第208話 別れ
イグニスさんの後をついて行くと、部屋の前に男の子が2人とプラーミア嬢がいる。プラーミア嬢はドアの方を見つめたまま廊下に座り込んでいた。
近づくと男の子2人がこちらへ来たので、イグニスさんが紹介してくれる。
「嫡男のヴァルムに次男のアーグです。2人共、この方はヴァルハーレン大公家嫡男でありフィレール侯爵の、エドワード・フィレール・ヴァルハーレン様だ」
「お初にお目にかかります。嫡男のヴァルム、14歳になります」
「次男のアーグです、10歳になりました」
「エドワード・フィレール・ヴァルハーレンです。僕のことはエドワードでいいよ、2人共よろしくね。それでフラム嬢の様子はどうでしょうか?」
2人が首を振ったのでドアの前まで行くと、プラーミア嬢が顔を上げる。
以前の元気な姿はそこにはなく、弱々しく泣き腫らした目をしていた。
「プラーミア嬢……」
「おじい様が……それにフラムも部屋から出てこないの……私どうしたら……」
瞳には涙が溜まり零れ落ちる。
「僕が話してみますね」
コンコンッ、扉をノックすると話しかける。
「フラム嬢、エドワードです。レイナードさんの葬儀へ参加するためにやってきました」
ガタッ、部屋の中で音が聞こえたので、話は聞こえているのかな?
「大好きなおじい様が亡くなられて悲しいのは分かりますが、最後の見送りをしてあげないと、このままではフラム嬢のことが心配で、レイナードさんが昇天できないでゴーストになってしまいますよ」
この世界では昇天、つまり成仏できないとゴーストになると言われている。人に害を及ぼす死霊をスペクターと呼ぶが、レイナードさんの場合はゴーストだろう。
「……それはダメです」
小さな声で返答が来た。
「城へ来る途中、レイナードさんの昇天を願う人たちが、たくさんお祈りしてました。色々な人に愛されていたレイナードさんが無事昇天出来るように、一緒に見送りませんか?」
僕が出来ることはこれくらいなのだが……。
しばらく待っていると、ガチャとドアが開いてフラム嬢が出てきた。涙を流し過ぎたのか、真赤に染まった目と腫れ上がったまぶた。そして、その腕はウルスのぬいぐるみをしっかりと抱きしめていた。ウルスのぬいぐるみって、みんな持っているのだろうか?
「おじい様を……見送ります……ゴーストになるのは嫌です……」
『フラム!』
出てきたフラム嬢を家族が抱きしめる。これでひとまず安心かな。
「エドワード様、感謝する」
「いえ、僕もレイナードさんを見送ってあげたかったので、よかったです」
後のことは家族に任せて、おばあ様の元へ戻った。
「エドワード、上手くいったのかい?」
「はい、なんとか説得することができました」
「それは良かったね」
おばあ様と会話していると、アルバート王太子殿下がやって来た。
「やあ、エドワード。海にまつわる伝説を解明したんだってね! ファンティーヌだけで公開だなんて酷くないかい?」
「はいっ!?」
どういう事だ!? なぜその話を! おばあ様を見てみると。おばあ様は、あいつだよって顔で見た視線の先には、ヴァッセル公爵ことレーゲンさんが海であった出来事を自慢げに話をしていた……『裁きの光』ってタングステンのことなんだろうか……。話を盛るのは止めてもらいたい。
「ファンティーヌの後に王都でも公開ってのはどうだい?」
「アルバート殿下、王都にあんな大きなもの置いたら町が壊れますよ」
「そんなに大きいのかい?」
「40メートル級の船を一飲みするような魔物ですからね。全長だけで200メートルぐらいはあると思いますよ」
「200メートル!? そこまでなのか! それは確かに王都では置くところがないな」
会話をしているとメイドが呼びに来る。
「皆さま、準備が整いましたので屋上の方へご案内いたします」
メイドの後をついて城の屋上へ行くと。
バーンシュタイン公爵一家が既に揃っている。フラム嬢もいたのでホッとしていると、イグニスさんが話し出す。
「本日は父、レイナードのために集まっていただき心から感謝いたします。父が私に公爵の座を譲ってからの短い期間でしたが、あんなに生きいきと輝いている父の姿を見るのは初めてであっただけに、本当に残念でならない。それと同時にブラウの件について、もっと何とか出来たんじゃないかと悔やんでもいた。ただ父の死に顔が満足げに笑っていたことから、本人にとっては納得の出来る死に方だったのだろうと思う。父が女神様の下へ昇天できるように集まってくれた皆さまには、ご協力していただけると幸いです」
メイドがレイナードさんの遺灰を参列者に配っていく。
「殿下お願いいたします」
「うむ、陛下や他の派閥と幾度となく衝突していたレイナードであったが、その行動は常に私利私欲ではなく、王国のために動いていたのは陛下も存じ上げている。そんなレイナードが女神様の下へ昇天できるよう、皆で見送ろう!」
アルバート殿下が遺灰を撒くと、みんな一斉に灰を撒き始めるので、僕もそれに倣ってレイナードさんの遺灰を撒く。
綺麗な夕日をレイナードさんは見ているのだろうか、そういえば、虹が出ればイーリス様が迎えにくると言われているんだったな……。
魔法を発動し、夕日が反射するように霧を広範囲でかけてみると、綺麗で大きな虹がアーチを作る。
『おお! 虹だ!』
「イーリス様がお迎えにきたぞ!」
「さすがはレイナード様だ!」
突然現れた虹にみんな驚いている。プラーミア嬢とフラム嬢は抱き合って泣いているようだ。
◆
葬儀は滞りなく終了したので、今日は城に泊まり明日の朝出発することになった。現在はバーンシュタイン公爵のイグニスさんが話をしたいことがあるということで、イグニスさんの執務室に来ている。
「フラムを説得してくれてありがとう。とても助かったよ」
「いえ、お役に立ててよかったです。ところで話があると伺ったのですが?」
「うむ、父からエドワード様へ、これを渡して欲しいと頼まれていたのだよ」
そう言ってイグニスさんは僕に一辺が5センチぐらいの黒い立方体を渡す。
「これってレイナードさんが持っていた、防音の魔道具じゃないですか!?」
「そうだ、父はエドワード様に受け取って欲しいと言っていた」
「こんな貴重な物をいいのでしょうか?」
「父の形見として受け取ってもらえたら、私も嬉しい」
「それなら大切に使わせていただきます」
「受け取ってもらえなかったら、父が夢に出てきそうだから助かったよ!」
「さすがにそれはないでしょう」
「エドワード様は知らないだろうが、魔術の研究と称して怪しげな術の研究もしていたのだ、夢枕に立つ術ぐらいあってもおかしくないのだよ」
「そうなんですね……」
レイナードさん、実の息子からの評価は低いようですよ。
◆
イグニスさんから魔道具をもらった後、おばあ様が泊まる部屋に来た。
「おばあ様、バーンシュタイン公爵領までついてきてくれて、ありがとうございました」
「エドワードのためだ、大したことじゃないよ。貴重な体験もできて楽しかったけど、まだ帰りの船があるんだから、気を抜くんじゃないよ?」
「分かりました」
「それにしても、レイナードのやつは随分と孫に好かれていたようだね?」
「そうですね、2人共レイナードさんのことが大好きみたいですが、何か気になりましたか?」
「いや、昔のイメージからは想像がつかなくてね。魔術一筋の魔術バカだったあいつが、孫の世話をしていたと思うと意外過ぎてね」
「魔術バカですか? 確かに魔術無効化エリアで魔術を発動させていましたので相当詳しそうでしたが」
「昔は魔術をぶっ放すことが、生きがいみたいなやつだったのに変わるもんだ」
「そうだったんですね、僕からするとそっちの方が意外ですね。そういえば、おばあ様に聞きたいことがあったんです」
「あたしにかい?」
「はい、でもちょっとその前に」
さっきもらった防音の結界を発動させる。
「それがレイナードの形見なのかい?」
「はい、持ち運びできる防音の魔道具です」
「それは、便利な物を貰ったね。大事にしなよ」
「形見として頂いたのでもちろん、大事に使います。それで【空】の能力で聞きたいことがあったのですが」
「どんなことだい?」
「軽くする能力は自分自身には使えないのでしょうか? 物を軽くしたり重くしたりはかなりコントロールできるようになってきたのですが、自分自身には全くできないなと思いまして」
「目の付け所がいいね。自分を軽くしたり重くしたりするのは、あたしでも出来ないね」
「やっぱりそうなんですね!」
「正確にいうと、物以外は出来ないということになる」
「なるほど、生物など命あるものには作用しないのですね!」
「そういう事になるね。但しエドワードはその若さで【空】の力に目覚めたんだ、まだまだ時間があるんだから、諦めるんじゃないよ?」
「おばあ様は、まだ可能性があると考えているのでしょうか?」
「エドワードならなんとか出来そうな気がするってだけだよ。まだ若いんだから、無理だと決めつけるには早いからね」
「分かりました、また色々考えてみます」
おばあ様と2人きりということは滅多に無いせいか、色々と会話をした結果、いつの間にかおばあ様の部屋で眠ってしまったのだった。




