第248話 ぬいぐるみの完成と配達(下)
ラシュルさんが言い淀むから、エリー嬢に抱きつかれたまま沈黙が続く。
「ほらエリー、シュトゥルムヴェヒター君2号の抱き心地を確かめてみたらどうですか?」
『そうでした!』
エリー嬢は僕から離れると、シュトゥルムヴェヒター君2号を抱きしめた。ノワール嬢もぬいぐるみの所に行って、感触を確かめている。
『シュヴェちゃん2号はサイコーなのです!』
シュヴェちゃんってなんだ? どこかのハリウッドスターみたいだけど、シュトゥルムヴェヒターって長くて言いにくいから、略すのは良い案かもしれないな。
「シュトゥルムヴェヒター?」
「エドワード様が討伐された、シュトゥルムヴェヒターをぬいぐるみにしたそうなんです」
男爵が反応すると、ノワール嬢が説明した。
「シュトゥルムヴェヒターとは、このような姿をしているのか!?」
リヒト男爵は、シュトゥルムヴェヒター君の可愛さに衝撃を受けたようだ。
「いえ、ぬいぐるみにするため可愛くしてありますので、実物とは違いますよ」
「そうなんだな……」
実物は可愛くないと聞いて、明らかにホッとしている。
「――! 何だこの愛らしいエリーは!?」
リヒト男爵がエリーの姿のぬいぐるみ、エリーちゃん1号を見つけて叫ぶと、エリー嬢は取られないように素早く奪い取る。男爵って凄く嫌われているんだな……。
「エドワード様がデザインされたぬいぐるみ。『エリーちゃん1号』と『ノワールちゃん1号』です!」
ノワール嬢が説明してくれるが、教えてない名前を発表しないでほしい。あと自分のぬいぐるみに『ちゃん』はいらないような気がする。
「エリー、私にも見せてもらっていいかしら?」
ラシュルさんがエリー嬢に聞くと直ぐに渡した。当然男爵は崩れ落ちる、そういうリアクションが、嫌われる原因の1つではないのだろうか?
ラシュルさんはエリーちゃん1号を、細部まで注意深く見ると話し出す。
「これは素晴らしいぬいぐるみね! 触った感じがふわふわと柔らかくて心地よいわ。ディテールも、細かいところまで丁寧に作られているし。そして何よりも、エリーの表情が愛らしくて、見ているだけでも癒されますね。目に使った虹色の宝石は何かしら? エリーにピッタリの宝石があるなんて初めて知りましたわ」
「その宝石はウォーターオパールという名前ですね」
「そうなんですね、宝石だけでなく、ぬいぐるみや着ている服だけでもかなり高価なようですが、本当に頂いても良いのでしょうか?」
ラシュルさんが金額の話をするから、エリー嬢の顔が不安そうなものに変わってしまう。
「問題ありませんよ、エリーやノワールのために作ったので、貰ってもらえないと逆に困ります」
「そうですか……エリー、良かったわね。でもあまり高い物をおねだりしてはいけませんよ?」
『ごめんなさいです』
エリー嬢は申し訳なさそうに謝ってきた。
「僕が勝手に作らせただけなので、エリーが謝る事はありませんよ。大切にしてもらえれば、それで大丈夫です」
そう言うとエリー嬢の顔には笑顔が戻り、ぬいぐるみを抱きしめて答える。
『大切にします!』
元々心配してなかったんだけどね。それにしても、贈る物の金額については全く考えていなかったので、今後は注意することにしよう。
「エリーとノワールには逆に迷惑をかけてしまいましたね」
僕がそう言うと二人は首を振ってくれたのだが、ちょっと雰囲気が重くなってしまったようなので、話題を変えることにした。
「そういえばお茶菓子を持ってきたので、良かったらみんなで食べてみませんか?」
そう言って空間収納庫から、お菓子の入った箱を取り出す。
箱は二段になっていて、それぞれに違うクッキーが入っている。
この世界にはクッキーやビスケットというお菓子はまだ存在していない、一番近いものでタルト生地なんだろうが、この世界のタルトの甘みはフルーツ頼みなので、タルト生地単体で食べてもそこまでは美味しくない。
蓋を開けて二段の中身を披露すると、みんなは色々な形のクッキーに驚くが、特に二段目のクッキーに驚いているようだ。
『エディベアがいます! それにこっちは真っ白な雲みたい!』
「エドワード様、これは初めて見るお菓子ですね!」
エリー嬢とノワール嬢が直ぐに反応した。
「一段目はタルト生地に似ていますが少し違うようですね、二段めの真っ白なお菓子は全く想像もつきませんわ」
「うむ、特に二段目の白いやつが気になるな」
ラシュルさんとリヒト男爵も気になるようだ。
今回作ったクッキーは二種類のクッキーで、卵黄を使ったクッキーが一段目で、二段目の真っ白なクッキーは卵白を使ったメレンゲクッキーとなっている。卵黄を使ったクッキーは動物や花など様々な形をしており、エリー嬢が言ったエディベアはクマの形をしたクッキーの事で、真っ白なメレンゲクッキーは雲の形で作った。
それにしても、エディベアではなくウルスなのだが、世間にはエディベアとして広がってしまったので、今からの修正は無理なんだろうか?
「二つはクッキーと言うお菓子で色や形が違いますが、材料が若干違うだけですね。二段目はおもしろい食感になっていますので、まずは一段目を食べてみて下さい」
四人は頷くと、普通のクッキーを手に取り口へと運んだ。
『――!』
「サクサクとして美味しいです!」
「本当ね! このほのかに香る甘い香りが、とてもいいわ」
ノワール嬢、ラシュルさんにも好評で、ラシュルさんはバニラの香りに気がついたようだ。
「どれ私も……」
リヒト男爵もクッキーを手に取り食べた瞬間。
『食べちゃダメです!』
エリー嬢が叫ぶがリヒト男爵は食べてしまった。慌ててるエリー嬢を見てリヒト男爵は。
「どうしたエリー? こっちを食べたかったのか?」
そう言ってエリー嬢に見せたウルスクッキーは既に頭が無かった。リヒト男爵は頭から食べる派らしい。
『お父様酷い! エディベアちゃんの頭が無くなったのです!』
エリー嬢がまだクッキーを食べずに眺めていたのは、ウルスクッキーを食べるのを躊躇っていたからのようだ。意図していなかったとはいえ、リヒト男爵はまたエリー嬢から嫌われたようだ。
「エリー、どうしました?」
『エディベアちゃんを食べるのが可哀想なのです……』
やはりそれが理由なのか。ノワール嬢に通訳されたリヒト男爵が撃沈している。ウルスを選んだのはリヒト男爵なので、僕は悪くないからね?
「なるほど、それではこっちにある、花の形のを食べてみてはどうですか?」
『そうします!』
エリー嬢はウルスクッキーを丁寧にハンカチに包んでポケットにしまうと、動物の形ではないクッキーを手に取り、小さい口でリスのように食べだした。
『サクサク甘くて美味しいのです!』
あっという間にクッキーは無くなり。次はメレンゲクッキーの方を食べ始める。
「エドワード様凄いです! サクサクなのにシュワーっと溶けて無くなりました!」
『エディベアちゃんじゃないので、エリーはこっちの方が好きです!』
ノワール嬢はデザートだけじゃなくて、お菓子でも性格が変わるようだ。今後エリー嬢にクッキーを作る時、動物シリーズは止めておいた方が良いのかもしれないな。
「これはノワールの言う通り、サクサクして口の中で溶ける感じが不思議ですわ」
ラシュルさんも感想を言うが、リヒト男爵は思いのほか傷が深く、まだ立ち直っていないようだ。
「これもエドワード様が、考案なされたのでしょうか?」
ノワール嬢がパクパク食べながら聞いてくる。
「考案したというか、僕が案を出してうちの料理人たちと作りましたよ」
『全く……エディ様は……お菓子の……神様ですね』
エリー嬢は食べるのか、話すのかどっちかにしなさい。ほっぺたがリスみたいに膨らんでるからね?
「それでエドワード様、このクッキーなるお菓子は、モイライ商会で販売する予定はございますか?」
ラシュルさんは気に入ったのか尋ねてくる。
「販売ですか? 今日のお土産にしようと作ってきたので、特に考えてなかったですね」
「そうですか、とても美味しいので、ぜひ商品として取り扱って欲しいですわ」
「モイライ商会で独占するほどの物でもないので、良かったら作り方を教えましょうか?」
「本当でしょうか!?」
ラシュルさんの食いつきが凄いな。
「ええ、いいですよ」
レシピを書いてあげたので、リヒト男爵家でも美味しいクッキーが食べられるようになるだろう。
リヒト男爵家の反応を見て、クッキーの作り方も広めれば、色々と趣向を凝らしたクッキーが食べられるようになるかもしれないなと思ったのだった。




