第391話 宝物庫
重厚な石造りの壁に囲まれた薄暗い階段を下りていく、足音が冷たく反響する。薄暗くてよくは見えないが、壁には戦争のような物語の彫刻が施されているようだ。
階段を下りてしばらく歩いた先に現れたのは、大人の背丈の三倍はあろうかという巨大な観音扉。扉は宝石をちりばめた装飾が施されており、いかにも宝物庫を思わせる豪華な扉だった。
「これが宝物庫ですか?」
「と言っても第二宝物庫だけどな」
おじい様が答えてくれる。第二ということは、第一が存在するということか……。
「なるほど、もしかしてダミーの宝物庫なんでしょうか?」
「「なにっ! エドワード、それは真か!?」」
「殿下……少し素直に育ちすぎたようですね。エドワードはよく分かったな?」
宰相は殿下の反応に頭を抱えながら、褒めてくれた。
「はい、おじい様もそうですが、第二というのを強調していましたし、これでは財宝がここにありますよ! と忍び込んだ者にアピールしすぎだったので」
「正確には第三まであって、第三が忍び込んだ者を捕らえる仕掛けが施されている本当のダミーだ。第二は、価値がそこまで高くない物や、よく分からない物も保管されている部屋だ」
なるほど、第一に本当に大切な物を保管してあるのか。おそらく、第二と違って見た目では宝物庫か判断がつかないようになっているのだろうな。
「それにしても父上。この大きな扉をどうやって開けるのでしょうか?」
アルバート殿下が質問する。確かに見るからに重そうで、スペースを考えると引くことは出来ないので、みんなで押すしかなさそうだけど。
「簡単な話だ、メルヴィン」
宰相は鍵のような物を取り出すと、扉の中央下部にある穴に差仕込み回す。ちょうど扉の目線、召し合わせにある鍵穴もダミーなんだな。
「これで開きました」
宰相がそういうと、陛下は左側の扉をスライドさせる……まさかの引き戸だったのか!
「第二とはいえ、二重三重の仕掛けが施されているのですね」
「元々は普通に宝物庫として使っていたらしいぞ」
「そうなんですね」
そういえば、王都ヘイレムの前はドルズベール王国だったな。
◆
宝物庫の中に足を踏み入れる。ニルヴァ王国のダンジョンほど明るくはないが、仄かな光で中を見渡すことは可能だ。
中には大小さまざまな大きさの箱や棚があり、中には正体不明の像なども置かれていて、第二宝物庫というよりは、第二倉庫といった感じだった。
「この像は誰なんでしょうか?」
鎧を着た人物が大剣を地面に突き刺し、仁王立ちしているようにも見えるが、風化しているのか、元々ディテールが弱いのかは分からない。
「「知らないな」」
「調べてみたが、かなり古い時代の物ということしか分からなかったな」
前者がおじい様と宰相、後者が陛下なのだが、三人の性格がよく表れているな。三人とも大雑把に見えるが、意外と陛下は違うみたいだ。
確かによく分からないものが多いが、年代的にかなり古そうなものばかりで、ドルズベール王国以前の物かもしれないな。
「エドワード、この剣なんかどうだい?」
父様が薦めたのは煌びやかな宝剣。細かな宝飾が施されていて、一目で高価だと分かる。
「そういうのは、アルバート殿下の方が相応しいのかと」
「ふふっ、確かにアルバート王太子殿下の方が似合いそうだね」
「こらエドワード、私に振るな! そんなの持ったら恥ずかしいだろうが!」
「いや、兄上。王太子として人気急上昇間違いなしです!」
「せっかく、先日のパレードが好評だったのに、そんなの持ったら絶対評判が下がる!」
王太子でも恥ずかしいのか……こういった権力の象徴的な品は、昔流行ったのか剣だけでなく盾や鎧など、いろいろあるな。この派手な王冠もここに置かれているのは同じ理由だろう。
「その王冠が気になるのか?」
陛下が尋ねてきた。
「そういえば、陛下が王冠を乗せているのを見たことないなと思いまして」
「儀式や外交の場ぐらいでしか使わないからな。ただ派手な王冠ではなく、特殊な金属を使った特別な王冠だ」
「特殊な金属ですか!?」
「これだ」
いつか見てみたいと思っていたら、収納リングから取り出して見せてくれる。ノリが軽いな。
「これが特殊な金属――!」
陛下が王冠を出した瞬間、宝物庫が一瞬明るくなった。王冠本体は金色の金属でできているが、明らかに金とは違う。
王冠の中央に鎮座するオレンジ色の宝石は、稲妻のように見る角度で色を変える。冠の縁には稲妻を思わせる装飾が施されており、不思議な力を感じる。
「これは魔道具の一種ですか? 何か不思議な力を感じます」
「流石だな。この王冠は王の力を高めると言われておる」
「こんな不思議な金属があるんですね」
「うむ、伝承によれば雷精からもらった金属ということになっておるが、定かではない」
「雷精ですか!? 陛下が収納リングから出した瞬間光ったのはそのせいでしょうか?」
――光った?
みんな僕を見る。光ったように見えたのは僕だけだったのか!
「みんなに見えてなかったということは、気のせいだったのかな?」
「ほれっ」
陛下は王冠をポイっと僕に投げた!
「えっ!?」
僕がキャッチすると、王冠から光が溢れ、放電したかのようにパチパチと音がした!
――!
驚いているところをみると、今のはみんなにも見えたみたいだな。光は収束したが、王冠はまだ鈍い光を放っているように見える。
「エドワード! 今、何かしたのか?」
アルバート殿下が尋ねる。
「ただキャッチしただけなんですが……」
「何か起こるのは分かっていたが、これは予想外だ」
「陛下、大切な王冠をいきなり投げるのはどうかと……分かっていたのですか?」
「昔、アルバンが触った時に今のような鈍い光を放ったことがあってな。雷の適性がより高いと起きると思っていたのだが、まさかあれ以上の変化を目にするとは思わなかったぞ」
「父上! 私が持ってみても?」
「良いぞ」
バージル殿下に渡すと鈍い光は消えていった。
「では次は兄上が」
アルバート殿下に渡すと、また鈍く光った。
「ほう、アルバートは光るのか」
「私は昔、ハリーと共にアルバン叔父上に鍛えられましたからな。ほら、ハリー」
アルバート殿下が父様に渡すと、鈍い光はそのまま光り続ける。父様でも鈍く光るだけなのか……。
「エドワードはマルグリットに育てられたり、エンシェントウルフに出会ったりと、精霊やそれに近い存在と触れる機会が多かったからかもしれないですね」
「なるほど、精霊か。そうなってくると兄上が言っていた雷精からもらった金属というのも真実味を帯びてくるな」
「メルヴィンは儂の話を嘘だと思っていたのか?」
「兄上が昔からそういうのを好きなのは存じていますが、儂は言い伝えの類いは信じないので」
宰相は現実派なようだ。それにしても雷精の金属か……登録したい! レギンさんなら何か知っているかもしれないな。
みんなが王冠についてあれこれ話している中、宝物庫を見渡していると棚に陳列された石が目に入った。
近くに行ってみると、ただの石ではなくクリスタルのような宝石も並んでいるようだ。
「エドワードはその石が気になるのか?」
石を見ていたら陛下に声を掛けられた。
「精霊の金属の話をしていたせいか、棚に石が並べられているのが不思議に思いまして」
「その辺りの石は加工できない宝石で、試しに儂も依頼してみたが、硬すぎて無理だと断られたな」
硬すぎる石って、もしかしてダイヤモンド? ダイヤモンドの加工技術が発達したのは十三世紀以降、ダイヤモンドをダイヤモンドで磨くという研磨技術が考案されたのは十五世紀だ。この世界で加工できなくても不思議ではないが、マーウォさんなら加工できそうな気がするのはなぜだろうか?
そういえば、マーリシャス共和国でハリー神から言われたことを思い出す。
「陛下、この宝石をいくつか褒美として頂くのはダメでしょうか?」
「加工できない宝石をか? そういえば、妻たちがモイライ商会のアクセサリーが素晴らしいと騒いでいたが、その者に頼むつもりか?」
「はい、試してみないと分かりませんが、マーリシャス共和国の件で心配をかけた人もいますので」
「そういったフォローは確かに大事だ。褒美とするのに条件が二つある。一つは貴族たちに対して褒美の目録として王家宝物庫内の宝石とすること。もう一つは、加工できた場合、儂も頼むかもしれぬが構わぬか?」
なるほど、貴族たちに対して王家宝物庫内の宝石を褒美として与えたと言えば聞こえはいい。僕に対しては加工に失敗しても文句を言うなよ、ということかな。
「もちろん、大丈夫です」
「よし成立だ」
陛下はそういうと、その辺にある箱に宝石を詰めてくれた。
「こんなによろしいのですか?」
「当然のことだ。マーリシャス共和国を滅ぼした功績はそれほど大きい。それと、エドワードならこれを上手く扱うと信じての量だ」
「ありがとうございます」
こうして褒美が決まる。その後は宝物庫の探索をみんなで楽しんでから帰ったのだった。
『糸を紡ぐ転生者』KADOKAWAエンターブレインから発売中です!
購入して応援してもらえると助かります(* ᴗ ᴗ)⁾⁾




