第210話 報告と交渉
ファンティーヌの港に到着した僕たちは公爵邸に戻るのだが、すでに公爵家の馬車が港まで来ていたので驚いた。
港を監視している兵士が、アンさんの船が入港してくるのを見つけ、報せてくれたようだ。
ファンティーヌ城へ戻ると、みんなが出迎えてくれる。
「エドワード、お帰りなさい。葬儀に参列できましたか?」
「母様、ただ今帰りました。無事葬儀に参列することができました」
「それは良かったわね。お義母様に感謝なさい」
「もちろんです。おばあ様には色々と教えていただいたので、とても感謝しています」
「あら、姉さんが城に来るなんて珍しいわね?」
「レーゲンが無理させるから海神に船を2隻も沈められたし、色々と話もしないといけなくなってね」
ジュリアさんとアンさんがクジラのことを話しているが、嫌な予感しかしないな。
「海神ですって! よく無事でしたわね!?」
ジュリアさんが大きな声を出すから、みんなが注目した。
「それはもちろん新しい海神様が倒してくれたからね!」
「新しい海神様? 姉さん、中で詳しく聞かせてもらえるかしら?」
みんな室内に移動するが、おばあ様は今にも吹き出しそうだ。
「それで姉さん、海神が現れたって言うのは本当のことなの?」
「もちろん本当だよ! あたいたちは嵐になるのを覚悟して向かったのを覚えてるかい?」
「ええ、渋る姉さんをレーゲンが説得して行ったのは覚えているわ」
「あたいたちは3隻の船で出航したわけなんだけど、やはり予想通り途中で嵐が来たんだよ。そして、クロエ様が何かを感じ取った時には、激しい波でコントロール出来なくなった1隻が沖に流されちまってさ、レーゲンにも手伝わせてなんとか戻そうと頑張っていたところにヤツが現れたのさ」
みんなは固唾を呑んで話の続きを待つ。
「流された3号船の周りが、アリ地獄のようになったと思った瞬間には、噂通りの山が現れた瞬間に3号船は消えちまってね、今度はその突如現れた山の反動で高波が起きて2号船が波にのまれて沈没、あたいたちの乗った1号船はあたいとレーゲンの魔術で転覆するのは持ちこたえたんだ」
「それで伯母様は無事だったのですね!」
ロゼ嬢がアンさんに尋ねると、アンさんは首を振った。
「海神はまだあたいたちを狙っているようでさ、それを察知したエドワード様が海神を倒してくると言って、突然空中を走り出して海神が現れた付近まで行ったんだよ。あたいたちはビックリしちまってさ」
「うむ、確かにアレには私もビックリしたぞ」
レーゲンさんまで乗っかって来た。
「エドワード様が左手を掲げると2本の光の柱が輝いて、真っ暗だった海は真っ昼間のように明るくなってさ。あまりの眩しさにビックリしたよ」
「手を掲げるエドワード様が、神のように見えたぞ」
レーゲンさんは大袈裟だな……。
「そしてエドワード様がその手を下ろした次の瞬間、光の柱は海中に向かって飛んで行って海の中にいた海神に突き刺さったのさ」
「アレは凄まじかったぞ! 海中から蒸気がでたと思ったら光の柱が突き刺さった海神が海中で燃えていたんだよ!」
「お父様、海中で燃えていたのですか?」
「そうなんだロゼ! 海の中で炎が出ているという異様な光景は今でも目に焼き付いている」
「それで姉さん、どうなったのかしら?」
「その光や炎で海神の正体が分かったんだけど、凄く大きい魚の魔物でさ、エドワード様が言うには200メートルぐらいはあるって話だ」
『200メートル!』
「水中で燃えている魚は痛いのか暴れはじめたんだけど、しばらくすると動かなくなって浮かび上がってきたんだよ! 本当に上から見てたエドワード様じゃないとその大きさが分からないぐらい大きな魚の魔物でさ!」
「うむ、大きな魚にもビックリしたがそれをあっさり倒し、糸で船まで引っ張ってくるエドワード様の方がビックリしたぞ」
「そうなんだよ!その後戻って来たエドワード様にあたいたちが呆然としてると『おばあ様、ただ今戻りました。攻撃さえできればそこまで強くはないようですね』ってクロエ様と何もなかったかのように話をされていて、みんなドン引きだったよ!」
全くこの幼馴染コンビは……。
「それでは、伯母様たちはエドワード様が海神を討ち取られたから、助かったという事なんですね?」
「ロゼ、その通りよ! エドワード様が海神を討ち取った途端嵐は静まり青空が出たんだけど、雲の隙間から太陽の光がエドワード様に降り注いだ瞬間、神様が降臨されたのかと思ったぐらい凄い光景だったよ!」
何それ!? 初めて聞いたんですけど!
「私も見てみたかったです!」
「確かに凄い光景だったけど、ちょっと前までは死を覚悟してたんだから、あんなのには遭遇しない方がいいよ」
「それでは、姉さんの所は船だけではなく、数多くの船員まで失ったのですね?」
「そう思うだろ? ところがエドワード様がでかい魚の腹を掻っ捌いて、飲み込まれた船員たちを救い出してくれてさ、飲み込まれた船員たちはほぼ無事で沈没した方の船に乗ってたやつらも、嵐が静まったおかげでほとんど救出できてさ。エドワード様ってマジ神様! うちの船員たちはエドワード様のことを海神様って呼んでるんだよ」
「確かにあの光景を見てしまっては、そう呼ばなければならないくらいの光景であったな」
「その呼び方は止めるように、言ってもらえませんかね?」
「それはムリね」
「それはムリだろうな」
この息ピッタリの幼馴染コンビは……。
「お義母様なら倒せたんじゃないのですか?」
母様がおばあ様に尋ねる。
「あたしがやるんだったらアレに飲まれてからが勝負だね。あたしはエドワードのように遠距離の攻撃はできないからね」
「そうですか、それでは仕方ないですね……」
「それでレーゲン、倒した海神はどうするんだい?」
「そうだった。大きさが大きさだけに置ける場所が限られているのだった……その前にエドワード様、アレを数日間展示させていただきたいのだがどうだろうか?」
「あなた、エドワード様が討伐された海神を持って帰ってきているのですか?」
「ジュリアそうなんだ、どうやらエドワード様が持っている収納リングにはアレが入る……そんな収納リング存在するのか?」
「僕のは特別製なので、展示については、おばあ様に一任してありますので、おばあ様と交渉してください」
「エドワードは優しいから、そういった交渉には向かないからね。いい条件なら聞いてあげるよ」
「お手柔らかにお願いします……」
僕と交渉する気だったレーゲンさんは肩を落とし、おばあ様とレーゲンさんは交渉に入る。
「それでエドワード様、海神と戦われてお怪我はございませんでしょうか?」
「ロゼ心配してくれてありがとう。でも、遠くから糸を飛ばしていただけなので、全然大丈夫ですよ」
「糸ですか? 異形を倒した際、最後に放たれたのも糸なんでしょうか?」
「そうです、あの時と似たようなものですね。再生しない分、異形より弱かったですよ」
「そうなんですね、それでも船乗りたちの伝承の謎を解き明かしたのですから凄いことだと思います」
ロゼ嬢からべた褒めされるのだった。




