第266話 おばあ様の秘密?
みんなの待つ部屋へ戻ると、お茶を飲みながら会話を楽しんでいた。おじい様はカラーヤ侯爵と、おばあ様はファニータさんと、カトリーヌさんや、メグ姉はセレーナさんたちと盛り上がっているようだ。
僕が部屋に入るとおばあ様が声をかけてくる。
「エドワードお帰り。指示は終わったのかい?」
「はい、メニューを考えてきたので、美味しい料理を作ってくれると思います」
「それは楽しみだね」
僕とおばあ様が会話を始めると、セレーナさんは近くに来て、ファニータさんに話しかける。
「時にお母様。今朝より肌が若返っているのはどういう事なんでしょうか?」
「えっ! 何のことかしら?」
凄く動揺している! どうやらファニータさんは嘘をつくのが苦手な性格のようだ。
「お母様?」
セレーナさんが、ファニータさんに詰め寄る。これだから美容関連は恐ろしい、おばあ様に任せておくのが一番だろう。
この世界の人たちは平均寿命が短いせいか早熟なので、18歳のセレーナさんはプラス5歳ぐらいに見える。それでも若いのだが、今までお肌のメンテナンスなど当然してないだろうから、そろそろ気になるお年頃なのかもしれない。
化粧品を売り出すのではなく、エステとして施術するのならいけそうだな。最終的には美白液と美容液頼みとはいえ、リンパマッサージ的な事も盛り込めば誤魔化せるはずだ、ハンナさんとケイティさんの状態次第では、おばあ様に提案してみるか?
ファニータさんはオロオロしながら目でおばあ様に助けを求めている。この時点で、おばあ様が絡んでるってバレバレじゃん。
「まだ若いセレーナには必要ないと思うわよ?」
おばあ様がセレーナさんに話しかける。
「クロエ様、私も嫁いでしまえば王族の一員としての生活が待っていますが。歳が近いハットフィールド公爵家の長女フランシス様を正室にした方が良いのではという話も出ているので、他の方へ弱みを見せる事はできません。どうか力を貸していただけないでしょうか?」
ハットフィールド公爵家の長女って、あの強引な母性特大の人だよな。確かに母性では勝負にならないだろうな。アレは現在この国で3番目の大きさだ。ついこの間までは2番目だったのだがシプレの登場により3番目に転落したとはいえ、その大きさが霞むわけではない。同じ土俵に立つのは不利と判断したのは英断だろう。
真っ直ぐおばあ様を見つめるセレーナさんは、ファニータさんの肌が見違えたのを、おばあ様の若さの秘訣と勘違いしているようだ。おばあ様は何もしなくても、あの状態なんだけどね。本人は喜んで使っているが、おばあ様と母様だけは美容液を使っても違いが分からない。違いの分かる男への道は高く険しいみたいだ。
「アルバート王太子殿下が国王になられた時、私の発言力が強ければ、エドワード様のお役に立てる事があるやもしれません」
「エドワードの? その言葉に偽りはないだろうね?」
「カラーヤ侯爵領を救ってくれた恩人なのです。仮に力を貸していただけなくとも、エドワード様のお味方するのは揺るがないですが、発言力を高めるに越したことはないと思うのです」
「ふふっ、いいね。しっかり王妃になる心構えは出来てるようだね。夕飯まではまだ時間があるからファニータとついて来なさい」
そう言って、おばあ様が立ち上がると、セレーナさんとファニータさんもついて行くのだが。
「エドワード、お前も手伝いなさい」
「僕もですか?」
「当たり前じゃないか、エドワードがやらないで誰がやるのよ?」
全く意味分からないんですけど⁉︎
◆
そう言って連れてこられたのは大浴場……。
「おばあ様何をするつもりでしょうか?」
「2人を例のヤツで洗ってあげるんだよ。但し、さすがに王太子の婚約者の肌を見るのはよくないから、これで目隠ししてもらえるかしら?」
そう言って布を渡される。
「水球が見えないと体に纏わせられないですよ?」
「確かにそうだね……そうだわ、まずそこに体を洗えるぐらいの水球を出してもらえる?」
「分かりました。ミラブール」
「「――!」」
ミラブールの水球を2つ作る。2人は突然現れた水球に驚いている、そういえば忘れてたけど、普通の魔術ではこんなことは出来ないんだったっけ?
「それをそのまま維持して目をつぶれるかい?」
「見ないでも出来るかってことですね、やってみます」
取りあえず水球を維持したまま瞼を閉じる。2つの水球を感じ取る事ができるので、しっかりと維持出来ているはずだ。
「おばあ様、どうでしょうか? 感覚的には大丈夫だと思うのですが?」
「完璧よ、相変わらずエドワードはのみ込みが早いわね。2人にはこの水球に入ってもらうわ」
「「この中にですか!?」」
「ええ、そうよ。あなたたちエドワードの騎士団を見てたでしょう? 彼女たちは元冒険者よ」
「クロエ様、あれだけ透明感のある肌、艶やかで綺麗な髪を持った女性たちが元冒険者というのはいくら何でも」
ファニータさんは彼女たちが、元冒険者というのが信じられないようだ。
「昨日、彼女たちはエドワードの水球で洗ってもらったのよ。今回だけは特別に2人の肌はエドワードに見せないように、配慮してあげるから早く準備しなさい」
「「畏まりました!」」
2人は脱衣場へ服を脱ぎに行き、しばらくすると声がかかる。
「クロエ様、準備出来ました」
「分かったわ、エドワード頼んだよ」
「分かりました。ミラブール」
今度は、最初に目隠しをしてから水球を2つ出す。
「おばあ様、どうでしょうか?」
「バッチリだよ。2人共、こっちに来なさい」
足音が聞こえるので近づいてきたのだろう。
「そしたらこの水球に入りなさい。そういえばエドワード、最近、口の所だけ呼吸出来るようにしていたけど、それは可能なのかい?」
「さすがにそれは見てないと無理ですね」
「やっぱりそうなのね。しょうがないね、先に水球の中に頭と顔をつけて洗うのよ、そしてその後、体ごと水球の中に入りなさい」
「「畏まりました」」
現在2人はミラブールの水球で体を洗っていると思われるが、目隠ししているので何も分からない。
「どう? これが2人に溜まっていた汚れよ」
「「こんなにも!?」」
どうやら1回目が終わったようだ。だいたい初めての人は2回するのが、慣例となっている。
「エドワード、一旦解除して、もう一度お願いね」
「分かりました。ミラブール」
もう一度、ミラブールの水球を作り2回の洗浄を終了する。その後、髪を乾かしブラッシングし美容液などを塗って完成である。
「2人共、随分と変わったんじゃないかしら?」
「美容液だけでも驚いたのに、更にこれ程まで変わるとは……」
「しかし、これはクロエ様の秘密と言うよりはエドワード様の秘密では……」
ファニータさんとセレーナさんが感想を言うが、セレーナさん正解!
「セレーナの気がついた通り、美容に関する全てにエドワードが関わっている」
「全てに!?」
「エドワードが関わっている事だけは絶対的な秘匿事項よ、もしどこかでバラすようなら、あたしが相手になるから覚悟しときな」
「「――! 心得ました」」
「エドワードに洗ってもらうのはさすがに今回限りよ、その代わり、今までの石鹸とは一味違う石鹸が、モイライ商会から販売されている。ただそっちも人気商品だからすぐに売り切れてしまうのだけど、今後はそっちを融通してあげましょう」
「そのような物まで、モイライ商会で扱っているのですね」
セレーナさんは知らなかったようだ。
「エドワードには負けるが、アレはアレでなかなかの商品だから安心していいわよ」
「最後の美容液というのもモイライ商会で?」
「今日使用した美容液はまだ試作品でね。もし販売するとしても、少量しか出回らないわ」
「間違いなく取り合いになりそうな商品ですわね」
「そうね、恐らく現在販売している商品の中では、一番の入手困難商品となり、取り合いは必須だろう。そこでだ、もし本当に嫁いだ後、エドワードの味方になるように動くのなら、切り札として融通することも考えようじゃないか?」
「クロエ様、それは真でございますか?」
「もちろんよ」
ガッチリ手を取り合った2人の表情は、母親のファニータさんが引くぐらい、口元に邪悪な笑いを浮かべていたのだった。




