第428話 ヴァールハイト
街道を作ったその夜。
僕とおじい様、アキラ、アザリエ、マルシュはエリオッツ侯爵家の客室、残りの騎士団はテントでの宿泊となった。
最近はいつでも連絡できるようにヘルメスの糸を出しているので、父様へ街道の完成を連絡する。
『――エディか。いいタイミングだけど、何かあったのかい?』
『父様、フィレール侯爵領からローダウェイクまでの街道が本日完成いたしました。まだ仕上げは残っていますが、これで移動がスムーズになると思います』
父様へ街道の完成までの話をした。
『結局湿地の原因は分からなかったんだね?』
『今回の街道建設エリアでは見つけられませんでした。もしかしたら、湿地の奥深くになにかあるのかもしれないですね』
『そのあたりの解明はエリオッツ侯爵次第かな』
『そうなりますね。ところで、最初のいいタイミングというのは?』
『その件なんだが、ちょうど良かった。エディ、そのまま急ぎ王都に向かって欲しいんだ』
父様の声のトーンが、少しだけ低くなったのが分かった。
『王都、ですか?』
『ああ。会議が開かれるので、私も明日の朝出発する。議題は、イグルス帝国の今後の動向についてだ。公爵以上の会議だけど、フィレール侯爵としてエディにも参加してほしい。例の件の話をしようと思っているんだ』
イグルス帝国……。その名を聞いた途端、空気が張り詰めた。まだ、バレてはいないとはいえ、イグルス帝国が支配していたマーリシャス共和国を滅ぼしフィレール侯爵領とした。イグルス帝国のシュトライト付近も王国領とし、スタップ男爵の仮領地となり、シュトライト近くにヴァルブルクという町を建設中との話だ。
『分かりました。おじい様と相談の上、すぐに王都へ向かいます』
『頼んだぞ。父さんにもよろしく伝えてくれ』
◆
父様との通信を終え、すぐにおじい様やアキラたちを集めて、緊急会議を開いた。
「――というわけで、父様から王都へ来るようにと」
「ほう、街道が整った今、ついに動き始めるのか」
おじい様が、面白そうに口の端を吊り上げる。
「会議に出席するのは当然として、問題はフィレール侯爵領の守りになりますね。エドワード様が留守の間、フィレール侯爵領の守りを疎かにするわけにはまいりません」
アキラの言葉に、全員が頷いた。
僕の持つ空間収納庫やカザハナの機動力があれば、王都と領地を往復するのはさほど難しくない。だが、会議が長引けば、それだけ領地を空ける時間も長くなる。
マーリシャス共和国が滅んだことを知らない、イグルス帝国がいつ来てもおかしくはない。
「儂とアキラが残るのが一番だろう」
静寂を破ったのは、おじい様だった。
「儂とアキラ、そして騎士団の半分がいれば、そう簡単には落ちん。エディは安心して王都での務めを果たしてこい」
その言葉には、絶対的な自信が満ちていた。フィレール侯爵騎士団長アキラと、規格外の強さを持つおじい様。この二人が揃えば、確かに鉄壁の守りと言えるだろう。
「ありがとうございます、おじい様。それでは王都へは誰が……」
「私とマルシュがお供いたします」
僕の懸念を察したかのように、アザリエが静かに申し出た。隣に立つマルシュ君も、力強く頷く。
「エドワード様のお傍は、必ず私たちが守ります」
「あとは、騎士団をどう分けるかですが……」
「それならば、アザリエ殿配下の親衛隊と、私の配下の騎士、それぞれ半数をエドワード様の護衛に。残りをアルバン様とアキラ殿の下に残すのです」
マルシュ君の提案は、理に適っていた。
彼を慕ってカラーヤ侯爵領から来た騎士たちにとっても、王都の空気を知るのは良い経験になるだろう。
「よし、それでいこう。アザリエ、マルシュ、頼んだぞ」
「「はっ!」」
こうして、僕の王都行きと、その間の領地の守りについての方針は、迅速に決まったのだった。
◆
翌朝のアルティスタの町は、歓喜に包まれていた。
三代にわたって領地を苦しめてきた「呪われた湿地」に、強固な道の土台が築かれたからだ。あとは、この上に土砂を敷き詰め、固める作業を残すのみ。その最後の仕上げは、エリオッツ侯爵家の人々の手で行われる。自分たちの手で道を完成させることに、大きな意味があるのだと、エリオッツ侯爵も理解している。
「エドワード様、重ね重ね、御礼申し上げます。このご恩は未来永劫忘れません」
「この道が完成すれば、アルクロとアルティスタは隣町も同然ですわ! ぜひ、交易を!」
別れの挨拶に訪れた僕たちを、エリオッツ侯爵とカーラ夫人が満面の笑みで出迎えてくれた。その後ろでは、嫡男のアラン君と長女のリナ嬢も深々と頭を下げている。彼らの目には、昨日までの諦観の色はなく、未来への希望が力強く輝いていた。
「もちろんです。道が繋ぐのは人や物だけではありませんから。これから、よろしくお願いします」
固い握手を交わし、僕たちはアルティスタを後にした。
◆
おじい様とアキラ、そして残ってくれる騎士たちに見送られ、僕たちは王都ヘイレムを目指す。もちろん、ジョセフィーナにアスィミも一緒だ。
アザリエ率いる親衛隊メンバーを先頭に、カザハナに乗った僕、後方にマルシュ君が率いる騎士団が続く。街道が整備されたおかげで、行軍は驚くほどスムーズに進み、僕たちは王都への中継地点となる王領の町、ヴァールハイトに到着する。
この町は、王家の直轄領であり、有事の際に王国全土へ物資を供給するための、巨大な備蓄庫としての役割を担っている。整然と区画整理された町並みには、巨大な倉庫がいくつも立ち並び、活気がありながらも、どこか引き締まった空気が流れていた。
町の門を通過すると、文官らしい身なりの男女が、数人の護衛と共に僕たちの前にでる。
「お待ちしておりました、フィレール侯爵様。私がこのヴァールハイトの管理を任されております、サージュ・グレイベアードと申します」
そう言って丁寧に一礼したのは、宰相のメルヴィンさんによく似た、理知的な雰囲気を持つ青年だった。歳は二十二歳と聞いている。その隣で、優雅に微笑んでいるのは彼の妹で長女の、レイラ・グレイベアード嬢だ。
「ようこそお越しくださいました。わたくしはレイラと申します。お噂はかねがね」
好奇心に満ちた瞳が、僕や、頭の上にいるヴァイスを興味深そうに見つめている。
「ご丁寧な出迎え、ありがとうございます。宰相様には、いつもお世話になっております」
僕が挨拶を返すと、サージュさんは実務的な口調で話を続けた。
「父より、侯爵様が王都へ向かわれると伺っております。会議までお時間もないことでしょう。本来であれば、このヴァールハイトを案内したいところですが……」
「お気遣いなく。改めてゆっくりお話を伺わせていただきます」
「ありがとうございます。では、王都までの道中、お気をつけて。会議の後、またゆっくりとお話しできるのを楽しみにしておりますわ」
レイラ嬢がにこやかに微笑む。
宰相家の嫡男と長女。二人とも、若くして国の重要拠点を任されるだけあり、非常に優秀なようだ。サージュさんは実務能力に長け、レイラ嬢は人を惹きつける社交性を持っている。良い兄妹なのだろう。
彼らに見送られ、僕たちはヴァールハイトを後にした。
目指すは、王都ヘイレム。
イグルス帝国との開戦に繋がる会議が、僕を待っている。フィレール侯爵として、そしてヴァルハーレン大公家の一員として、僕が果たすべき役割は大きい。
手綱を握る手に、自然と力が入ると、カザハナはまだ早いと言っているように感じる。
――王都の城壁が、地平線の向こうにうっすらと見え始めていた。
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