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糸を紡ぐ転生者【WEB版】【書籍3巻発売決定!、1巻重版】  作者: 流庵


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第429話 王都会議

 王都ヘイレムに到着して数日が過ぎた。


 その間に父様もローダウェイクから到着し、全ての公爵が揃ったとの報せが届いた。そして同時に、僕への召喚状も届く。


 ――王城への召喚だ。


 久しぶりに袖を通すフィレール侯爵としての正装は、着るだけで背筋が自然と伸びる。胸の奥がざわめくのを抑えながら、父様と共に王城へ向かった。


「行くぞ、エディ」

「はい、父様」


 謁見室に続く重厚な扉の前に立つと、両脇の衛兵たちが無言のまま槍を掲げ、僕らに一礼した。次の瞬間、金具が軋む音とともに、歴史の重みを背負った巨大な扉が静かに開いていく。


 一歩、足を踏み入れた瞬間――ひんやりとした空気が肌を突き刺した。張り詰めた静寂が耳を圧し、まるでこの場にいる者すべてが僕を試しているかのようだ。

 

 いつもの会議室とは違い、そこにはすでにヴァーヘイレム王国の中枢を担う者たちが顔を揃えていた。


 最奥に玉座へ座す国王陛下。その隣に宰相メルヴィン。そして並ぶは、トニトルス公爵、ヴァッセル公爵、バーンシュタイン公爵、そしてハットフィールド公爵――いずれも歴戦の猛者たち。その圧倒的な存在感に、思わず息を呑んだ。


 僕の席は父様の隣に用意されていた。椅子の革がわずかに軋む音さえ、静寂の中では大きく響く。


「――陛下。本日の会議は公爵以上の者のみと伺っておりましたが、何故フィレール侯爵がこの場におられるのですかな?」


 鋭い声が響く。ハットフィールド公爵の双眸が、まるで獲物を捕らえる鷲のように僕を射抜いた。以前会った時とは違い、国の一角を担う公爵としての貫禄を感じる。


「ハットフィールド公爵。その件については議題の中で明らかになります。まずは会議を始めさせていただきたく存じます」


 宰相メルヴィンさんの落ち着いた声が場を収める。その言葉に、ハットフィールド公爵はまだ納得しきれない様子ながらも、渋々引き下がった。


 空気が一層張り詰めたその瞬間、陛下の言葉が響く。


「よし、全員揃ったな……これよりイグルス帝国攻略へ向けての会議を始める」


 重く、歴史を刻む声。


 イグルス帝国攻略――ついに、ヴァーヘイレム王国が動き出すための会議が始まる。



 ◆



 宰相の言葉を皮切りに、会議は動き出した。


 最初の議題は、帝国との決戦に備えて進められている街道整備について。王国の命運を握る基盤作り――しかし、その報告にすら重々しい空気が漂う。


「では、まずは私より報告いたします。トゥールスからの街道整備、ベルティーユ侯爵領のキュアノス、さらにスタップ男爵領の新領地ヴァルブルクまで、すでに完了しております」


 父様が、迷いのない声で告げる。

 僕は思わず目を見張った。……ヴァルブルクまで整備が終わっているなんて。父様の仕事の速さには、やはり驚かされる。


「我がトニトルス公爵領の整備も順次進めておりますが……ヴァルブルク建設への協力もあり、人員の確保が難しいのが現状です」


 トニトルス公爵の声には悔しさが滲んでいた。

 その顔は険しく、公爵になったばかりで、思い通りに運ばない苦悩が刻まれている。帝国との前線を抱え、なお新しい町の支援まで背負う――その負担は計り知れない。



「その件については、王家の方でシュトラールからイグルス街道への新たな道を引く予定です。また、ベルティーユ侯爵にはイストモスへの街道拡張を依頼しましょう」


 宰相の迅速な采配に、公爵たちの視線が一斉に動いた。

 その中で、トニトルス公爵が静かに頭を垂れる。


「……助かります」


 短い一言に込められた重み。それだけで、公爵になってから、どれほど過酷か理解できる気がした。


 その後、ヴァッセル公爵、バーンシュタイン公爵、ハットフィールド公爵らが次々と報告を続ける。


 物資の流通改善や領内道路の接続――どれも未来への布石。だが、最後にハットフィールド公爵が言葉を足した時、場の空気が一変した。


「……モトリーク辺境伯領のコラビの件ですが。魔の森から離れた場所に新たな町が建設されつつあります。まだ砦と休憩所程度ですが」


 その目が、ちらりと父様へ向けられる。まだ、僕のことについての対応が、彼の胸にわだかまりとして残っているのだろう。


 父様は微動だにせず、ただ受け止めるように視線を返す。


 ――その無言のやり取りに、背筋が粟立った。


 

 宰相が軽く頷き、場を締め直す。


「街道整備が順調に進んでいることは喜ばしい。だが、ここからが本題です」


 その瞬間、空気が一気に張り詰めた。

 メルヴィン宰相の視線が、真っ直ぐに僕を射抜いたからだ。


「先日、スタップ男爵領より帝国領への進軍ルートを偵察したところ、森の侵食が広がり、軍の大規模移動は困難との結論に至りました。――そこで、フィレール侯爵に依頼したい儀がございます」


 重い沈黙の中、僕は思わず椅子を握りしめる。


 来た。これが、僕が呼ばれた理由――。


「トニトルス公爵領のミュールから帝国領シュミットへ抜けるには、巨大な峡谷を越えねばなりません。フィレール侯爵の『アーススライムの糸』の能力を用い、あの大峡谷に橋を架けていただきたい」


 場に、どよめきが走る中、僕は静かに立ち上がり、深々と頭を下げた。


 その依頼内容は、すでに父様から聞かされていたものだった。僕は静かに立ち上がり、深々と頭を下げる。


「謹んでお受けいたします。王国の民が安寧に暮らせるよう、全力を尽くしましょう」


「おお……!」


 トニトルス公爵の声が安堵に震えた。

 帝国への進軍ルートが、ようやく確保される――その喜びが伝わってくる。


 だが、別の声が静寂を裂いた。


「大峡谷に橋を……? その『アーススライムの糸』とは、一体どのようなものなのだ?」


 鋭い視線を向けてきたのは、バーンシュタイン公爵。

 その領地も峡谷に面しているからだろう。


 宰相が説明を始めるが、彼の眼差しはぎらぎらと輝き、戦略を練る将のそれだった。


 『アーススライムの糸』については、ライナー男爵領の一件でテネーブル伯爵から王家へ報告が上がっている。父様の方からも、その能力の利点と弱点について、事前に詳しい説明がなされていたようだ。だからこそ、今回の大峡谷に橋を建設するという、前代未聞の依頼に繋がったのだ。


「フィレール侯爵の能力でそのようなことも可能なのか……。ならば、私からも一つ提案させていただきたい」


 今度は、良い案が浮かんだとばかりに、バーンシュタイン公爵が身を乗り出すようにして口を開いた。


「我が領のヴァルム、あるいはフランメから大峡谷を越えれば、帝国領を直接狙うことが可能だ。こちらにも橋を架けることができれば、帝国に二正面作戦を強いることができる。手柄を立てたいと逸る者が多いので、チャンスを与えたいと考えている」


 バーンシュタイン公爵……イグニスさんの提案は、戦術的には非常に有効だ。だが、複数の戦線で同時に作戦を展開するには、これまで以上に密な連携が不可欠となる。一つのミスが、全軍の崩壊に繋がりかねない。


 円卓がざわついた。


 二正面作戦――大胆すぎる戦略。しかし成功すれば、帝国に大打撃を与えられる。


 その瞬間、父様がゆるりと口を開いた。


「理に適っている。しかし、そのためには我々の意思疎通を、より迅速かつ確実なものにせねばならぬ。――そこで、皆に新たな連絡手段を提案したい」


 全員の視線が、父様へと集まったのだった。

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