第416話 アジュール・サーペントホーン
馬車で移動すると、小屋が見えてきた。牧場のような柵などはないみたいだ。
「あそこに住んでいるの?」
「そうですね。気性の荒い魔物なので、町の近くには住めないようです。テイマーのペーターが、たまに町にミルクを売りに来るくらいですね」
テイマーのペーター……アルプスの山はないが、ヤギで決まりだろう。アジュール・サーペントホーンという名前から、ヒツジの可能性も考えられる。
馬車を停めて、小屋へ向かう。
「ペーター! 私だ!」
クレストが扉を開けると、日焼けしたマッチョな男が平伏していた。ペーターという名前のイメージと全然違うな。
「私?」
ペーターは恐る恐る顔を上げ、クレストを見て安心した顔になった。
「なんだ、クレストか。驚かすなよ。すごい馬車が来たから、びびったぞ」
「びびったのは間違いではない。こちらは、このフィレール侯爵領の領主、エドワード様だ!」
「…………」
ペーターは僕とクレストを交互に見て、たまに頭の上のヴァイスを見たり、絶賛混乱中のようだ。子どもが領主というのが、本当か冗談か判断に迷っている感じだろう。
「ペーター、エドワード様に挨拶を」
「――! 申し訳ございません! ペーターといいます!」
「もしかして、私の話を嘘だと思ったのか?」
「いつも俺のことをからかうから、また冗談かと……ところで、フィレール侯爵領ってどこだ?」
クレストが全面的に悪いというか、フィレール侯爵領を知らないって、もしかして……。
「ペーターは、もしかしてマーリシャス共和国が滅んだことを知らぬのか?」
「………………滅んだぁ!?」
やはりそうか。かなり長いこと町には来てないようだな。
◆
クレストが詳細を説明して分かったのだが、ペーターは町に行った時、帝国兵に追いかけられて酷い目に遭ってから、町には行ってないそうだ。
「まさか、ヴァーヘイレム王国になってしまうとは……まあ、どっちでもいいけど。クレストが来たってことはミルクか?」
どっちでもいいの!?
「話が早い。エドワード様は良質なミルクを探しておられる。そこで、お前を紹介しに来たのだ」
「分かった。今、あいつら呼ぶから待ってくれ……いや、ください」
「いいの?」
「もちろんです。ただ、出来ればお金じゃなくて食べ物と交換してくれる方がありがたい……です」
クレストが睨むたびに口調が丁寧になる。
「食料と交換でも大丈夫だけど、食料は復興支援も兼ねて町で配っているけど、それでもいいの?」
「ハルゾーナの気性が荒くて、町に近寄るのが難しい……のです」
ペーターがテイムしているアジュール・サーペントホーン。オスをハルゾーナ、メスをサルジュというらしい。
「美味しいようなら定期的に欲しいから、取りあえず見せてほしいかな」
「分かりました。それでは、あいつらを呼びますね」
ペーターが口笛を吹いてしばらく待つと、遠くから二頭が走って来る。ヒツジよりヤギに近い感じだ。
一頭はカザハナくらいの大きさで、体は黒色。螺旋状の青く長い二本の角が特徴で、もう一頭は体と角が一回り小さく、色も白い。
大きな方がすごいスピードでクレストめがけて走って来た!
「だから、嫌だったんだぁ――」
クレストが逃げ出すと、追いかけている。アジュール・サーペントホーンは本気ではなさそうなので、そのままでも大丈夫だろう。
「白いこっちがサルジュかな?」
「そうです」
怪我をしていた子どものアジュール・サーペントホーンを手当てして育てていたら、大きくなったそうだ。大抵、怪我した魔物は仕留めて食料にするので、ペーターが変わっているのだろう。
そして、数年前にハルゾーナがメスをどこからか連れてきたので、名前をつけたところ、テイム状態になったらしい。
それにしてもドリルみたいな角が強そうだ。確か野生ヤギの中にマーコールというのがいたな。角は青くないけど。
考え事をしていると、ペーターが桶を持ってきてサルジュの乳を絞り出そうとしたので、僕が持っていた桶を渡して、それに入れてもらうことにした。
「ローダウェイクの干し草だけど、食べるかい?」
サルジュの前に干し草の束を置くと、美味しそうに食べ始める。口に合ったようだ。
「エドワード様、それは?」
「ヴァルハーレン領で採れた干し草だよ。サルジュは気に入ったみたいだね」
「いつもよりお乳の出がいいのは、それのせいでしょうか?」
「そうなんじゃないかな?」
話をしていると、ハルゾーナもクレストを追いかけるのを止めて、こっちに来て干し草を食べ始めた。
「それにしても、ハルゾーナの角は立派だね!」
干し草を食べているハルゾーナの角を触ってみる。
「あっ!」
ペーターが大きな声で叫んだ。
「もしかして、ダメだった?」
「ハルゾーナは角を触られるのが嫌いなはずなんですが……怒りませんね?」
「干し草が気に入ったんじゃない?」
もう一度角に触れてみる。青く綺麗な角は、どちらかというと宝石に近いような輝きだ。
「エドワード様、このくらいでいかがでしょうか?」
ペーターが乳を搾り終わったようだ。
「ありがとう、十分だよ」
ヤギのミルクは臭いというイメージがあるが、周囲の臭いを吸収する性質があるため、ヤギの体臭やエサの臭い、雑菌の繁殖による腐敗臭などが原因なのだ。
ということで、臭くなる前に空間収納庫に格納する。
「あとは、交換の食料だね。何かリクエストはある?」
ペーターが欲しい物を言ったので、それを中心に渡す。サイモンが頷いていたので、適正な条件なのだろう。
「はぁ、はぁ、はぁ、酷い目にあった」
クレストが息を切らせて戻って来た。
「ペーター。エドワード様に仕えないか?」
「俺がですか?」
「エドワード様はヴァルハーレン領でピウスフリーシアンをテイムしている者を雇われている。ここでお前を雇っても、何ら不思議はない」
「クレスト、それは良い案だね! 定期的にミルクを届けてほしいのだけど、どうかな?」
「ペーターのミルクは、ピウスフリーシアンに負けていない。安く買い叩かれるよりはいいだろう」
安く買い叩かれているのは、もったいない。
「ハルゾーナたちが死んでしまったあと、追い出されるのはちょっと……」
意外と将来を考えているんだな。
「夫婦だから、そのうち子どもが生まれるんじゃない?」
「最初はそれも期待してたのですが、サルジュを連れてきて数年経ちますが、その気配がないのです」
「なるほど」
それは確かに不安になる。ピウスフリーシアンは結構増えてたけど、違いは何だろう。
考え事をしていると、フードからでてきたスノーがサルジュの頭の上に乗った。
「ピッ、ピッピー?」
「メェー、メメェー」
ハルゾーナと会話してる!? というかハルゾーナ、見た目のわりに鳴き声は可愛いんだな。
「ピピピッ」
「メメェー、メェー」
それにしても、スノーの鳴き声が理解できるなら、ハルゾーナの鳴き声も分かってもおかしくないんだけど、全く分からない。
しばらく待つと、会話が終わったみたいで、今度はスノーが僕に説明してくれた。
どうやら、ハルゾーナはこの場所で子どもを育てるのが無理だと判断して子作りしていないようだ。かといって、ペーターを残して森に行くわけにもいかないらしい。
ハルゾーナは賢いんだな……。
そのことをペーターに伝えると、ペーターはハルゾーナに抱きついて泣き出した。
「ハルゾーナ、俺のためにすまない」
「メェェー」
「おい、ペーター。エドワード様の前だぞ」
「すみません……」
「構わないけど、ハルゾーナは子どもを育てる環境が整えばいいんだよね?」
「メェー」
僕には甘えた声では鳴かないんだな。まあ、いいか。
「それじゃあ、少し離れてもらえるかな?」
みんなを離すと、ペーターの家の側に蔓を使って牛舎を建てる。この辺りは暑いから換気も出来た方がいいな。
「こんな感じかな」
中に入るとハルゾーナだけがついて来る。安全を確認しないと、サルジュは入れない感じだろうか?
「この辺りに干し草を敷いておくね」
「メェェー」
何っ!? 今度は甘えた可愛い鳴き声で鳴いた! 今のはお礼かな?
牛舎から出ると、口を開けたまま固まっているペーターの姿が。
「こら、ペーター。いつまで固まっているんだ?」
「クレスト……俺は夢でも見ているのか?」
「気持ちは分からんでもないが現実だ。これで、子どもが生まれれば、お前の不安が解消されるわけだ」
「そうだった! もちろんエドワード様にお仕えします! こんな立派な山羊舎を作ってくれてありがとうございます!」
牛舎じゃなくて、山羊舎か……アジュール・サーペントホーン舎じゃないんだな。
「ミルクは頼んだよ」
「もちろんです!」
これで、フィレール侯爵領でもミルクを確保できるようになったのだった。
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