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第419話 宴

 神経締めにしたけど、ひとつ問題が発生した。ロートヘルムが空間収納庫に入らないのだ。神経締めの場合は、生きている判定になってしまうようだな。


 仕方がないので、討伐したロートヘルムは曳航して港へと帰還した。港では、僕たちの帰りを待っていた住民たちが、船の姿を認めるやいなや、大きな歓声を上げた。そして、動かなくなったロートヘルムを見ると、その歓声は驚愕と喜びに満ちた絶叫へと変わった。


「おお! 本当に討伐なされたぞ! さすが海神様だ!」

「信じられない……! これで、また安心して漁に出られる!」


 住民たちは涙を流して喜び、叫んでいる。その様子を見て、討伐して本当に良かったと思ったが、海神様だけはやめてほしい。


「エディ、見事だったぞ!」


 船が桟橋に着くと、おじい様が僕の肩を力強く叩いた。その顔は、満足気な笑みで満ちている。


「ありがとうございます。おじい様やみんなの協力があったからです」


「はっはっは、謙遜するな。儂らは見ていただけだ」


 隣でアキラも頷いている。


「いやはや、エドワード様の技には度肝を抜かれましたぞ。圧倒的な勝利でしたな」


「結果だけを見ればそうかもね。それより、この巨大なウナギ……もとい、ロートヘルムをどう調理しようか……」

 

 僕が曳航されている巨体を見ながら言うと、みんな驚いた顔をする。


「エドワード様! ロートヘルムを食べるつもりなのですか!?」


「クレスト、もちろんそのつもりだけど、ダメだった?」


「いえ、ダメではないのですが、不味そうな見た目なので」


 クレストがそう言うと、みんなも頷く。見た目の問題なんだな。鱗と鰭がない水生動物は不浄とされ、食べることを禁じられている宗教もあるので、それかと思ったが、違うようだ。ヴァイスのお墨付きがあるので、食べない選択肢はない。


『エディよ! こやつをどうやって食べるのだ!?』


「そうだね……町のみんなにも振る舞おうと思っているから、串焼き風にしようかな」


「おお、皆にも振る舞うのか! それは良い考えだ!」

 

 おじい様が手を打って賛同してくれた。僕は近くにいたアザリエに声をかける。


「屋敷にいる料理人のクレアたちも、調理器具を持って至急港に来るように伝えてほしい。調理器具を運ぶのを騎士団のみんなにも手伝ってもらえる?」


「はっ! 承知いたしました!」


 必要な調理器具などを伝え、ジョセフィーナにもお願いをすると、アザリエたちは敬礼し、駆け出していく。さて、問題はこの巨体をどうやって捌くかだ。空間収納庫が使えないと、十メートルを超える巨体を陸に上げるのも難しい……陸からなら、蔓が使えるか。


 蔓の能力を使いロートヘルムを持ち上げると、住民たちから再びどよめきが起こった。


 そのまま糸を使って三枚におろそうとすると、おじい様に止められる。


「エディ、少し待つのだ。討伐したことをアピールするため、もう少しそのままにしておいた方がよいだろう」


「そうか、そういうのも必要なんですね」


「うむ、領主としての力を見せるのも仕事のうちだ。シュトゥルムヴェヒターは噂には聞いていても、マーリシャス共和国の人で実際に見た者はほぼいない。今回のロートヘルムは絶好の機会といえよう」


 蔓をテーブルのような形にして、しばらく見せておくことにした。



 ◆


 

 やがて、クレアたち料理人一同が慌てた様子でやってきた。


「エドワード様! お呼びと伺いましたが……こ、これは……」


 クレアは広場に横たわるロートヘルムの姿を見て、言葉を失っている。他の料理人たちも、呆然とその巨体を見上げていた。


「クレア、今からこれを調理する。みんなにも手伝ってほしいんだ」


「こ、これをですか!?」


「うん。僕はおじい様たちの分を作るから、クレアたちには町のみんなに振る舞う分の調理をお願いできるかな?」


 僕の言葉に、クレアは一瞬戸惑った顔をしたが、すぐにプロの料理人としての顔つきに戻った。


「……承知いたしました! エドワード様のレシピ、ご教授いただけますでしょうか?」


「もちろん。今日は蒲焼……串焼きにしようと思う」


 本当は鰻丼にしたいが、器が圧倒的に足りないので、タレをつけて串焼きにする。


 蒲焼の名前の由来は、ぶつ切りにしたうなぎを串に刺して焼く様子が蒲の穂に似ていることから『がま焼き』と呼ばれ、それが『かば焼き』に変わったという説が有力なんだとか。


「それでは、何から準備いたしましょうか?」


「まずはこのロートヘルムを解体しないとね。三枚におろして、ある程度の大きさに切るから、何人かはそれを食べられるサイズに切り分けて串を刺してほしい」


 浄化の魔法をかけてから、糸を使って三枚におろし、半身は空間収納庫に格納して適当な大きさにカットすると、なぜか歓声が上がる。それを数人の料理人でカットし始めると、漁師たちも協力してくれることになった。料理人と漁師たちが、大きなナイフで身を切り分けていく。


 見事な白身は、きめ細かく、見るからに上質な脂が乗っているのが分かった。


「よし、じゃあタレを作ろう。クレア、手伝って」


「はい!」


 大きな鍋を用意させ、そこへ醤油をなみなみと注ぐ。


「まず醤油がベースだ。そこに砂糖を加えて甘みを足す」


 砂糖の袋を担いできた料理人が、僕の指示通りに鍋へ投入していく。


 本来ならみりんでコクと照りを出すんだけど、ないので、代わりに蜂蜜酒(ミード)を使おう。


 蜂蜜酒を鍋に注いでいくと、甘く芳醇な香りがふわりと立ち上った。


「これを煮詰めて、タレは完成かな。簡単でしょ?」


「はい! エドワード様レシピ集にあった、肉じゃがと似ていますね」


「そういえば、そうだね。使う濃さが違うぐらいかな」


 クレアは感心したように頷きながら、真剣な眼差しで鍋の中のタレを見つめている。


 その間に、他の料理人たちは切り分けられたロートヘルムの身に、串を打っていく。波打つように串を打つことで、焼いたときに身が縮むのを防ぐのだ。


 他にも開き方、蒸す・蒸さないや、竹串・金串で関東風や関西風の違いがあるが、今回は蒸す時間もないのでそのまま焼く。


「クレア、味見をしよう」


 串に打った一切れを炭火で素焼きにし、余分な脂を落とす。その後、完成したタレにたっぷりと浸し、再び火にかける。じゅう、という音と共に、醤油と蜂蜜酒の甘く香ばしい匂いが爆発的に広がり、港にいた全員の食欲を刺激した。


 焦げ付く直前の絶妙なタイミングで火から上げ、僕はその一切れをヴァイスとクレアに差し出す。


「熱いから気をつけて」


「は、はい! いただきます!」


 クレアはふぅふぅと息を吹きかけ、恐る恐る一口食べる。その瞬間、彼女の目が見開かれた。


「……! おいひ……美味しいです! エドワード様! 身は驚くほどふわふわで、濃厚な脂が口の中でとろけます! この甘辛いタレが、その旨味を何倍にも引き立てているのですね!」


 興奮気味に感想を語るクレアに、僕も微笑みながら一口食べる。


「うん、美味しい。蜂蜜酒のフルーティーな甘みが、醤油の塩気と合わさって、いい感じに深いコクを出してる。これなら皆、喜んでくれるはずだ」


「はい! 間違いありません!」


『おかわりだ!』


 僕とクレアのやり取りを見ていた住民たちが、ごくりと喉を鳴らすのが聞こえる。


「よし、クレア。あとは頼んだ。ロートヘルムを、みんなに振る舞ってあげてね」


「お任せください!」


 クレアが力強く頷き、料理人たちに指示を飛ばし始める。港の広場は、さながら野外レストランのような活気に包まれ、クレアに任せた僕は、おじい様たちと屋敷に帰った。



 ◆



 屋敷には、城造りをしているレヴィン男爵たちも呼んである。

 

「お待たせしました。今からとびきり美味しいのを作りますね」


「あれを食べるのですか?」


「ええ、味見をしましたが、かなり美味しいですよ」


「そうですか……」


「エラム、心配するな。近くで見ていたが、絶対に美味い匂いを放っていたぞ」


 改めて調理を始める。と言っても、あとは焼くだけなんだけどね。


「そういえば、ジョセフィーナ。頼んでおいた、麦の準備はできているかな?」


「はい、滞りなく」


 クレアを呼びに行く時、ジョセフィーナに麦を炊いておくように頼んでおいたのだ。


 先ほどよりも丁寧に、火加減を調整し、タレを三度づけして、完璧な照りを引き出した。炊き立ての麦を器によそい、その上に蒲焼を贅沢に乗せる。仕上げに、残ったタレを回しかけ、山椒の代わりに少しピリッとする香草を散らした。


「はい、どうぞ。特製ロートヘルム丼だよ」


「おお……、これはまた、見事なものだな」


 おじい様が感嘆の声を漏らす。


『麦との相性が最高だ!』


 ヴァイス、早いよ……。


「美味しいみたいだから、みんなも食べてね」


 みんなが一斉に木製のスプーンを手に取り、丼を口に運んだ。


「うむ! これは絶品だ! 身の柔らかさといい、脂の乗りといい、そしてこのタレの味! 冷えたエールが進みそうだ!」


 おじい様はそう言うと、冷えたエールを持ってこさせ、レヴィン男爵たちと乾杯し始める。


 フィレール侯爵領は暑いので、飲み物を冷やせる樽型の冷蔵庫を作ったところ、かなり好評だった。おじい様の頼みでエール専用も用意してあるのは、おばあ様には内緒だ。


「エドワード様、本当に美味しいです……。麦のぷちぷちとした食感が、この柔らかい身と濃厚なタレによく合いますね。長年、船乗りの悩みだった、ロートヘルムがこんなに美味しいとは……」


 クレストが、的確な感想を述べる。


『エディ! 美味いぞ! おかわりだ!』


 屋敷から広場の方を見ると、領民たちの喜びの声がここまで聞こえる。


 子供たちのはしゃぐ声、大人たちの笑い声。長らく帝国と魔物の脅威に怯えていたこの港町に、ようやく本当の笑顔が戻ってきた。


 その光景を眺めながら、僕もロートヘルム丼を口に運ぶ。


 うん、やっぱり美味しい。


 フィレール侯爵領は、まだ始まったばかりだけど、きっと大丈夫だろうと確信するのだった。

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