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第213話 セリーヌコレクション

 家令のスチュアートさんが、早馬で来た人を連れてきた。どうやら歳が15、6歳ぐらいの若い女の騎士のようだ。


「ケイト! ローダウェイクにいるはずのあなたが、どうしてここに!?」


 女の騎士さんはケイトさんといって、ローダウェイクにいたらしい……何のために?

 

 ケイトさんはかなり急いで来たのか息を切らせ、とても直ぐ話せる状態ではないようだ。


「誰か、ケイトに水を!」


「畏まりました」


 メイドさんがケイトさんに水を持って来ると、それを一気に飲み干した。


「ロゼ様、緊急事態につき私が直接参上いたしました。勝手に帰還したことはどのような罰でも受けますので、話を聞いてください」


「そこまでの緊急事態とは、どのようなことですか?」


 うーむ、僕たちここにいて大丈夫なんだろうか……。


「百聞は一見に如かず。まずはこれをご覧ください!」


 ケイトさんがロゼ嬢に箱を渡す。


「この中を確認すればいいのですね?」


 ロゼ嬢が質問するとケイトさんは頷く。ロゼ嬢はそっと箱の蓋を開くと、小刻みに震えだした。


「ケイト……これはいったい……」


 そんなに驚く物が入ってるのか? 見てみたいが、勝手に覗くわけにもいかないしな。


「セリーヌ氏が限定3体で発表された新作ぬいぐるみ。ナンバリングされておりナンバーは3になりますが、なんとか手に入れることができました『エディ君』です!」


 ――!


 みんな驚いているが、ツッコミどころ満載でアタマイタイ……。


 ロゼ嬢はケイトさんを抱きしめると。


「ケイト、よくやりました。あなたの忠義に感謝いたします!」


「ロゼお嬢様!」


 2人は抱き合って涙を流している……いったい何を見せられているのだろうか?

 

 そこへ、カトリーヌさんが箱を覗きに行った。


「へぇ、姉さんったらこんなぬいぐるみを作ったのね」


 カトリーヌさんが箱からぬいぐるみを取り出すと、そこには僕ソックリのぬいぐるみが……。


 カトリーヌさんの言葉にみんなが集まり、エディ君ぬいぐるみについて話し出す。


「ロゼ様! どうしてここにエドワード様の本物が!?」


「ケイト、エドワード様はモイライ商会の会頭として、メイド服を納品に来ていらっしゃるのよ」


 僕に本物とか偽物とかはない。


「そうでございましたか、エドワード様に失礼を承知でひとつ伺いたいのですが、セリーヌコレクションの発売日時の情報を、テネーブル伯爵家とリヒト男爵家に伝えているのでしょうか?」


「ケイト! それはエドワード様に失礼ですわ!」


「申し訳ございません! しかし、毎回あのお二人に先を越されると、そう疑いたくもなってしまうのです!」


 初めて聞くことだらけなんだが、セリーヌさんはいったい何をやっているんだ!?


「ケイトに聞きたいのですが、そもそもセリーヌコレクションとはなんですか?」


「えっ!? セリーヌ氏が不定期に発表及び販売される、ぬいぐるみのことなんですが、ご存知ないのでしょうか?」


「初めて聞いたのですが、カトリーヌさんは知ってますか?」


「姉さんがぬいぐるみを作ってたのは知ってたけど、それを販売していたのは初めて聞いたわね」


「セリーヌコレクションの存在すらご存じなかったとは……」


 ケイトさんはガックリと膝をついた。そこまでショックなことなんだろうか?


「それでケイト、テネーブル伯爵家とリヒト男爵家ということは、ノワールとエリーにいつも先を越されているのかしら?」


「ロゼ様、そうなんです! 私はいつ発売されるか分からないセリーヌコレクションを店の近くで張り込んでいるのですが、フラッと現れたお二人にいつも先を越されてしまうのです!」


「確かにあの二人なら、そういった能力を持っていても不思議ではないですね……」


 どんな能力だよ!? 思わずツッコミそうになってしまった。


「今回は限定3体でして、偶々町でお二人を見かけましたので、付いて行ったところ、運よく購入することができたのです!」


「ケイトに聞きたいのですが、それはセリーヌが直接販売しているのですか?」


「その通りでございます。フラッと現れると突然販売を始めるので、関係者たちでの激しい争奪戦が繰り広げられます」


「激しい争奪戦というのは?」


「セリーヌ氏がぬいぐるみを並べて『これ欲しい人?』って聞いた瞬間に手を挙げた人のみが購入可能で、数が多い場合は抽選になります。購入者のみが奥の部屋でセリーヌ氏からの説明を聞くことができるのです」


「説明とは?」


「販売するぬいぐるみのこだわりポイントや、お手入れ方法などですね。今回のぬいぐるみ『エディ君』でしたら瞳にはエドワード様の瞳に近い色のブルートパーズを厳選してあしらっているとか、服の部分は着せ替えになっていて、別衣装に変えることが可能になっているとかですね。今着ているのが貴族スタイルだそうで、別衣装で青の商人スタイルが今回は付属しているそうです」


「確かに箱の下に入ってるわね……」


 カトリーヌさんが箱の中をみて答える。


「エドワード様の服を脱がせて、着替えさせるのですね……実に奥が深いぬいぐるみです……」


 ロゼ嬢が言うが、全然奥は深くないと思う。


「ちょっと脱がせてみたらどうかしら?」


 メグ姉が言うと女性陣が息を吞む。


「そ、それでは持ち主である(わたくし)が、着せ替えを試しに挑戦してみますね」


 ロゼ嬢がぬいぐるみの服を脱がせていくのだが、なんだか変な気分になるな。


 結論からすると、最後の砦一枚は脱げないようになっていたと言っておこう。


 脱げないと分かった女性陣の落胆ぶりは、できれば見たくなかった。母様は『脱げないなんて不良品じゃないの?』と言い出す始末。服を着替えさせるだけなんだから、パンツは脱げなくて正解だと思う。女騎士のケイトさんは何かいいたそうだったが。


「これは帰ったら、セリーヌに釘を刺しておかないとダメですね……」


 僕が呟くと。


『えっ!?』


 なぜか疑問の声が上がった。


「何かおかしな事を言いましたか?」


「なにも販売中止にしなくても、いいんじゃないかしら?」


 母様は賛成派なのか?


「着せ替えの話は、ウルスのぬいぐるみでやる予定だったと思うのですが、僕の姿にする必要性はないと思うのです」


「確かにこれ以上、この『エディ君』を持つ人が増えてしまうのは困りますわ」


 ロゼ嬢、さらりと自分は別よみたいな言い方は僕が困ります。


「例えば母様、これが父様の姿に似せた『ハリー君』ぬいぐるみだったとします! 世の女性たちがこれを買い漁っていたとしたらどうでしょうか?」


「あら、ハリーなら人気が出て当然よ! セリーヌにお願いして作ってもらいましょうか……『エディ君』と一緒に並べたら可愛いわね……」

 

 母様は全然オッケーみたいだな……この場に父様がいないという事実が悔やまれるな。この場で何を言おうが、味方がいないことに今気がついたよ。


「それにしても、この着せ替えの服は随分と精巧に作られていますのね……」


 僕の服はカトリーヌさんが作ってるからね、作り方を知っているセリーヌさんも作れるという訳だ。


「早く帰ってセリーヌの魔の手を止めないと、大変なことになりそうな気がしてきたよ」


「しかし、エドワード様はヴァルハーレン領では商売の神様として人気ですので、ぬいぐるみを作った方が拝みやすいのではないでしょうか?」


「ジョセフィーナ、それって別にぬいぐるみである必要性はないよね?」


「確かに木彫りや石像でもよいのですが、量産が難しいと思いますので、良いのではないかと思いました」


「エドワード様は新しい海神(ワタツミ)様としてヴァッセル領でも拝まれそうです。この地では潮風に強い石像が人気になりそうですわ!」


 ロゼ嬢、そんなこと言っても作らないからね。

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