第402話 アルクロ
フィレール侯爵領に到着すると、アキラたちが出迎えてくれた。当然ながら、まだ再建どころではないので、王都へ向かう前と何ひとつ変わらぬ光景が広がっている。
「エドワード様、お帰りなさいませ」
「ただいま。こっちは大丈夫だった?」
「取り急ぎ、お話ししたいことがございますのでテントの方へ」
◆
テントの大部屋で話をすることになり、アキラの話を聞く前にまず、王都の状況を簡単に報告した。
「なるほど、これで正式にこの地はフィレール侯爵領になったわけですな」
「そうだね。元マーリシャス共和国の一部は他の貴族に分配され、ほとんどがフィレール侯爵領になったよ」
「おめでとうございます! これからのことを考えると先は長いですが、エドワード様の町を築くことができますな! しかし、城の建設の許可まで得られるとは思いませんでした」
「アキラよ、これからフィレール侯爵領はヴァッセル公爵領と双璧をなして、イグルス帝国や海洋勢力からの侵攻を食い止めねばならない。防衛や外交の要として城の建設は当然だ。町も急ぐが、それ以上に城の建設を急がねばならないだろう」
「アルバン様、お任せください!」
「それで、アキラたちはラエールの町に行ったのかな?」
その瞬間、アキラたちの表情が一変した。やはり報告はラエールの町の件のようだ。アキラが軽く合図を送ると、クレストが一歩前に出る。
「エドワード様、ラエールの町は……壊滅しておりました」
その言葉に、コラビの町が滅ぼされたときと同じ、胸が締めつけられるような感覚を覚えた。
「……詳しく聞かせてくれる?」
促すと、クレストは静かに語り出す。
「我々が到着したとき、町の港には人の姿がなく、不気味な静寂が広がっていました。船を降り町の中へ進むと、建物の大半が崩壊し、ルイーズの町と同じような光景が広がっていました」
「町の中に生存者は?」
「……誰一人として、生きてはいませんでした」
その報告に、思わず拳を握りしめる。すると、アキラが口を開く。
「広場には、異形の死体が無数に転がっていました。かろうじて人間の形をしていましたが、明らかに身体の構造がおかしいものも多数。まるで……実験の産物のようでした」
「ラエールの町の人で実験していたのか……」
「イグルス帝国が異形の実験を行った結果で間違いないでしょう」
イグルス帝国の所業に、怒りが込み上げる。
「そういえば、異形はすごい再生力だったけど、広場にあったのは死体で間違いなかったの?」
「完全に死んでいました。腐敗も激しく、クレストと相談し、生き残りであるルイーザ・ヴァロアの了解を得て燃やし、供養しました」
異形になりきれなくて死んだのだろうか……。
「ルイーザはヴァロア家の生き残りだったね。彼女は回復したの?」
クレストが答える。
「倒れたあと数日は眠っていましたが、目が覚めたあとは主に捕らえられていた五人のヴァロア家の女性の面倒を見ていました」
「元気になったみたいだね」
「ええ、周りに話を聞いたところ、彼女はもともと活発な娘だったようですが……」
クレストは言い淀む。
「……何かあったの?」
「ラエールの町に行くため、ルイーズの町の惨状やマーリシャス共和国が滅亡したことを説明する参加者を募ったところ、ルイーザを含むヴァロア家の関係者六名全員が同行を希望しました。しかし、ラエールの町の惨状を見たあと、ルイーズの町に戻ると……自分の身に起こったことと、家族が異形の実験の犠牲になったという現実を受け入れられず、三名が命を絶ちました。それを止められなかったことを悔やみ、現在は意気消沈しています」
「なるほど……」
「さらに、我々がラエールの町に行っている間に、プルボン家の四名とルイーズの平民四人も……自ら命を絶ちました。現在、残っているのはヴァロア家の三名と平民十八人のみです」
「おばあ様からその可能性は聞いていたけど、それでは、プルボン家の生き残りはもう……?」
「現状では見当たりませんが、町のどこかに隠れている可能性はあります」
「おじい様、これから彼女たちをどうすれば……?」
「そうだな。厳しいことを言うが、我々にそこまで親身にかまっている余裕はない。これから町と城を築かねばならぬ。この地がフィレール侯爵領となれば、ここを離れる者も出るだろう。彼女たちがフィレール侯爵領を出たがる可能性もある。アキラよ、儂らが王都へ行っている間、流出のほうはどうだ?」
「すでにマーリシャス共和国の滅亡と、この地がフィレール侯爵領となることは宣言してありますので、逃げる者もいますが、大半は残っています」
「そうか。まあ、船を使わねば王国から脱出はできぬし、彼らの動向は慎重に見極めていくしかないな。脱出したい者を集めて船を一隻渡すのも手段の一つだ。反乱する可能性のある者たちを町に残すぐらいなら送り出した方が良いだろう」
おじい様は僕に配慮してくれたようだ。
「それではエドワード様、フィレール侯爵領として、まずはこの町に名前をつけましょうぞ!」
アキラが突然変なことを言いだした!
「えっ!? ルイーズじゃダメなの?」
「エディよ、それはマーリシャス共和国での名前だ。新たな時代の始まりにふさわしい名を考えるべきだろう」
おじい様の意見に一同が頷く。逃げ場はないようだ。
「そうなんですね……少し考えます」
一番苦手やつだな……そうだ!
『ヴァイス。町の名前にフェンリルとかつけたらダメかな? 女神に知られるのはまずいんだっけ?』
『我の名前をか? 神々は地名や町の名前までは感知していないだろうが、フェンリルの名は不吉だ。これから栄えようという町にはふさわしくないだろう』
『……自分で不吉って言うんだ』
『神々は神託や予兆を重視する。フェンリルは予言で災厄をもたらすとされていたのだから、使わないほうがいい。だが我は、エディのつけたヴァイスの名は気に入っている。同じように考えてみるのはどうだ?』
『……そうしてみるよ』
とは言ったもののヴァイスの名前も適当だったような……そもそもマーリシャス共和国を滅亡させたのっておじい様とおばあ様なんだけど――。
「おじい様、アルクロというのはどうでしょう?」
「アルクロか……いい響きだな。名前に意味とかあるのか?」
「おじい様とおばあ様の名前を合わせました! マーリシャス共和国を実質的に滅亡させたのって、おじい様とおばあ様ですから二人の名を取るのが良いと思いました」
「儂とクロエから!? それは……どうなんだ?」
「アルバン様の『アル』とクロエ様の『クロ』から……素晴らしい名前です! 二人の名を冠した町は栄えること間違いなしでしょう!」
アキラも含めみんな賛成してくれるようだ。
「しかし、そんなことしたらクロエに怒られるぞ?」
「それは、おばあ様の名前だけにした場合で、おじい様と一緒なら大丈夫なはずです!」
「儂と一緒ならクロエは許可するのか?」
おじい様は嬉しそうだな。
「もちろんです」
「ならいいか」
「決定ですな! この町はアルクロにするとして、残り二つの町はいかがいたしましょう?」
「えっ!?」
そうか、まだ二つ町があったな……一つは壊滅状態で、つけなくてもいいような気もするが、そんなこと言う雰囲気じゃないな。
アルクロを絞り出したあとに出てくるわけがなく、最終的にウルスに手伝ってもらい、モヌールをセフィード、ラエールをサフェードにすることで決定したのだった。
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