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第249話 クロエと秘密の部屋

「城にこのような所があったのですね?」


「まあ、知っていても普通の人にとってはただの地下へ通じる階段で、特に変わった物もないからね」


 僕は頭の上にヴァイスを乗せて、おばあ様と共にローダウェイク城にある、地下へ通じる階段を下りている最中だ。地下へ行く階段というと、船着き場に行く通路しか知らなかったので非常に冒険心をくすぐる。


 階段を下りると、石の壁で作られた部屋に辿り着いた。広さはテニスコートぐらいの大きさで、高さは3メートルほどある。


 しかし、石の部屋があるだけで、他に何かがあるようには見えない。


「おばあ様、ここはいったい……!」


 おばあ様に尋ねようとしたところで、奥の壁に縦に入った継ぎ目があることに気がつく。


「どうやら気がついたようだね」


「これは隠し扉でしょうか?」


「まあ、これだけ分かりやすいのを隠し扉と言うのかは分からないけど、合っているわ」


 隠し扉と聞いたからには開け方があるはず。壁から順番に調べていくが、全く手掛かりが見当たらない。


 床にもそれらしい手掛かりも見つからず、お手上げ状態になったところで、おばあ様が声を掛けてくる。

 

「エドワードはあたしと何しにここへ来たんだい?」


「それはもちろん、デーキンソン侯爵領で言っていた、名前の分からない冒険者の日記を調べるためです」


「それだけしか言ってなかったかしら?」


「ええ、あの時は変わった色のトリュフを見つけた際に、食について色々な事が書かれている冒険者の日記があるので、一度調べてみようという話でした」


「それだけじゃ確かに分からないわね。エドワード、この城はヴァルハーレン家が建てたのではないという事を知っているかい?」


「それは初めて聞きましたね。王都ヘイレムは、滅ぼしたトルズベール王国の王城を改築して造られていると書物で読みましたが、この城もそうだったのですか?」


「その通りよ。ヴァーヘイレム王国になる前はトルズベール王国の城の1つだけど、この城を建てたのはルトベアル王国よ」


「ルトベアル王国ですか? 初めて聞く名の王国ですね」


「そうでしょうね、ルトベアル王国の存在は、滅ぼしたトルズベール王国によって消されたみたいだわ」


「そんなことがあったんですね。この城はそんな昔から存在していたのですね」


「そうね。それでこの話は内緒なんだけど、ヴァルハーレン一族はルトベアル王族の生き残りよ」


「――!」


 サラッと爆弾発言しないでください。


「その話はみんな知っているんですか?」


「知っているのは、あたしとアルバン、そしてエドワードだけよ」


「父様も知らないのですか?」


「ハリーにはその資格がないからね」


「父様に資格がないって【空】属性のことなんでしょうか?」


「そうよ」


「おじい様も【空】属性を持っていないと思うのですが?」


「アルバンが知ったのは偶々ね。【空】属性を使えない人に教えないと決めたのもアルバンだけどね。この話はここまでよ、後はエドワードがもう少し大きくなってからにしましょう」


 前に言っていた重力絡みの話に繋がるという事か、これ以上は大きくなってからという事なのでこれ以上は聞けないが、扉を開けるのに今の話が必要ということは……。


 扉になっていると思われる壁に対し、軽くなるイメージで魔法を発動させた。


 【空】属性の魔力に反応したのか、壁がゴゴゴと音を立てて上がって行くと通路が現れる。


「直ぐにあたしの言いたいことを理解するのはさすがね」


「【空】属性の魔力に反応しているのでしょうか?」


「おそらくそうなんだろうね。さあ、こっちだよ」


 おばあ様について通路を進んでいくと、壁が下に降りて塞がれる。


「特定の魔力に反応して上がる壁というのは初めて見ましたが、よくある物なんでしょうか?」


「あたしもここ以外では見たこともないね。あるとすれば、近い時代に建てられた王城ぐらいじゃないかい?」


「王城ですか? 確かに魔術を無効化する装置がありましたし。もしかしたら、ルトベアル王国の時代に作られた物なのかもしれませんね」


「そういえばそんなのも在ったわね」


 しばらく歩くと木で作られた重厚な扉が見え、おばあ様は扉の前で止まった。


「ここが書庫だよ」


「随分立派な扉ですね」


「あたしには分からないが、これも魔道具の類だと思うわよ」


 おばあ様が扉を開けると、光の魔道具が付いているのかそこそこ明るかった。部屋の中には壁一面に本棚が並び、無数の書物がぎっしりと詰まっている。書庫はとても広く、地下にもかかわらず天井は高くアーチになっており、何かの絵を描いてあった形跡がある、しかし絵は薄れていて何が描いてあるのかまでは分からない。


「書庫というよりも図書館といった雰囲気ですね」


「そうね、これだけ揃っている書庫はなかなかないと思うのだけど、1つだけ問題があってね……」


 おばあ様はそう言うと棚から書物を1冊取り出して僕に見せた。


『מחמאות שאישה תאהב』


「……なんと書いてあるのでしょうか?」


「さあ? あたしにも分からないわ。ここにある殆どの書物が、その読めない言葉で書いてあるのさ」


「そうだったんですね」


 残念なことに、日本語で書いてあるとか、英語で書いてあるとか言うパターンではないらしい。


「まあ、あたしも全部調べた訳じゃないから分からないが、こっちに読める書物のコーナーがあるのよ」


 おばあ様の後について行くと、明らかに保管されている今見た書物より、新しい年代の書物が並べられている本棚の前に来た。


「この辺りの書物は、一目で違う年代だという事が分かりますね」


「そうね、読めない書物はルトベアル王国時代の物なんでしょう。この辺りが前に言っていた、冒険者の日記と思われる書物よ」


 おばあ様が指差した所には、他の書物より小さいA6サイズぐらいの書物が並んでいた。


「これがそうなんですね、見てみてもいいでしょうか?」


「もちろんだよ、あたしが腕のいい料理人を集めてたのは、この日記を読んで料理に興味を持ったからなんだよ」


「そうだったんですね!」


 自分で作ってみるではなく、料理人を集めるという行動がおばあ様らしい。いや貴族ならそっちが普通なのかな。


 パラパラとめくって中身を見てみる。


『今日はギルドの受付嬢のナターシャに会った。彼女はいつも冒険者たちに親切で、笑顔が魅力的で、声が響く。私はずっと彼女に惹かれていた。でも、彼女には告白する勇気はまだない、彼女は私のことをどう思っているのだろう。いつか彼女は私を愛してくれるはずだ。そう信じて私は今日も冒険に出かける』


『今日、私はナターシャに話しかけプレゼントを渡した。彼女はとても喜んでくれたのに、私は緊張で告白できなかった。彼女にフラれるのが怖かったのだ、もっと親しくなればきっとスムーズに告白できるはずだ。そう信じて私は今日も冒険に出かける』


『今日はついにギルドの受付嬢ナターシャに告白した。彼女はいつも冒険者たちに優しく、笑顔が素敵でずっと想っていた。しかし、彼女は私の告白を断った。理由は、私が冒険者としてあまりにも有名だからだと言った。彼女は私のことを尊敬しているけれど、恋愛感情はないと言った。きっと彼女は自分に自信がなくて、私のそばにいると圧倒されてしまうのだろう。彼女の言うことも分からなくはない。私は長年冒険を続けて、どんなクエストでも成功させてきた一流の冒険者だからな。しかし、決心するのだ、彼女のためもっと謙虚になるんだ。そして、彼女に再び告白するんだ。今度こそ彼女は私を愛してくれるはずだ。そう信じて私は今日も冒険に出かける』


『今日は道具屋の娘、ジャネットに会った。彼女は冒険者たちが相手でも丁寧で、目がキラキラしていて髪がサラサラだ。私は彼女に一目ぼれした。でも彼女は私のことを知らないようで、私は話しかけたが、彼女の素っ気ない態度に落ち込んだ。でも私はまだ諦めない。彼女にとってまだ私はただの客だ。彼女に興味を持ってもらうような人間ではない。だから私は決心した、もっと彼女にアプローチするんだ。今度こそ、彼女は私に目を向けてくれるはずだ。そう信じて私は今日も冒険に出かける』


 ナターシャはもういいのか? というかこの後、ジャネットにも直ぐにフラれているしな。憂さ晴らしに冒険者活動しているようにしかみえないな。


「……おばあ様これって?」


「エドワードの言いたいことは分かるわ、あたしも全て読んだわけじゃないけど、日記のほとんどが女の子に振られた話だよ」


「そうなんですか……」


 おばあ様はよくこの日記を見て、料理人を集める気になったなと思うのだった。

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