第34話 旅立ちと白い魔物
朝、目を覚ますとメグ姉はまだ寝ていた。思えばメグ姉より早く起きるのは今回が初めてかもしれない。メグ姉の寝顔を見ながら考える。
僕の命の恩人であり、大切な家族。
メグ姉やカトリーヌさんを置いて行ってまでヴァルハーレン領まで行く価値があるのだろうか、旅立つ日になったというのにまだ悩んでいた。
捨てられた事実を目の当たりにするのが怖いのかもしれない。
事実を知って冷静でいられるのだろうか……。
目を覚ましたメグ姉が僕を抱きしめてくれた。
メグ姉の心音がとても心地よい。いつも僕の一番身近にあった音が、今日は励ましてくれているように感じる。
何があっても大丈夫だ。僕にはメグ姉とカトリーヌさんという二人の姉であり母である人がいるじゃないか。
「メグ姉、おはよう」
「ふふっ、おはよう。エディが先に起きるなんて初めてね」
「そうだね。やっぱり旅に出るから緊張してるのかな?」
「そうね。でもまったく緊張してないよりはいいと思うわよ。顔を洗って朝食を食べましょう」
顔を洗って二人で朝食を食べるが、旅立ちが近づいているせいか無言で食べる。
朝食を食べ終わり、旅立ちの準備も完了し。
「メグ姉、そろそろ行くよ!」
「エディ、気をつけて行ってらっしゃい。お腹が空いたらこれを食べなさい」
弁当を作ってくれていたようだ。
「ありがとう。それじゃあ行くね」
「門のところまで見送るわ」
二人で孤児院を出ると、カトリーヌさんも見送りに来てくれたみたいだ。
「二人共、おはよう」
「カトリーヌさん、おはようございます」
「カティ、おはよう」
「はい、エディ君。お腹が空いたらたべるのよ」
お弁当2つ目ゲットだぜ! 今日は自分で作らなくてよさそうだな。
「ありがとうございます」
「私も門まで送るわね。今日はいつもの青の商人スタイルじゃないのね」
「あれは森の中じゃ目立ちそうですから」
今の僕は鎧も含めて黒い服で覆っている。外套も黒でフードも深めに被り、目立つと言われた髪が見えないようにしている。
3人で門の所まで歩く。何か会話をしなくちゃいけないと思うのだが、何を話していいのか分からない。
悩んでいるうちに、門へ到着してしまった。
「エディ、しんみりしすぎよ。もう二度と会えない訳じゃないんだから、元気出しなさい」
「そうね、まるで今生の別れって顔よ」
そうか、確認したあとは、合流して冒険の旅に出ればいいだけだった。
「ちょっと深く考えすぎてたみたいですね、それじゃあ、確かめに行ってきます!」
「「いってらっしゃい」」
こうして僕は旅立った。
◆
通常ヴァルハーレン領に行くには、東にあるモトリーク辺境伯領の主都であるヴィンスまで行って。そこから王国の南から北まで縦断している、イーリス街道を使い王都を経由して向かうのが通常のルートらしいのだが、糸を使って移動時間を短縮したい僕は。魔の森に沿って行くつもりだ。
取りあえずは北東にあるルースの町を目指す。
魔の森に入り、糸を使って移動を開始する。当然素材になりそうなものは採取しながら行くつもりだ。
ガントレットから出した糸を木にくっつけて引っ張る。空中を移動するのは素早く移動できて、とても気持ちがよい。
この辺りは大陸の南方にあり、年中暖かい熱帯地域である。それに対しヴァルハーレン領は北方の寒い地域らしいので、南方でしか手に入らなそうなものは、できるだけ確保したいところである。
しばらく移動を繰り返していると、たまたま降り立った木に、淡いピンク色の蕾がついているのに気がついた。釘のような形と言われているその蕾はなぜか記憶にあった。クローブである。
僕の前世は料理人だったのだろうかと考えながら蕾を集める。乾燥させればスパイスや漢方となる便利な蕾だ。
スパイスのことを考えていたらカレーを食べたくなってきた。
カレーを作るためにはクミン、ターメリック、コリアンダー、カイエンペッパーの4つが最低でも必要だったような……。
作り方が曖昧な記憶なので、前世料理人説はないだろう。
クミンはクミンシードという種の状態なら見たことがあるが、花や葉の形までは知らないので分からない。
ターメリックといえばウコンだ。ショウガみたいなやつだけど、土に埋まっているので、見ただけじゃ分からないし花も分からないな。
コリアンダーは見れば分かるはずだ、別名パクチーだから、それっぽいのを探して臭いを嗅げばよい。
カイエンペッパー、つまり赤唐辛子も見れば分かる。
しかしどれも草だから高い木の上からでは分かりにくいな。ちょっとだけ探してダメなら諦めよう。
ちょうど木の少ない開けた場所を見つけたので下りてみる。
しかしどれだけ探してみても、さっぱり分からない。前世の僕の中途半端な知識に、振り回されてしまったようだ。
ちょっと休憩と、木にもたれ水を飲んでいると、木に巻き付いた蔓を見つける。
蔓には葉と、まだ熟してない小さな実が、ぶどうの房のように実っている……。
「これってコショウじゃん!」
カレー用のスパイスを探していたら、別のスパイスを見つけた!
熟す前の青い実を乾燥させれば黒コショウ、赤く熟したものを水に浸けてやわらかくして、果皮を除去し核の部分だけを乾燥させれば、白コショウができる。赤いのは見当たらないが、青いのはいっぱいある。
「さあ、狩りの時間だ!」
一心不乱にコショウを集めていると、急に辺りが暗くなる。
どうしたんだろうと、振り返るとそこには、3メートルぐらいの白い大きな狼が僕を見下ろしていた……。




