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第325話 屋台の視察

 今日は商人ギルドのマヌエラからのお願いで、既にオープンしている屋台を見に行く。オープンしてしばらく経ったのだが、少し問題が出てきたという話なので、マヌエラの所へ行く前に、隠れて見に行くこととした。


 ローダウェイクの街の中を、お忍びで歩くときは黒いフードの付いた服装で出歩いている。普段は貴族っぽい服装や、青の商人スタイルで出歩いているので、違う格好をするとバレないのだ。今日の護衛は幸いこの世界で一般的な髪と瞳の色である、撫でられ隊のシルエラとノーチェで、二人にはアラクネーの糸で作った一般的な服装を着てもらっている。


「エディ様、てっきりボクは商人ギルドに寄ると思ってたのですが?」


 僕より少しだけ背が高い、ボクっ娘ノーチェが小声で質問し、シルエラも頷く。シルエラはリーリエ率いる撫でられ隊所属、騎士団の中では正常な部類に入る。身長も高くモデルみたいな体型をしており、ブラウンの髪をポニーテールにしている。最初は低いポニーテールだったのだが、僕がブラッシングして高い位置で結んでからは、その位置をキープしているようだ。


「取りあえずマヌエラと会う前に、現状を確認しておきたくてね。この格好だとみんなにもバレないから、ちょっとだけ楽しいってのもあるんだけど」


「そうでしたか……」


 ノーチェは何か言いたそうだが、屋台エリアが見えてきたので、話は後で聞くことにしよう。


「かなりの人だかりができておりますので、エディ様はこちらへ。ノーチェは反対側を」


 シルエラが護衛のため指示をだすと、僕の左の腕に自分の腕を絡めてくる。ノーチェは右の腕だ……護衛の仕方おかしくない? これではお姉さんに連れてこられた、弟の図が出来上がっただけ……いや、お忍びだからそれでいいのか。視線を感じるが、バレてはいないようだ。


 屋台エリアには以前見た時とは違い、様々な装飾を施された屋台がずらりと並んでいた。人々で溢れかえっており、肉や魚などを焼く香ばしい匂い、屋台の店主たちが声を張り上げ客を呼び込む声、楽しそうな客の声などが空気を心地よく刺激する。

 

「見た感じ、大盛況で問題なさそうなんだけど……」


 しかし、一見賑わっているように見える屋台も、よく見ると繁盛している店とそうでない店の差が恐ろしいほどはっきりしていて、人気店の行列に並んでいる人たちのせいで、全体が賑わっているように見えているようだ。


 以前食べたヤシクの串焼き屋が一番繁盛していて、その他数店舗が繁盛しているといった感じだろうか。他の店主は声を出して客を呼び込んでいる人と、何もせずに座っている人に分かれている。


「お母さん! あそこにエドワー……」


 子供の声がした方をチラリと見ると、母親が娘の口を押さえて屋台の陰に隠れた。僕ってバレたのか?


「エドワード様があの格好をされている時は、見ないふりをしなくてはならないのですよ! 分かりましたか?」


「はーい!」


 ……今の何!? 丸聞こえなんですけど! 周りの人を見てみると、みんな僕と目を合わせないように目をそらした!


「ノーチェ? もしかして、さっき言いたそうにしてたのって?」


「はい、実は市民にはバレているようで、黒いフード付きのエディ様はお忍びなので、見ないふりをするのが暗黙のルールになっているようです」


「さっき言わなかったのは?」


「楽しそうなエディ様が可愛すぎたので!」


 堂々と胸を張って言い切るノーチェはさすがだな。こうしている間にもチラチラと見られていることに気がついたので、商人ギルドへ向かうことにした。


 ◆


 大公家専用の入り口から入ると、アリアナが声をかけてくる。


「エドワード様、いらっしゃいませ。マヌエラでございますね?」


「そうだね。いるかな?」


「紅茶を出しますので、こちらにお掛けください。マヌエラは先程まで待っていたのですが、街にエドワード様が現れたと噂が流れたので、飛び出して行ってしまいまして。今、職員を向かわせます」


 ……噂まで流れていたのか!? アリアナが他の職員に指示を出して、紅茶を淹れてくれたタイミングを見計らって聞いてみる。


「僕のせいだったみたいね。僕が街に現れると噂が流れるの?」


「もちろんでございます。今やエドワード様はヴァルハーレン領の象徴でございます。像でない本人が現れれば街はざわついて当然でしょう。エドワード様の意思を尊重する辺りは、エドワード様の人気の高さをうかがい知れます」


 最近アリアナの言動がジョセフィーナみたいなんだけど、ジョセフィーナは洗脳とかしてないよね?


「はぁ、はぁ、はぁ……お待たせして申し訳ございません!」


 アリアナと会話していると、マヌエラが急いで帰って来た。慌てて転んだのか額から血が出ている。顔からいったようでとても痛そうだ。


「マヌエラ、血が出てるよ。ちょっとまってね」


 手をかざし、ヒール除菌プラスをかけて治療する。スノーには必要な時だけ頼むと言ってあるので、飛び出すことはない。


「はい、もういいよ。マヌエラの話を聞く前に現状を見ておきたかったんだ」


「そうでしたか……って、顔や体の痛みが消えている!? エドワード様、ありがとうございます!」


「気にしなくていいよ。それより話に移ろうか?」


「畏まりました。エドワード様が既にご覧になられたのなら話は早いです。屋台をオープンさせてまだ間もないですが、売れている店とそうでない店の明暗がはっきりしてしまっているのです」


「確かに、並んでいるほとんどの人が、数店の店を目当てに来ているような感じだったね。その中でも以前試食したヤシクの店は一番繁盛してたんじゃない?」


「その通りです。あの日、エドワード様たちが食べているところを目撃した者たちからの口コミで広まったようで、味も一番美味しいことから、連日売り切れになっていますね」


 きっかけは僕たちが食べたからだったのか。


「それで、ヤシク以外は食べてないから分からないけど、それなりに客が並んでいた店もあったよね?」


「はい、ところが、客が並んでいる全てが美味しいというわけでもないので、何とかできないものかと。飾り付けなどをしている店が一定の効果がありそうということは分かったのですが、発案者であるエドワード様の意見もお伺いしたくて」


「まず一番は味だよね。結構串焼きの店が多かったと思うんだけど、同じ串焼きなら美味しい方か安い方に流れるよね。串焼きをするなら、ヤシクとは違った味付けで勝負するか、価格や大きさで差をつけないと客は集まらないよね」


「確かに串焼きの店が一番多いですし、現状では価格帯も同じような感じです」


「次に、マヌエラも言ってたけど、屋台を飾り付けしたり、声を掛けたりして目を引くようにするのも効果的なんじゃないかな。何人か声を出している店主もいたけど、ほとんどは客が来るのを待って座ってるだけだったよ。普通の店と違って店舗の間隔が狭いから、アピールした方が目につきやすいよね?」


「飾り付けはともかく声出しですか、店舗ではあまり見かけないですが、露店で見かけることがあります」


「あとは、小さいサイズでの無料の試食で味のアピールをするのも効果的だけど、ある程度美味しくないと逆効果かな」


「無料の試食ですか……ギルド主催でできないか、ギルド長に相談してみます」


「そうしてあげると、始めたばかりの店主は助かるかもね。でも、ギルドがそこまで面倒みないと駄目なの? ヤシクみたいに工夫した店が伸びて当然の気もするけど」


「通常ならそうなんですが、今回は商売をしたことがない店主もたくさんいますので、今後の発展のためにも、できるだけサポートしてあげたいと思いまして」


 この世界のギルドは結構シビアな印象だったけど、マヌエラみたいな人もいるんだな。


「サポートするならマニュアル化してみんなに教えないとだめだよ、ギルドと全ての店主の関係は平等にしないと不満が起きるからね。結果的にヤシクだけ贔屓した形になってしまったみたいだけど、そっちもフォローしてあげてね?」


「確かに一部の店主から不満が上がっていましたね……畏まりました。すべては商売の神(エドワード)様の言う通りに進めたいと思います」


 マヌエラの僕を見る目が怖いのは気のせいだろうか……。若干の不安を残しながらも、商人ギルドを後にしたのだった。

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