第212話 ワタツミの名前
部屋へ戻ると、話は終わったようで、みんなはお茶を飲んでいた。僕もメイドに頼んでお茶を貰う。
「おばあ様、話は纏まったようですね?」
「エドワードはロゼと、どこへ行ってたんだい?」
「厨房へ行ってました。アレの肉を今夜の夕食で使って欲しかったので」
「さすがエドワード、分かってるじゃないか。あたしも早くアレを食べたかったから楽しみだよ」
「喜んでもらえてよかったです」
「それで、展示の方だけど2日間行う事になったよ。レーゲンはもう少し長くしたいらしいが、カトリーヌの方ももう終わったし長居する理由もないからね」
「そうなんですね、分かりましたがあの大きさの物をどこへ置くのでしょうか?」
「港へ置くことになったよ、というかそこしかないんだけどね。港なら警備もしやすいのでちょうどいいという事になってね」
「警備ですか?」
「いたずらしたり切り取って行こうとする人間もいるかもしれないからね」
「そういえば、そんな心配もありますね。さすがおばあ様です」
「さすがに夜間まで警備するのは大変だから、エドワードには悪いが朝設置して夕方回収するのをお願いするよ」
「分かりました、確かに夜間も警備していると大変ですからね」
そして夕食にはクジラ肉の料理が登場し、みんなビックリするような美味しさを楽しんでいた。ちゃっかりアンさんも食べていたのだが、泊まってはいかないらしく帰る間際に船員たちで分けられるように竜田揚げをあげると凄く喜び、馬車で帰らずスキップして帰って行ったのにはちょっとドン引きしてしまった。
レーゲンさんもすっかりクジラのお肉を気に入ったらしく、肉を売って欲しいと交渉してきたので、おばあ様を通して売ることになったのだが、おばあ様の価格交渉は強気すぎて勉強にならなかったとだけ言っておこう。
◆
翌朝、港まで馬車で行くのだが、なぜだか凄い人だかりができている。
どうやら、この人だかりは海神を一目見ようと集まった人たちなんだそうだ。
昨晩決定したばかりなのに、なぜこんなにも広がっているかというと、レーゲンさんは港について直ぐにお披露目する指示をだしていたらしい。交渉前に手配していたとは交渉に自信があったのか、どんな条件でも呑むつもりだったかのどちらかだろう。
「そういえばエドワード様、正体が分かった魔物に対していつまでも海神と呼ぶのもおかしいので、名前があれば助かるのですが、何か良い名前はないでしょうか?」
「名前ですか?」
そういえばウルスが解体してたから魔石ってあるんじゃないのかな?
『ねえウルス、あのクジラに正式名称ってあるのかな?』
『今、魔石の方を見てみますね……シュトゥルムヴェヒターって言うみたいですね』
『そうなんだ、ありがとう』
シュトゥルムヴェヒターって凄い名前だな、嵐の守護者とか番人ってことなのかな? 何かを守ってたのだろうか……。まあ考えても分からないからしょうがないな。
「シュトゥルムヴェヒターって言う名前みたいですね」
「それはエドワード様が考えたのではないということなんでしょうか?」
「ええ、ゴーレムのウルスからの情報なので、正式な名称なんだと思いますよ」
「なるほど、これからはシュトゥルムヴェヒターと呼ぶようにしましょう」
そして馬車は港に到着する。シュトゥルムヴェヒターを置くスペースが確保されていて、その周りには警備兵が待機していた。
「それではエドワード様、ここに置いていただけますでしょうか?」
「分かりました。皆さん離れていてくださいね」
空間収納庫からシュトゥルムヴェヒターを出して配置すると。
――おおー!
周りに集まった人はもちろん遠くにいる人たちからも驚きと歓声が聞こえる。
それにしても、ウルスのやつ何やってくれてるんだ!? このシュトゥルムヴェヒター、完全にポーズをとってるじゃないか!
『ねえウルス、なんでシュトゥルムヴェヒターの尾びれとかポーズをとってるの?』
『さすがエドワード、いいところに気がついたね! 中にワイヤーを入れてカッコいいポーズにしてみたよ! エドワードがタングステンを刺した穴は焼けてどうにもならなかったけど、穴は上にあるから側面から見る人には分からないと思うんだ』
『確かに分からないけど、ここまでする必要があったのかなと』
『ちょっと空間収納庫で暇つぶしに遊んでただけだから、気にしなくていいよ』
『そうなんだね……』
暇つぶしにしては凝り過ぎだな……。
「エドワード様、船員を助けるために切った穴が見当たらないのですが?」
「お腹の方なので、下になっているのとウルスが縫って塞いだらしいです」
「なんと、あのゴーレムはそのような事まで出来るのですか!?」
「そうみたいですね。僕も初めての事なので驚いています」
シュトゥルムヴェヒターの設置を終えて会場が混んできたので、少し会場から離れたところで改めてよく見てみることにした。海で遭遇したときはほとんど海中にいたので全体の姿を見るのは今回が初めてだ。
形的や色合いも考慮すると、ナガスクジラが一番近いのかな。
「エディ君、よくこんなの倒せたわね?」
カトリーヌさんがシュトゥルムヴェヒターを見て感想を言う。
「こちらから一方的に攻撃しただけなので、そこまで大変ではなかったですよ」
「あれを大変ではないと言えるのは、エドワードだけじゃないかい?」
おばあ様それは酷いです! きっと戦ったらおばあ様も勝つと思いますよ。
「海にはこんな魔物がいっぱいいるのかしら?」
「母様、海には大型の魔物がたくさんいるので、なかなか開拓が進まないそうですよ」
「確かに船に乗っているところを狙われたら、抵抗する前に終わってしまうわね」
「そうなんですよね、今回はおばあ様が気がついたから警戒できましたけど、そうじゃなかったら食べられてましたね」
「プレジール湖にはいないのよね?」
「さすがにプレジール湖にはいないと思いますよ。おばあ様、今までにそういった噂はないですよね?」
「そうだね、あたしの知る限りではそういった話はないから大丈夫だと思うわよ」
「だったらよいのですけどさすがにアレは怖いわ」
「それにしても、大きいと聞いていましたが、あの大きさは予測できる大きさを遥かに超えています。アレとエドワード様が戦ったというだけでも背筋が凍りますわね」
「ロゼはよく海に出たりするのですか?」
「はい、ヴァッセル領内にはマーレアにも港があります。どうしても陸路よりも海路の方が素早く移動できますので、船で移動することが多いですが、さすがに嵐の日には出発しないですね」
「やっぱりそうなんですね」
「エドワード様、人が多く混み出してきましたので、一度戻りましょうか?」
「そうですね」
ロゼ嬢の提案で一度城へ戻ることになった。
レーゲンさんはシュトゥルムヴェヒターを近くで見るのに、料金を取っているようだな。近くで見ている人はあまりにもの大きさから、拝んでいる人がたくさんいるようだ。
城に帰って来て、みんなでお茶を飲みながら会話を楽しんでいる。
「遠くからでも十分見えると思ったのですが、有料でも近くで見る人が結構いるのですね」
「2日間だけですからね、少々高くても見ようという人が多いみたいです。海神はこの地に住む者にとっては信仰の対象でもありますから」
「主人は沈没した船2隻分を、今回の展示料で回収すると意気込んでましたの」
そこまで回収できるもんなんだろうか? 記念写真とか撮影できれば、凄く儲かりそうだけど。
話をしていると、家令のスチュアートさんがやって来た。
「奥様、早馬が来ました。ロゼ様に火急の知らせがあるとのことなんですが、いかがいたしましょうか?」
「ロゼに? ここへ呼んでちょうだい」
「よろしいでしょうか?」
「ええ、構わないわ」
「では、連れてまいります」
スチュアートさんは早馬で来た使者? を呼びにいったのだった。




