第399話 眼差し
エリーやツムギの問題も無事解決し、フィレール侯爵領への準備が整ってきた頃、ヴァッセル公爵一家が突然訪ねてきた。父様や母様とともに応対する中で、自然と男性陣と女性陣で話が分かれる形になった。
「それにしてもマーリシャス共和国が落ちるとは思いませんでした」
「そうだね。何か起こるとは思っていたが、エディの行動はいつも予想の上を行くよ」
レーゲンさんと父様は、マーリシャス共和国の件について真剣に語り合っている。
「ヴァッセル公爵としてしっかり支援しよう。資材の運び込みについては船を使うから期待していてくれ。帰ったらすぐに手配するよ」
「ありがとうございます。町は壊滅的なダメージを受けていますから、本当に助かります」
「異形が暴れたのなら仕方ない。しかし、あれが量産される可能性があるとは驚異的だな。当家の水魔術では対抗が難しいのが現実だ」
「確かに、再生が止まるほど徹底的に切り刻むには、水魔術では限界があるね」
水魔術はウォーターボールやウォーターバレットのような攻撃魔術もあるが、ウォーターウォールやウォーターヒーリングなど防御や回復などの支援的な魔術の方が多いらしい。
「例えばですが、酸毒をウォーターボールとして放つのはどうでしょう?」
「可能だが、異形が大きい場合、表面に傷をつけてもすぐに再生してしまう可能性が高い」
「私もレーゲン殿の意見と同じかな。例えばウォーターボールが当たって溶けた部分を切り落とせば再生できる。王都でバーンシュタイン公爵が放った炎の魔術を異形は切り落としてたよね?」
「なるほど。確かに表面に攻撃しただけでは難しそうです」
「マーリシャス共和国が狙われて良かった、というのは不謹慎かもしれないが、正直な感想だ。我々が狙われたとしても、同じ結果だった可能性が高い」
「レーゲン殿のタイダルウェイブで海に叩き落とすというのはどうだろう?」
「あれを使うと町が壊滅してしまうから、最終手段だな」
タイダルウェイブ……めっちゃ見てみたいけど簡単に使える魔術じゃないみたいだな。レイナードさんが異形に放ったヘルファイアも凄かったから、貴族の当主は極大魔術的な凄い魔術を使えるのかもしれない。大きな敵をバラバラにできればいいんだよな?
「例えば巨大な弓を作るというのはどうでしょうか?」
「「巨大な弓!?」」
父様とレーゲンさんの反応は予想以上に強烈だった。僕は手早くバリスタの簡単な図を描き、説明した。ウルスから聞いたので詳しい構造は分からないということにしておいた。
地球でバリスタつまり据え置き式の大型弩砲は、古代から中世にかけて使われたと言われている。この世界全体では分からないが、少なくともこの国では見たことがない。おそらく古代は魔法、現代では魔術があるためそういった兵器の開発が遅れているのかもしれない。
「なるほど。機動性には欠けるが、破壊力は申し分なさそうだ。船に搭載するのもいいかもしれない」
「確かに、これなら異形にも有効かもしれない。木製の矢でもいけど、金属製の矢を使用すれば貫通力も増しそうだね」
「特殊な技術を必要としないのがすばらしい。兵士たちに簡単な訓練を施せば、比較的短期間で運用可能だろう」
「対異形用はもちろん攻城戦でも活躍が期待できそうだけど、問題はどの辺りの貴族までこれを導入させるかだね」
レーゲンさんと父様に好評なようだ。
「父様、すべての貴族に導入するのはダメなんですか?」
「本来ならそうしたいところだけど、現状どこまで帝国の人間が入り込んでいるか分からないからね」
「エドワード様の話ではニルヴァ王国にも帝国の形跡があったのだ、ブラウやマーリシャス共和国の件も合わせると、その辺にスパイが歩いていても不思議ではない」
「確かにそうですね」
「この兵器については私とレーゲン殿で陛下へ報告することにしよう。まだ公爵は王都にいるはずだからもう一度集まったほうがいいね」
「それが良いでしょう。これからイグルス帝国に進出するにあたっても役に立ちそうだが、スタップ男爵では心配なのでトニトルス公爵になるでしょうな」
スタップ男爵はイグルス帝国侵攻の準備で今回は来ていない。そういえば、まだどんな人か見たことないんだよな。
そんな中、話が一段落したところでロゼが近づいてくる。
「お父様、フィレール侯爵領に資材を運ぶ際、わたくしも同行したいのですが?」
「ロゼがか? ……まだフィレール侯爵領は何もない状態でロゼが行っても邪魔なだけだぞ」
「み、未来の妻としてエドワード様の偉業を目に焼きつけておきたいのです」
ロゼの顔が真っ赤に染まる。どんな色のオーラが出ているのか気になるところだ。
「うーむ……」
「それでしたら、アン叔母さんにお願いします」
「アンに!? まだ船が出来上がってないのだ。これ以上借りを作るのはまずい。ファンティーヌに帰ってから検討しよう」
レイナードさんの葬儀のときは同行できなかったけど、ロゼも成長しているのかな。
「そういえば、アンさんの船はまだ出来上がらないのですか?」
「普通に造って三年から四年はかかるからな。どんなに急いでも最低でも二年はかかるんだよ」
「そんなにかかるんですね。実は帝国の船を無傷でたくさん確保したのですが、フィレール侯爵領では使い切れない数なので、改造して使えるのならアンさんに二隻どうですか?」
「エドワード様、それは真ですか!?」
レーゲンさんが僕の手を握って詰め寄る。しかし、レーゲンさんを見るロゼのその目には冷たい光が宿った。
「ええ、フィレール侯爵として確保してありますし、アンさんにはお世話になったので問題ないですよ。折角なのでロゼが来るのを許可してくれると嬉しいですが」
「よし、許可しよう!」
レーゲンさんがそう言った瞬間、ロゼは僕に嬉しそうな表情を見せる。しかし、その表情はレーゲンさんを見た瞬間。瞳からは温かさが消え、代わりに凍てついた視線を向けていたのだった。
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