つの木箱をテーブルに置かせた。そして小さい方の箱の蓋を静かに開く。
絹の布に包まれていたのは、通信機が二つ。
「これは、エディが考案した通信機と呼ばれる物です。仕組みについては……まあ、エディの進化した能力とだけ説明しておきましょう。これがあれば、遠く離れた場所でも直接会話ができます」
父様の言葉に、公爵たちは一斉にざわめいた。
「ば、馬鹿な……! そんなことが本当にできるのか?」
「直接会話だと? ……まさか新種の魔術じゃあるまいな」
信じられないといった表情の彼らを前に、父様は玉座の陛下に向き直って言う。
「陛下、百聞は一見に如かずと申します。よろしければ、この場で実演を……。もう一台を隣室へ運び、陛下に直接お試しいただくのが一番かと」
陛下は興味深そうに頷いた。その瞳には為政者の冷静さと、未知の技術に対する好奇心が浮かんでいる。
「うむ、面白い。――ハットフィールド公爵、トニトルス公爵、余に付き合え」
「「はっ!」」
陛下は立ち上がると、二人の公爵を伴い隣室へ移動した。重厚な扉が閉じられ、謁見室には再び静寂が戻る。残された僕たちは、固唾を飲んでテーブルの上の通信機を見守った。
やがて、静寂を破るように――甲高いベルの音が鳴り響く。
父様がゆっくりと受話器を取った。
『――ハリー、聞こえるか? 余だ』
通信機から響いたのは、紛れもなく国王陛下の声。壁を隔てているはずなのに、すぐ隣で話しているように明瞭だった。
「「「おおっ……!」」」
受話器に顔を近づけていた、ヴァッセル公爵とバーンシュタイン公爵が驚愕に息を呑む。宰相もわずかに目を見開いている。
「はい、陛下。明瞭に聞こえております。それでは、他の皆様も順番に体験していただけますか?」
隣室では、ハットフィールド公爵とトニトルス公爵が代わる代わる受話器を取り、こちらと会話を交わした。誰もが驚きと興奮を隠せない。
しばらくして陛下たちが戻ると、会議は再開された。
「ヴァルハーレン大公。この通信機は素晴らしい物だ。しかし、この距離だからこそ可能なことではないのか? これが各々の領地まで届くとは到底思えんが」
興奮冷めやらぬ様子ながら、冷静に問いかけるハットフィールド公爵。その指摘はもっともだ。
「ヴァルハーレン大公領とフィレール侯爵領の間で既に実験済みです。距離については問題ありません」
父様の言葉に、公爵たちは絶句する。
王国で最も遠い二つの領が繋がるなら、他の領地も問題ないという証明になるからだ。
「しかし、ヴァルハーレン大公。もし、我々がこれを持つとなると、相当な数の通信機が必要になるのではないか? 二点間での通信しかできぬのであれば、活用の幅も限られてしまう」
トニトルス公爵が冷静に問題点を指摘する。その問いに答えたのは僕だった。
「その点については、こちらで解決できます」
僕は立ち上がり、大きめの木箱を開く。中には通信機が二つ、さらにもう一つ――複数の接続口が並ぶ小型の木箱、『交換機』を取り出した。
「これが通信の交換機です。ローダウェイク城に設置し、専門の交換手を置きます。皆様の通信は一度ここに集まり、交換手が希望の相手へ回線を繋ぐ仕組みです。つまり、一台で繋がっている全員と会話が可能になります」
僕は通信機を四台、交換機に繋いで実演してみせた。
「陛下、まず宰相と会話できるのをご確認ください」
陛下と宰相が問題なく会話できるのを確認した後、回線を外して標準位置に戻す。そこは声に反応してベルが鳴るだけの設定だ。
「もう一度、陛下、何か呼びかけていただけますか?」
「よかろう……余だ」
呼びかけと同時に、交換手用の通信機のベルが鳴る。僕は受話器を取り、陛下と繋げた。
「陛下、聞こえますか?」
『うむ、問題ない』
「それでは、トニトルス公爵の持つ通信機に繋げますので、少々お待ちください」
そう言って、陛下と繋がっていた糸を外し、今度はトニトルス公爵が持つ通信機に繋いで声を出す。ベルが鳴り、トニトルス公爵が受話器を取った。
『なるほどな……交換手が繋ぎ直せば、一台でも誰とでも話せるってわけか』
「仰るとおりです。それでは、陛下と繋ぎます」
陛下とトニトルス公爵が問題なく会話できることを確認した瞬間、先ほどまで懐疑的だった公爵たちの表情から、疑念は完全に消えていた。
国王陛下は満足げに深く頷く。
「見事だ。ヴァルハーレン大公、そしてフィレール侯爵。この通信機、提案どおり公爵以上の貴族で進めることを許可する」
陛下の裁可が下り、満場一致で通信機の導入が決定した。
「ところで……この通信機に繋がる糸だが、フィレール侯爵の能力によるものなのだろう? となると、各領地まで糸を引くのも侯爵がやるのか?」
トニトルス公爵は若いせいか、父様のように飲み込みが早いな。これについては、家族で話し合った結果、父様が良い案を思いついた。
「陛下からの許可が下りましたので、会議が終了しましたら皆様の所へ通信機をお持ちいたします。その通信機には糸がついておりますので、それを各々の領へ持ち帰るだけで使えるようになっています」
「ふむ……つまりフィレール侯爵が全部引くんじゃなくて、最初から繋がってる糸を俺たちが持ち帰るだけ、ってことか」
「ええ、仰る通りです」
様々な実験の結果、糸を切ったり繋いだりできるのは僕だけ。だから最初から長く作っておけば問題なかったのだ。
その後もいくつかの議題を話し合い、会議は終了した。
「それではフィレール侯爵。橋の件は頼んだぞ。橋が架かり次第、こちらも進軍できるように準備しておく」
「分かりました」
バーンシュタイン公爵領に橋を作るのは、トニトルス公爵側の進軍状況を見てからとなったが――。
イグルス帝国との戦いが本格化するのは、もう間違いなかった。
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