第257話 モイライ商会に珍客
今日はモイライ商会へ視察に向かっているのだが、本日の護衛担当は撫でられ隊の、リーリエとノーチェだった。
「やっと護衛の順番が回ってきたわね」
そう言って僕の周りで護衛している2人の表情は、花が咲いたかのように明るい。
冬のため、ローダウェイクにある殆どの店は閉まっているのだが、モイライ商会は通常通り営業しているのだ。
最初、殆どの店が休業するのだから、モイライ商会も休みにしようとしたら、店員のみんなに猛反対されてしまった。
うちの店員に限らず、この世界の人は休みを嫌う人が多いらしい。労働契約なんてものはもちろんないので、病気で休むとそのまま別の人を雇って、クビなんて話もよくあるのだとか。
また、ヴァルハーレン領では冬季休業した店が、そのまま春になって閉店するパターンもあるらしい。店員の中には、それで職を無くした経験をして、休むことを極端に恐れている人もいる。雪かきを頑張るので、休業しないで欲しいとまで言われては、続けるしかないだろう。
肝心の客が来るのかを心配していたのだが、相変わらず毎日大盛況なんだとか。貴族のお使いの人は、雪が降っていても関係ないらしい。
店に入ると大きな声が聞こえた。何か揉めているのだろうか? 近くに行ってみると、歳は20代ぐらい、ブラウン色の髪の男が、店長のルチアに何かをお願いしているように見える。
「どうしました?」
「あっ! 会頭!」
「会頭? こんな子供が……!」
揉めてた人が僕を見てビックリしている。子供店長はいても、子供会頭は珍しいのだろうか?
「ちょっとあなた! 会頭に向かってなんて事を、もう帰ってください!」
いつもは物静かな、店長のルチアがキレた!
「王族の方だったとは! 申し訳ございません!」
突然土下座して謝りだしたと思ったら王族と勘違い?
「侯爵だったり、大公の嫡男ではありますが、王族ではないですよ?」
「大公? ……ではソフィア様の!?」
「母様の事を? もしかしてあなたはニルヴァ王国から?」
「はっ、はい! ニルヴァ王国の商人マットと申します!」
「それでマットはルチアに何を?」
「訳の分からない石を大量に買い取って欲しいと言われまして……」
2人から話を聞くために、奥の部屋に移動する。話を聞いたところ、確かにルチアでは判断出来ない内容だった。
マットという男、ニルヴァ王国で、汚れがよく落ちるという石を大量購入したのだが。ニルヴァ王国では全く売れず途方にくれ、ローダウェイクまで足を運んでみたらしい。しかし、ローダウェイクの店や露店も殆どやっていないため、たまたま店を開いていたモイライ商会に入り、交渉していたということらしい。
このマットという男、行き当たりばったりで、商人に向いてないんじゃないだろうか……。
「話は分かりました。取りあえず、その汚れがよく落ちるという石を見せてもらえますか?」
「ありがとうございます。これがそうです」
マットはそう言うと、床に置いてあった大きなリュックから、石を取り出し渡してきた。
その石を手に取った瞬間。
『トロナ鉱石を確認。解析しますか?』
目の前に透明な画面が現れ。
【鉱物】トロナ鉱石
解析しますか? ・はい ・いいえ
トロナ鉱石? これってもしかして重曹の事か!?
まだ購入していないので、取りあえず〈いいえ〉と念じる。
『ヘイ、ウルス?』
『ポンッ、ご要件をお伺いします』
また自動対応的な。
『このトロナ鉱石って、もしかして重曹として使える?』
『そうですね、炭酸ナトリウムと炭酸水素ナトリウムから出来てますので、炭酸水素ナトリウムが重曹の事ですね。炭酸ナトリウムはかん水としても使えますよ』
『かん水ってことは中華麺を作れるの!?』
『そうなりますね』
『よし! 絶対手に入れよう』
「エドワード様?」
ウルスに色々聞いていると、ルチアが心配して声をかけてきた。
「ああ、ごめん。ちょっと考え事をしていたから。これが掃除に使えるのですか?」
「はい、それを粉にした後、水でペースト状にしたり、溶かしたりすると汚れがよく落ちます」
「試したことはありますか?」
「無いですね」
ダメだこの人!
「試したこともないのに、よく販売しようと思いましたね」
「それを売っていた人が試したのは見ましたので」
「汚れが落ちるところを実際に見せないと売れないのでは? ついでに言うと粉で使うのなら、粉にしないと誰も買わないと思うんだけど」
僕がそう言うと、マット以外の人が頷く。
「すいません、粉にするのが面倒だったので……」
「はっきり言えば、本当に汚れが落ちるか分からない物を、粉にする労力をかけてまで買う人は、いないという事ですね」
マットはガックリと項垂れる。
「まあ、雪の中をニルヴァ王国からローダウェイクまで来たのですから、価格ぐらいは聞いておきましょうか?」
「本当ですか!? 大銀貨2枚です」
高っ!
「これ1個で大銀貨2枚なの!?」
「いえ、リュックの中身全部で大銀貨2枚です」
安っ! いや、本当に安いのか? 麻布1メートルの価格が大銀貨1枚ぐらいだから、やっぱ安いな。それにしてもマットは、僕に全部売りつけようとしてるのだろうか? まあ全部買うけどね。
「マットはつまり、その石全てを買い取って欲しいということなのかな?」
「ぶっちゃけると凄く重いんですよね!」
だろうね!
「そんなリュックいっぱいに、石を入れれば重いでしょうね。雪の中それを背負って、よくローダウェイクに辿り着けましたね?」
「それは昔、親父が使っていた、ソリを受け継いだからです」
「ソリですか?」
話を聞いたところ、ニルヴァ王国では馬車の代りに、ソリをスレイカリブーという茶色いトナカイの魔物に引かせるという話だ。グリージョ・スレーティーも同じようにソリで来たのだろう。
ちなみにニルヴァ王国の王族専用ソリもあるらしく、そのソリを引いている魔物の名前はロイヤルカリブーと言うらしい。ネーミング的に間違っていないのだが、モヤっとする名前だった。
「それでは話を纏めると、その掃除に使えるかもしれない石を、大銀貨2枚で買い取って欲しいという事でいいですか?」
「えっ!? 全部買い取ってもらえるんですか? ありがとうございます!」
「全部売っちゃって大丈夫なんですか? 先程も言いましたが、粉にして本当に汚れが落ちるのを実演して見せれば、もっと高値で売ることが出来るかもしれませんよ?」
絶対、粉にして実演販売すれば、売ることが出来ると思ったのだが、マットは急に土下座すると。
「これを売らないと冬を越せないので、どうか買い取ってください!」
……マットよ、僕が言うのも何だが、商売に向いてないと思うよ?
「分かったよ、大銀貨2枚だったね?」
ギルドカードで払おうとすると。
「今日の宿代が無いので、出来れば銀貨でお願いします!」
そんなギリギリで大丈夫なのか? ちょっと心配になってきたが、取りあえず銀貨を収納リングからだして渡す。
「はい、銀貨20枚ね」
「ありがとうございます! これで冬を越せそうです!」
冬は越せても、その後が心配だなと考えていると、マットはリュックを持ってキョロキョロして。
「それで石はどこに置きましょうか? リュックは必要なので中身だけ置いていきますね」
確かにリュックは値段に入ってるとは言ってなかったな。能力で綿の布を出して床に敷く。
「この上に乗せてもらえますか?」
「えっ? こんな良い布の上に置いたら、汚れてもったいないですよ?」
布の善し悪しは分かるんだ。
「購入した石を包みたいのでここで大丈夫ですよ」
「そうですか、それでは……」
マットは布の上でリュックを逆さまにして落とすと、石はゴトゴト言いながら布の上に落ちていく。
「ちょっとあなた何するんですか!? そんな事したら床に傷がつくじゃないですか!」
ルチアの言う通りである。
「すいません!」
謝りながらもそのまま石を床に落としきる。
そしてリュックから全ての石を出したマットは、お礼を言うと、スキップしそうな足取りで、意気揚々と帰っていったのだった。




