第42話 出発
朝の光が優しく差し込む中、目が覚める。お腹の上にぬくもりを感じ触ってみると、モフモフと気持ちいい肌触りだった。
寝ぼけたまま、そのふわふわとした触り心地を堪能していると、段々と目が覚めていく。モフモフの正体はヴァイスだったのだ。
そういえば、昨晩、寝床を作ろうとスキルでネットを出してハンモックを作ったのだが、これがまた心地よかった。ヴァイスが我も乗せろとお腹の上に乗ってきたのだが、モフモフが気持ちよくていつの間にか寝てしまったらしい。
起きて背伸びしていると。
『エディよ、腹が減ったぞ朝は何を作るのだ?』
「昨日取った、バンディエンテの卵を使った料理にしようと思うんだけど」
『ほう、卵を使った料理か楽しみだ』
「何にしようかな……オムレツはバターと牛乳が無いし、1つは目玉焼きにして。もう1つは玉子焼きかな」
調理の準備を始める。まずは玉子焼きを作ろう。片手鍋に卵を割り、塩を入れてかき混ぜるのだが卵が大きいので凄い量だ。本来はボールとかに入れるのだろうが売ってなかったので片手鍋で代用する。
混ぜ終わったので、別のフライパンに油を引いて、熱が入ってきたところで三分の一の卵液を流し入れ、奥から手前に折り返していく。フライパンが丸型なので作りにくいが、手前まで巻いたところで残りの卵液の半分を入れてまた折り返す。残りの卵液を入れて、焼けてきたところで奥から手前に倒し形を整えて完成だ。
「やっぱりフライパンが角形じゃないから作りにくいな」
『卵がふかふかになったぞ! 早く食べたいのだ』
腹ペコ神獣が早く食べさせろとうるさいので、皿代わりに採ってきた葉の上に乗せる。
『なんだこれは、凄くフワフワで美味しいぞ!』
「美味しいならよかった」
僕も食べてみよう。確かにフワフワだ! 初めて作ったけど、思ったより美味しくできてるような気がする。そして、もう一個の卵を目玉焼きにして半分ずつに分ける。
半熟なので、黄身がドロッと出てきて食欲をそそる。後は昨日残しておいたバンディエンテの肉を焼いて、目玉焼きの横に添えた。
「次は目玉焼きだよ」
『ほう、半分に切ったら中身が出てきて実に美味しそうだな、どれ……』
「シンプルな料理だから、バンディエンテの卵の味が分かりやすくて美味しいね」
『これも美味いではないか! エディの作る料理はどれも最高だな!』
「そう言ってもらえると嬉しいけど、味のバリエーションを考えると、もっと調味料が欲しいかな」
『その調味料というのがあれば、もっと美味しくなるのか?』
「もちろん、そうだよ」
『よし、すぐ手に入れるのだ!』
「いや、どこに売ってるのかも分からないから、すぐには無理だよ」
『そうなのか、それは残念だ……』
すぐに手には入らないと分かり、とても悲しそうな顔をしている。神獣としてそれでいいのかと思ったりもするが、人生のほとんどを拘束されていたのだから、美味しいものぐらいは食べさせてあげたいところだ。
「調味料は材料さえあれば作れるものもあるし、肉の種類を変えるだけでも味が全然違うから、期待していいよ!」
『そうなのか!? それは楽しみだな!』
「そろそろ出発したいんだけど、どっちに行ったら元の場所に帰れるの?」
『少年を見つけた地まで私が送りましょう』
「えっ! 見つけた地って盗賊のアジトだった所までですか?」
『その通りです。私がお手伝いできそうなことはそれくらいですから』
『エディ、よいではないか。我が眷属がいれば魔物が寄り付かない。エディでも安全にこの森を移動できる上に、食材も探せるのではないか?』
確かにエンシェントウルフがいるだけで、高ランクの魔物すら寄り付かないのは助かるな。
「それではエンシェントウルフさん、お願いしますね」
『分かりました。必要なものがあれば止まりますので、いつでも言ってください』
「了解しました」
エンシェントウルフの背中に一人と一匹が乗って、旅を再開した。
エンシェントウルフの移動速度はとてつもなく速いのだが、揺れなどは全くない。弊害があるとすれば速すぎて食材が見つけられないことぐらいだろう。
そんな中、オリーブとカカオが手に入ったのだ。カカオの実はとても分かりやすかった。樹の幹にもオレンジ色の実が付いているので、最初は虫系の魔物かと思ったぐらいだ。カカオは手に入ったのだが問題は砂糖だな。コラビの町では売っていなかった。嗜好品は入ってこないと言っていたので、大きな町なら売っていると信じたいところだ。
『少年よ、少し変わったものがこの近くにあるので、見せてあげましょう』
「それは楽しみですね」
『我も楽しみだぞ』
しばらく走っているとエンシェントウルフが立ち止まった。
そう言ったエンシェントウルフの視線の先には町が見える。確かに町なのだが、大きな木などが至る所から生えており、完全に森に飲み込まれている。
「変わったものというのは、この町の事なんですね」
『そうです。かつてこの辺り一帯に森は存在していませんでした』
「えっ⁉︎ 森が侵食してきたのですか?」
『徐々に侵食していったわけではないのですよ。たった一晩で、この町は森に飲み込まれたのです』
「いったい何が起きたのですか?」
『この森には、少年が言っていた人間の神が来る以前から生きている個体がいるのですが、その中のエンシェントトレントを怒らせた結果がこれです』
「怒らせたって、いったい何をしたのですか?」
『アレの縄張りでかなり大規模な伐採を行ったようで、その際にかなりの数のトレント種も狩ったようです』
「それでエンシェントトレントの怒りを買ったのですね」
『トレント種は本来精霊に近い存在で大人しいのですが、まだ魔物化してないものを、たくさん狩られたようで、その怒りは凄まじいものでした』
魔物化してないってどういう事だ?
「魔物じゃないトレントっているのですか?」
『おかしな事を聞きますね。少年にとっての魔物とはなんでしょうか? 少年から見ると私や主も魔物に入りますか?』
「そうですね。ヴァイスは神獣ってことを僕は知ってるので、そうは思いませんが、ヴァイスを人の町に連れて入る時は、魔獣として登録することになると思います」
『なるほど、どうやら人間たちは魔物とそうではないものの区別がつかないようですね』
「すみません。エンシェントウルフさんに出会うまでは全て魔物だと思ってました。何か見分けるための外見的な特徴などあるのでしょうか?」
『外見的な違いはないですね』
それ、絶対に分からないやつでは……。
『そうですね……体内に魔石があるものを魔物と呼びます。元々魔石を持たない者は、濃い魔素の影響で体内に魔石が生成されることによって狂化して魔物になります。ゴブリンや昆虫系などのように、魔石を受け入れた者たちは、常に魔石を持っていますが狂化はしていません』
「昔はゴブリンにも魔石が無かったと言うことですか?」
『その通りです』
つまり、あの町は魔石を持たないトレントを大量に殺害したためにエンシェントトレントの怒りを買って滅びてしまったと言うことか……。
少しずつ町に近づいてみると、エンシェントウルフが反応を見せる。
『少し様子が変ですね……』
『うむ、中からたくさんの魔物のニオイがするな』
「えっ、そうなの?」
『そうですね、以前来たときはオークなどいなかったのですが、いつの間にか住み着いてしまったようですね』
中はオークの住処になっているようだ。町の中を見渡せる大きな木の上に登り、中の様子を観察する。
「どうしますか? 住み着いてしまってるのなら、中に入るのは諦めますか?」
『オークは村を作ってしまうと、私が近づいたぐらいでは逃げずに向かってくるので、倒すのは面倒ですね』
『しかし、エディよ。あの肉はなかなか美味そうな気がする。我の勘がそう言っておるぞ!』
オークは豚肉要員の代表格だけど、この世界でもそうなのだろうか……ヴァイスに無駄な能力が付いてしまったようだ。いや倒す前に、美味しいか分かるのなら、決して無駄ではないか。
『主よあの肉もなかなかの美味しさです。一匹捕まえてきましょうか?』
エンシェントウルフもヴァイスに対しては、なかなかの甘さだ。ウルフ界のメグ姉という称号を授けよう。
『むっ、人間のニオイが近づいて来るぞ』
ヴァイスがそう言うと、確かに女の叫び声が段々と近づいてきて、ついにその姿が見えた。
数人の女性がオークに運ばれているようだ。ほとんどが18歳ぐらいの女性で、気絶しているのかピクリとも動かない。一人だけ、僕と一緒ぐらいの女の子がいて、こちらは気絶していなく、必死に誰かの名前を叫んでいる。
困ったことになってしまったようだ。