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第421話 Sideマルシュ 後編

 辺りには血の匂いが立ち込め、倒れ伏した魔物の骸がいくつも転がっている。その凄惨な光景の中で、かろうじて生き延びた者たちの安堵のため息が漏れた。

 

 「……助かった……のか?」


 一人の冒険者が、その場にへたり込みながら呆然と呟く。


 私は手に持った愛剣を軽く一振りし、付着した黒い血糊を払い落としてから鞘に納め、彼らに向き直った。


「怪我はないか? 我々はカラーヤ侯爵家騎士団。この地を通りがかった者だ」


 私の言葉に、冒険者たちははっと我に返る。


「カラーヤ侯爵家……! ご助力、まことに感謝いたします!」


 彼らが慌てて膝をつこうとするのを、私は手で制した。形式的な挨拶よりも、今は彼らの状況を確認するのが先決だ。


 幌馬車を守るようにして戦っていた集団の中から、二人の女性がこちらへ歩み寄ってくる。


 一人は、しなやかな革鎧に身を包み、汗で濡れた長い栗色の髪をポニーテールにした女性。その目には、戦士としての強い意志と、隠しきれない疲労の色が浮かんでいる。


 もう一人は、幌馬車の中から現れたボブカットの髪に、少し心配そうな表情を浮かべた女性だった。


 二人は私の前で立ち止まると、深々と頭を下げた。その声は、安堵からか僅かに震えている。

 

「「危ないところを、ありがとうございました」」


「構いません。それより、怪我人はいないか?」


「は、はい。幸い、大きな怪我をした者はおりません」


 周囲を見渡せば、この二人の女性と四人の冒険者の他は、皆まだ幼い子どもたちのようだ。幌馬車の中から、怯えた目でこちらを窺っている。


「あなたたちが、この一行の代表者か?」


「はい。私はシュータスの町の冒険者ギルドで職員をしておりました、エイレーネと申します」


 ポニーテールの女性が、凛とした声で名乗った。


「そして隣にいるのは、ヴィンスの町の冒険者ギルド職員、ソニアです。私たちは、この子たちを連れてフィレール侯爵領へ向かう途中でございました」


 シュータスに、ヴィンス……? 確か、シュータスはハルフォード侯爵領、ヴィンスはモトリーク辺境伯領の町のはず。そこのギルド職員が、なぜこんな場所を?


 兵士たちに周囲の警戒と、魔物の死体の処理を命じた後、私は改めてエイレーネたちから詳しい事情を聞くことにした。



「まずは、重ねてお礼を申し上げます。マルシュ様たちが来てくださらなければ、今頃私たちは……」


「礼はもう良い。それよりも、大勢の子どもたちを連れてフィレール侯爵領へ向かっている理由を聞かせてくれ」


 私の問いに、エイレーネは困ったように、それでいてどこか諦めたような微笑みを浮かべ、事の経緯を静かに語り始めた。


「この子たちは、コラビの町にいた孤児たちです。私とソニアの二人で、この子たちを安全な場所……フィレール侯爵領へと移送している最中でした」


「フィレール侯爵領へ? コラビの孤児を、か?」


 話が読めず、首を傾げる私に、彼女は説明を続けた。


 事の発端は、ヴァルハーレン大公家から、王都の冒険者ギルド総本部へ下された、一つの『要請』だったという。


「ヴァルハーレン大公……ハリー様から、だと?」


「はい。大公閣下より、『コラビの孤児たちを保護し、フィレール侯爵領へ移送せよ』との、実質的な警告に近いご要請があったそうなのです」


 エドワード様がコラビの孤児院で育ったことは、今や広く知られている。その過去は、彼の原動力の一つでもあるはずだ。ハリー様はそれを承知の上で、この子たちをエドワード様の元へ?


 単なるギルドへの圧力や、関係改善のポーズだけではあるまい。そこには、我が子であるエドワード様への、ハリー様らしい何らかのメッセージが込められているに違いない。


「冒険者ギルドとしても、これ以上ヴァルハーレン大公家との関係を悪化させるわけにはいきません。王都のギルド長は即座に要請を受け入れ……白羽の矢が立ったのが、元コラビ冒険者ギルドの副ギルド長であった私と、現在エドワード様の下にいるエドワード様と幼馴染、アレン君と面識のあるソニア、というわけです」


 なるほど、そういうことか。大公家と冒険者ギルドの長きにわたる確執。その関係を修復するための、半ば強制的な依頼。断れるはずもない。そして、エドワード様との繋がりを考慮した、これ以上ないほど的確な人選。ハリー様らしい、実に用意周到な一手だ。


「それで、目的地がフィレール侯爵領だと?」


「はい。エドワード様であれば、きっとこの子たちを快く受け入れてくださるだろうと……。ギルドで護衛の冒険者を雇い、万全を期してここまで来たのですが……まさか、これほど大規模な魔物の群れに襲われるとは、想定外でした……」


 エイレーネは、悔しそうに唇を噛んだ。彼女の鎧や剣には、激しい戦いの跡が生々しく残っている。彼女自身も、職員でありながら先頭に立って戦っていたのだろう。その責任感の強さが窺えた。



「そうか、事情は分かった」


 私は頷き、エイレーネと、彼女の後ろで不安そうにこちらを見ているソニア、そして幌馬車の子どもたちを真っ直ぐに見つめた。


「奇遇だな、エイレーネ。私も、エドワード様の下へ向かう途中なのだ」


「えっ……! そ、それは本当でございますか!?」


 驚きに目を見開く彼女たちに、私はニヤリと笑ってみせる。


「ああ。彼の友人として、力を貸しにな。……目的地が同じならば、話は早い」


 私は、カラーヤ家の騎士団を背に、堂々と宣言した。


「ここからは、我々カラーヤ騎士団があなた方を護衛しよう。フィレール侯爵領まで、共に行くぞ」


 その言葉に、張り詰めていた空気が一気に弛緩する。エイレーネは深く息を吐きながら胸を撫で下ろし。隣のソニアの目には、みるみるうちに安堵の色が浮かび、大粒の涙が頬を伝った。


 護衛の冒険者たちからも、「助かった……!」「ありがてぇ……!」と、歓喜とも嗚咽ともつかない声が上がった。幌馬車の子どもたちも、何が起こったのかは分からずとも、大人たちの安堵した雰囲気を察して、強張っていた表情を少しずつ和らげている。


 思わぬ形での再会に向けた、新たな同行者。


 エドワード様の周りには、不思議とこうして、様々な人間が集まってくる。それはきっと、彼が多くのものを背負い、それでもなお、ひたむきに前へ進もうとしているからなのだろう。父上が、そして叔父上がかつてそうであったように、友の力となるべく駆けつける。その思いは、今も昔も変わらない。

 

 待っていてくれ、エドワード様。


 すぐに、私も君の隣に立つ。


 私は新たな仲間たちと共に、夕日に染まる南の空を見据え、再び前へ進む決意を固めたのだった。

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