第236話 スライムなベッド再び
親衛隊のみんなは、クランやパーティーなどの解散手続きや、引っ越し作業などやることが山積みらしく、しばらくは忙しいみたいだ。
解散する必要はないようにも思ったのだが、指名依頼が入ると面倒だということで、冒険者自体も辞めると言っていた。
そして今、僕と母様は父様に叱られている。母様の提案で父様のベッドをスライムベッドに変えたところ、さすがの父様もスライムベッドの寝心地には勝てずに寝坊してしまったのだ。
父様でも、スライムベッドの寝心地には勝てないとは、僕はなんと恐ろしい物を作ってしまったのだろうか。
「全く、ベッドを新調したとは聞いてたけど、まさかスライムでできているとは思わなかったよ」
「元々は、野営用に作ったのです」
父様にヴァッセル公爵領へ行った時の話をした。
「なるほど、野営の際に使う温かいベッドだったとは。そもそも、野営でベッドを使って寝るという発想が、僕には出てこないね」
「ありがとうございます」
「でもハリー。寝坊したのは、疲れていた証拠よ? スライムベッドで寝ると、凄く疲れが取れないかしら?」
「体の調子が良いのは、スライムベッドのおかげということなのかな?」
「そうよ。スライムベッドで寝ると、体の調子が凄く良くなるの。最近忙しそうだったから、ゆっくり休んでもらおうと思ったのよ」
「そうだったんだね、それでは、ありがとうと言わなければならないのかな?」
「ハリーの疲れが取れたのなら、いいのよ。ところで、屋敷のベッドを全てアレに変えようと思っているのだけど、どうかしら?」
「全てをアレにかい!? うーん、もう少しグレードを落とせないかい? 疲れる度に寝坊していては、みんな仕事にならないからね。もう少しグレードが低くても、疲れは十分に取れると思うんだよね」
確かに、今のスライムベッドは、一切の妥協無しで作ったので最上級だ。多少硬さ等を調整すれば、グレードを落とすことも可能だと思う。
「私は今のままで良いわよ?」
母様は既にスライムベッドに慣れてしまっているので、問題ないと言うよりは、起こしてもらえばいいだけなので、問題ないのだろう。ちなみにおばあ様も既に使用している。
僕も起こしてもらえば良いだけのような……いや前回は偶々問題無かったが、今後野営で失敗して全滅しましたでは話にならない。まだまだ改善の余地はあるはずだと思う。
「分かりました。もう少し改良してみます」
「頼んだよ。ところで、スライムは魔法に弱かったはずだけど、よくベッドにしようと思ったね?」
「カタストロフィプシケの布で覆ってあるので大丈夫です」
「なるほど、魔力に強いカタストロフィプシケの布か……完成しても、販売するのは難しそうだね」
「そうですね。販売は出来ませんが、みんなの健康が優先なので問題ないですよ」
「それにしても、エドワードは次から次と色々考えるね。特に毒耐性の件は十分気をつけるんだよ?」
「分かりました」
「それにしても、今回の親衛隊の子らはとても助かったよ。あれだけエドワードの事を大切にしてくれている人がいて、感謝しないとね」
「もちろん感謝してますが、どうやって恩返ししたら良いのでしょうか?」
「それは確かに難しい問題だね」
「あら、2人共少し難しく考えすぎじゃない? あの子たちは、見返りが欲しくてやっているんじゃないんだから」
「母様、それが分かっているので、どうしてよいか分からないのです」
「あの子たちはエドワードと一緒にいたくて頑張ってきたのだから、一緒にいればそれでいいのよ。少なくともエドワードと一緒にいれば、退屈する暇はないと思うわよ?」
「フィアの言う通りそれは間違いないね。彼女たちについては、騎士団の方でもう少し鍛えながら、ローテーションでエドワードの側について護衛から始めてもらおうと思っているよ」
「父様は親衛隊の人たちのことを、疑ったり調べたりはしないのですね?」
「本来は彼女たちの素性を調べるところだけど、フィアが問題ないって言ってるから、そっちを信じてるよ」
「ハリー、私を信じてくれてありがとう」
「フィアのことを信じるのは、当たり前じゃないか」
息子を忘れてラブラブするのは、止めて欲しいと思う。
「それでは、ベッドの改良を考えますので、僕は行きますね。改良品が完成するまで、父様のベッドは元に戻しておきますので」
「……せっかくエドワードが僕の体を気遣って作ってくれたんだから、そのままで大丈夫だよ」
「それでは寝坊してしまうのでは?」
「慣れるまでのしばらくの間は、起こしてもらうように頼んでおくよ」
「そうですか、使ってくれるのなら良かったです」
そう言って部屋を出たのだが、慣れでどうにかなるのなら、ベッドそのままでも良くない? と少しだけ思ったのだ。
実験施設に来ると、今使用しているスライムベッドを配置する。
「エドワード様、スライムベッドを置いてどうするのでしょうか?」
父様とのやり取りを知らない、ジョセフィーナが質問してくるので、スライムベッドの改良を説明した。
「なるほど、確かにスライムベッドは寝坊が怖くて、使用するのを躊躇ってしまいますね」
「やっぱりそうなんだ。母様は慣れるって言ってるんだけど、実際どうなんだろう?」
「ジョセフィーナさんでも使うのが怖いなんて、私なら絶対に寝坊する自信があります!」
全く、アスィミは、何の自信なんだか。
「朝は私たちが起こしますので、エドワード様もしばらくの間、試してみてはいかがでしょうか? エドワード様は少し無理をしてしまう傾向がありますので、我々が起こすぐらいが、ちょうどいいと思われます」
「ジョセフィーナがそこまで言うのなら、しばらくの間はお願いするね」
「畏まりました。我々にお任せください!」
そんな拳を握りしめて言わなくても。
「それじゃあ、改良型を作ってみようかな」
もう1つスライムベッドを出して考える。そういえば、ダウングレードするから改良型というよりは、改悪型? 寝坊しないで起きられるという意味では、改良型だからそのままでいいか。
「どうすればいいのか、全然思いつかないな」
「現状のベッドとの違いで考えてみるのは、いかがでしょうか?」
「そうだね、そうしてみようか」
普通のベッドを出して寝転がってみる。
「全然硬いな」
「エドワード様。これでも、ヴァルハーレン家で使用しているベッドは、王城でも使用しているような、最高級品でございますよ?」
「それは他領に行って感じたよ。もう少しスライムベッドを硬くしてみよう」
スライムベッドの硬さは後からでも変更可能なので、少し硬くしてから寝転がる。
「うーん、普通とスライムベッドの中間ぐらいかな、ジョセフィーナの感想も聞かせてもらえるかな?」
「それでは失礼いたします」
そういってジョセフィーナが僕の隣に寝転がる。ジョセフィーナの顔が凄く近いな。
「なるほど、これならスライムベッドまではいかないですが、程よく体を包み込みますね」
「でも、一度スライムベッドを知ってしまうと、少し物足りなくならない?」
「確かにそれは感じますが、本当のスライムベッドを知らない人にとっては、これでも十分凄いと思われます」
「それじゃあ、このくらいで誰かに使ってもらおうかな?」
そう言ったところで、寝息が聞こえてきたので、そっちを見るとアスィミがスライムベッドで寝ていたのだ。
「こら、アスィミ寝るな!」
ジョセフィーナがアスィミを叩き起こす。
「ハッ!? いつの間に! エドワード様、このベッドはとても危険です!」
「父様でもダメだったんだから、誰も勝てないに決まってるじゃん」
「エドワード様の言う通りだ。アスィミでは、この改良型でも耐えられないだろう」
「えーっ、私だってスライムベッド使いたいです!」
「今の普通のベッドでも寝坊するやつが、何を言ってるのだ」
「ゔっ! 痛いところを突いてきますね……そうだっ! 良い事を考えつきました。このスライムベッドを、ルーカスさんとハンナさんに使ってもらいましょう!」
家令のルーカスさんと、メイド長のハンナさんにか……アスィミ、オヌシは悪よのう。
◆
2人にスライムベッドを試してもらったのだが、2人は次の日普通に起きてきたのだった! ルーカスさんとハンナさんは、鋼の精神の持ち主のようだ。
疲れが嘘のようになくなったと言って、いつもの倍動いていたとか。いつもの倍怒られたアスィミが、スライムベッドの回収をお願いしてきたが、どう考えても普通に朝起きることができる人たちから取り上げる事はもはや不可能!
策士策に溺れるとはこのことか、いやアスィミを策士と呼ぶには少々無理があるな、猿知恵が失敗したぐらいだろう。アスィミは狼人族だけどね。




