第271話 ニルヴァ王国アルビータの町
翌朝、アルビータの町に向けて出発する。
グレースおばあ様に聞いたのだが、ロイヤルカリブーは雪の上を駆ける。つまり道を通らなくてもすむので最短距離で移動できるのだ。
通常はもっと速く駆け抜けているらしいのだが、昨日はなぜかロイヤルカリブーは御者の言うことを聞かないで、比較的ゆっくり走っていたとのことだった。あれ以上揺れたら色々リバースしていたかもしれない。もしかして僕のためにゆっくり走ってくれていたのだろうか。
ロイヤルカリブーは僕を見つけると頭を下げた。
「おはよう。今日もよろしくね」
頭を撫でると、嬉しそうに目を細め甘えてくる。なかなか可愛いやつだ。
『エディよ、そいつの背中に乗せてもらえば、気持ち悪くならないのではないか?』
「背中に乗るの?」
「エドワード様、ロイヤルカリブーはソリを引っ張ることは致しますが、背中には誰も乗せないことで有名なのでございます」
僕の言葉に反応した御者の人が、ロイヤルカリブーについて説明してくれた。色々と難しい動物のようだ。
「へえ、そうなんだね。ヴァイス、背中は無理みたいだよ」
そう言った瞬間、ロイヤルカリブーは僕を軽く咥えると背中に乗せたのだ。
『――!』
「乗せてくれるのかな?」
尋ねるとロイヤルカリブーは頷く。
『なかなか話の分かるやつではないか』
「グレースおばあ様、乗せてくれるらしいので、このまま背中でも良いですか?」
「……ロイヤルカリブーが乗せてくれるなんて驚いたわ。王族でも直接乗った人は今までにいないんじゃないかしら? 背中に乗るのは良いのだけど、外は寒いから風邪をひくわ」
「その辺りは問題ありません。この外套なら外の寒さは気になりませんので」
「だったら、私は問題ないのですけれど?」
そう言ってグレースおばあ様は、おばあ様の方を見る。
「エドワードが問題ないなら、それでいいわ。でもエドワード、少しでも寒かったりしたら、ロイヤルカリブーに頼んで停めてもらうのよ?」
「分かりました。それじゃあ、ロイヤルカリブー、次の目的地のアルビータまで頼んだよ」
そう言うと、僕の言っていることが分かるのか、ワオーンと吠える。そういえば、トナカイは犬みたいにワンワン鳴くと聞いたことがあるけれど、ロイヤルカリブーは狼みたいに吠えるんだな。
「このロイヤルカリブーはニルヴァ王国の中で一番速いと聞いたので、今回お願いしたのですが、気性が少し荒くて困っていたと言ってなかったかしら? エドワードの言うことは素直に聞くみたいですわね」
「今回のようなことは初めてで、私も驚いております。ローダウェイクに向かう時は言うことを聞いてくれたのですが、昨日は全く言うことを聞かなかったので困っていたのです」
グレースおばあ様と御者の人が話をしているが、このロイヤルカリブーは少し問題を抱えているみたいだな。
みんながソリに乗り込んでいる間に、アラクネーの糸で落ちないように固定する。ロイヤルカリブーの背中は意外と毛が長く、高級毛布に包まれているようでとても温かい。
スレイカリブーが体長2メートルちょっとで大型のトナカイぐらいの大きさに対し、このロイヤルカリブーは体長3メートル以上でとても大きい。
みんなの用意が完了し、御者さんが出発の合図をするが、ロイヤルカリブーは一向に動こうとしないので、僕が代わりに頼んでみることにした。
「みんな用意できたようだから、出発してもらえるかな?」
僕が頼むと、ロイヤルカリブーは進み始め、どんどんスピードも上がってくる。マグマスライムのおかげで寒くはないのだが、顔に当たる風が結構痛い。
そこで、蔓で骨格を作り、スライムの糸で覆ってコックピットのような形にすると、風も当たらなくなりとても快適である。
「ロイヤルカリブーって凄いんだね?」
『うむ、まさかこの大きさで、このようなことが出来るとは驚いたぞ』
僕たちの声が聞こえたのか、ロイヤルカリブーの走るスピードはさらに速くなっていく。
不思議なことに、ロイヤルカリブーは新雪を埋もれることなく、普通の地面のように走ることができるようだ。この感覚なら酔う心配もないだろう。
ロイヤルカリブーは機嫌が良いのか、雪の上を飛ぶように駆けた結果、アルビータの町へ予定よりも早く到着したのだった。
◆
アルビータの町に入ると、ロイヤルカリブーはスピードを落として走る。指示しなくても目的地まで走るので、とても賢い動物みたいだ。
町はそこまで大きくないが、家の形には驚いた。前にフィンランドの妖精の家をイメージして作った、ピウスフリーシアンの牛舎の形にそっくりだったのである。
ただし、牛舎は蔓で作ったが、アルビータの町の建物は石を円筒に組んでおり、窓もない。暖炉があるのか煙突がついており、煙が上がっていた。
ロイヤルカリブーは大きな円筒の塔が並んだ建物の前で停まる。中央には大きな塔があり、その周りには少し小さな塔が建っていて、ロケットのようにも見える。
建物を見ていると、みんながソリから降りてきたが、真っ青な顔をしたシプレだけが走ってどこかへと隠れてしまったのだ。
どうやらソリに酔ったみたいだな、寒くて空気が澄んでいるせいか、音が丸聞こえで、アザリエが頭を押さえている。
「エドワード、ちょっとスピードを出し過ぎたんじゃないかしら?」
おばあ様が話しかけてきた。
「スピードですか? 特に何も指示を出していないのですが、そんなに速かったのですか?」
僕が尋ねると、青い顔をした御者の方が答えます。
「エドワード様、速いだなんてレベルではございませんでした。あんなに速く走るロイヤルカリブーはいません! 落とされないようにしがみつくのに必死でしたよ」
「お前、いつもより頑張って走ってくれたの?」
ロイヤルカリブーに尋ねると、頭を寄せてきたので撫でてあげると、嬉しそうにする。大きな角は邪魔なのだが、結構可愛い奴だ。
「それにしても、ラナフのいう事を全く聞かないのには困ったわね」
グレースおばあ様が困った様子で言います。すると、御者の方であるラナフさんが答える。
「明日はエドワード様にお願いして、ロイヤルカリブーにスピードを抑えてもらうように指示していただくしかないかと。それにしても、このロイヤルカリブーだけ特別なのか、他のロイヤルカリブーも同じように、普段は本気を出していないだけで、まだ速く走ることができるのかが気になるところでございますな」
ロイヤルカリブーの秘めたる力に興味津々のラナフさんは、ニルヴァ王国の貴族であり、ロイヤルカリブーとスレイカリブーを育てているタランドス家の一員らしい。彼は商人マットのことも知っていたのだが、マットの名前を出すと複雑な表情を浮かべていた。
ちなみに、タランドス家の人間でも誰でもロイヤルカリブーの世話ができるわけではなく、限られた一部の人だけがその特権を持っているそうで、ラナフさんはタランドス家の中でもエリート中のエリートとのことだ。
「酷い目に遭いましたぁ」
全然ソリに酔ったことを隠せていないシプレが戻ってきました。音が隠せていなかったことをアザリエに注意されると、シプレの顔はまた青くなっていった。
「エディ様ぁ。忘れてくださいぃ!」
シプレが僕を抱きしめてお願いしてくるのだが、顔が母性に埋もれて若干苦しい。お願いの仕方、間違ってない?
それにしても、僕を抱きしめる前はブレストプレートである胸鎧を着けてたように見えたのだが、いつの間に外したんだ? おっとりしているように見えて意外と素早いのだろうか?
全裸を見られるのは平気なのに、吐いている音を聞かれるのはダメなのか? その違いを理解するのは僕にはまだ難しいようだ。




