第268話 帰還と来訪
雪が無いバーランスの町で数日過ごすことになった。カラーヤ侯爵は一緒に夕食をとった翌朝には自領に向けて帰ったらしい。
リーリエとノーチェの痣を治した後、当然ながら他のメンバーたちも治療した。しかし、思いがけずその後、おばあ様による騎士団の訓練が始まり、再び治療が必要になってしまった。
そしてローダウェイクへの帰還の日。来る時に融かした雪はすっかり元通りに積もっている。
除雪していないところは少し増えたぐらいなのだが、除雪した所が元に戻るのはどうしてなんだろうか。
来る時に使った、マグマスライムで雪を融かしながら進むのは意外と面倒だったので、帰りはアーススライムを使おうと思う。
雪の高さまでアーススライムで橋を作ってその上を進むのだが、行きもこうしておけばよかったと思うぐらいスムーズに進み、帰りは魔物も出ること無くローダウェイクに帰還することができたのだった。
バーランス出発前に通信施設から帰還を報告してあったので、ローダウェイク内の道はしっかり除雪されている。
城へ到着すると大きな馬車が停まっているのが見えた。
「誰か来ているみたいですね?」
「少しばかり帰る日を間違えたみたいだね?」
「まあ、何とかなるだろう」
おばあ様とおじい様は馬車の持ち主が分かるのかな?
馬車に近づくと馬車ではなかった事が分かった。車輪の代わりにソリが付いているということは、ニルヴァ王国から誰か来たのかもしれない。
ソリに近づくと、突如として体長3メートルほどの真っ白なトナカイが立ち上がった。トナカイはまるでお辞儀をするかのように、優雅に頭を下げる。
ちょうど頭が目の間に来たので撫でてあげると喜んでいるようにみえる。かなり人懐っこいようだ。確かロイヤルカリブーとかいう名前で王室専用とか言ってたような。つまりニルヴァ王国の王族の人が来ているということなのだろう。
あれっ、そういえば僕って王族に見つかるとまずいんじゃなかったっけ?
「おじい様、これって王室専用なんですよね?」
「うむ、誰か王族が来ているということだな」
「城に入らない方がいいでしょうか?」
「わざわざ王族が来たってことはエドワードの容姿がばれてしまったんだろうから、今更小細工してもどうしようもないわよ? あたしたちが付いているんだから、ドンと構えていればいいわ」
「ありがとうございます」
確かにおばあ様やおじい様、それと父様が居れば国ぐらい簡単に落とせそうだな。
諦めて中へ入ると家令のルーカスがやって来た。
「お帰りなさいませ。今回は非公式ということでございます。応接室で対応なされていますのでご案内いたします」
◆
ルーカスの後について応接室へ向かい中に入ると。
「まぁ! 小さい時のソフィーにそっくりでとても可愛いわ!」
母様によく似た二十代後半ぐらいの女性に、いきなり抱きしめられてしまう。母様は頭を抱えているな。
「母様のお姉さんのスティーリアさんですね? ヴァルハーレン家嫡男のエドワード・フィレール・ヴァルハーレンです。よろしくお願いします」
「ソフィーのお姉さんですって!? なんて可愛い事言うのかしら!」
そう言ってまた抱きしめられた。
「はぁ。エドワード、その人は姉さんじゃなくて母様よ」
「本当ですか!?」
ナンテコッタ! 全然若いじゃん! おばあ様と同じタイプってことか? ヴァルハーレンとニルヴァ王国の血が濃い僕って、しっかり成長するのか心配になってきたぞ。
「エドワードに会うのは初めてだから自己紹介するわね? ソフィーの母、ニルヴァ王国王妃のグレース・ニルヴァよ」
「それで母様はわざわざローダウェイクまで何しに来たのかしら? 今、ニルヴァ王国は大変なんじゃないの?」
グレースおばあ様は、母様の言葉に少しだけ何かを思いついたような微笑みを浮かべながら、席に戻った。しかしなぜか、僕は彼女の膝の上に座らされていた。
「ソフィーはどうして大変だなんて知ってるのかしら?」
「グリージョにエドワードの事を聞いたから来たんじゃないの?」
「そう、グリージョがここへ来たのね? 全く最近のスレーティー家は問題ばかり起こすので困るわ」
どうやら、犯人はグリージョではないらしい。
「グリージョでなかったら、一体どうやって……」
「エドワードはマットという商人に会いましたね?」
マットというと、ニルヴァ王国からやって来た商人に向いてない男のことだな。
「ええ、商会で掃除に使える石を買い取ってくれと、泣きついてきた男のことですね?」
「……泣きついてきた? はぁ、どうやらマットは私に嘘をついたようですね」
「彼は商人の才能が無いように見えたのですが、実はニルヴァ王国ではやり手の商人だったのでしょうか?」
「王族と話をしているからそう思ったのですね?」
「違うのでしょうか?」
「マットはタランドス家の三男なのよ」
タランドス家というとニルヴァ王国の4つしかない貴族のうちの1つだな。
「タランドス家はスレイカリブーやロイヤルカリブーを管理している家よ」
母様が教えてくれた。スレイカリブーはニルヴァ王国で早く移動するための貴重な手段なので、それを育てたり管理する貴族が存在するそうで、それがマットの実家のタランドス家ということらしい。マットの話は報告したが、スレイカリブーに乗って帰ったことを報告してなかったな。スレイカリブーの話をしておけば、母様が一般人じゃないと気がついたのかもしれない。
「なるほど、彼が乗ってきたというスレイカリブーは、彼の家が管理しているから持っていたのですね?」
「そうよ。タランドス家は、代々スレイカリブーを育ててきた名門一族だった。しかし、三男のマットには、スレイカリブーを育てる才能がなかったため、兼ねてよりなりたかった商人になったのよ。しかしマットは、変なものばかり掴まされ、タランドス家としても困っていたのだけど。たまたま私がタランドス家に行った際、マットが仕入れた物を全て完売したと言って帰ってきたわ。そこで話を聞いてエドワードの存在が明らかになったのよ」
「スレイカリブーを育てる才能が無いと言いましたが、彼はスレイカリブーで移動しているのですよね?」
「マットは生まれつきスレイカリブーに嫌われているみたいで、彼が近づくだけで機嫌が悪くなるらしいわ。ただ彼の乗っているスレイカリブーだけは逆に彼以外には懐かないことから彼に譲ったのよ」
「そうだったんですね」
スレイカリブーを育てている家系なのに、嫌われてるってちょっと可哀想だな。まあ商人に向いてないのは関係ないんだけど。
「それで、母様は噂を聞きつけて、エドワードの様子を見に来たのかしら?」
「そうよ、本当に王族たる資質があるのかを見極める必要がありましたからね」
「エドワードは渡さないわよ?」
母様がグレースおばあ様にはっきり言い放つと、おばあ様は少し微笑んで。
「取られると思ったのね? そんなことしないわ」
「えっ、そうなの?」
予想外の回答だったのか、母様はキョトンとしている。
「跡を継ぎたいのなら別だけど、そうではないのでしょ?」
「グレースおばあ様、もし跡取りが産まれなかった場合はどうなるのでしょうか?」
「あら、心配してくれてるのね? 優しいところは父親のハリーに似たのかしらね?」
「それって、どういう意味よ?」
「あら、実の娘は冷たいって言ったつもりだけど、分からなかったかしら?」
「きっと親の育て方が悪かったのね、親の顔が見てみたいわ」
「眼の前にいるじゃない。体調を崩したと連絡が入ってたけど、目はまだ治ってないようね、私が治してあげましょうか?」
まさか、ガチで親子喧嘩を始めるとは思わなかったが、これはきっと仲の良い証ということで納得しようと思ったのだった。




