第205話 ルブルム到着
船へ戻ると、みんな呆然と僕を見ていた。
「おばあ様、ただ今戻りました。攻撃さえできれば、そこまで強くはないようですね」
「そもそも、その攻撃手段が普通はないんだけどねぇ。光るあれは、ハリーが前に言っていたやつだね?」
「そうですね。あの時より色々工夫してみて、貫通させるつもりだったんですけど貫通しませんでした。まあ、それがかえって良かったのかもしれませんが」
「水中で燃えるって、いったいどんな理屈なのかサッパリ分からないね」
「あっ、そうだ! おそらく飲み込まれた人たちがまだ生きていると思うので、すぐに救出しないと!」
僕がそう言うと、止まってた人たちがハッとした。
「そうだ、お前たち! 海に投げ出されたやつと、2号船に乗ってたやつを探すんだよ!」
『ヘイッ!』
アンさんが指示を出すと、船員たちが一斉に動き始める。
さてクジラの方も急がないとダメだな。クジラの上を歩くが、大きすぎて胃の位置が全然分からない。クジラは現在裏返っており、真っ白いお腹が見えるだけだ。
『エディよ、何をしておるのだ?』
「多分生きている人が中にいると思うんだけど、クジラが大きすぎて分からないんだよね」
『そういう事なら我に任せるがよい』
ヴァイスがクジラの上を歩いて行くと、立ち止まる。長すぎてここがどこぐらいなのかも分からない。
『ちょうど、この真下ぐらいに人の匂いがするな』
「……ヴァイス、なんか涎凄くない?」
『このクジラが美味しそうなのだ! いいか、食材は大切に扱うのだぞ!』
「分かったよ」
真っ二つに切ると大変なことになりそうなので、少しずつ切っていく。
「エドワード様、食べられた奴らは助かるのかい?」
心配なのか、アンさんがやって来た。
「どういう状態かは分かりませんが、ヴァイスが生きているって言うので間違いないですよ。恐らく胃の中にいますので、助けた人たちを洗い流す準備をしておいてもらえますか?」
「分かったよ! お湯を沸かそう」
アンさんは急いで船へ戻っていった。
さて続けよう。掘り進めて行くと、肝臓と胃を見つけた。肝臓はヤバイ大きさだ。胃を糸で切るとついに中が見える。
――おおー!
大勢の声が聞こえたので振り返る。いつの間にかギャラリーが増えてるじゃん。
胃の中にぐったりとした人たちが見えたので、蔓を使って一気にみんなを引き上げて行く。
「大丈夫か! しっかりしろ!」
引き上げた人たちを船へ連れて行くのだが、時間がかかりそうなので蔓を使って一気に運び入れる。
「ヴァイスどう? まだ生きている人はいそうかな?」
『もう生きている人の臭いはしないな』
ヴァイスのお墨付きをもらったので、船へ戻り空間収納庫に入れてみると今度は格納できた。こんな大きい物まで入るんだな。テントじゃなくて、家を持ち歩けるのじゃないだろうか。
船の上では救出された人の洗浄作業が行われている。嵐が落ち着いたことにより、海に投げ出された人たちの救出作業も完了しているようだ。
「船は失ったがエドワード様のおかげで、かなりの数の船員は救助することが出来ました。感謝いたします」
「嵐の中を強行させましたからね。一人でも多く救助できて良かったですが、あの魔物は知ってましたか?」
「それは、例の噂の奴だと思うけど……正直、アレに遭遇して助かったのはあたいたちだけだからね」
「エドワード様、アレを買い取らせていただく事は可能でしょうか?」
レーゲンさんは、買い取りたいようだな。
「申し訳ありませんが、部分的で良ければ可能ですけど、基本的にはダメですね」
「理由をお尋ねしても?」
「最後食べられた人たちを救出する手助けをした、ヴァイスが食べたいと言ってるからですね。ヴァイスが食べたいと言うからには絶対に美味しいはずですし素材としての利用価値もありそうなので」
クジラは捨てる所がないと言われるぐらい利用価値が高いからな、レギンさんたちに見せれば色々使えるはずだ。
「そうですか……ではファンティーヌへ戻った時に民衆へ見せてあげることはどうでしょうか? 今まで正体不明の伝説の謎が解き明かされたのです。できれば証拠として見せたいのですが……」
「レーゲン。そんなことをしたら、鮮度が落ちるではないかと言いたいところだが、まあ交渉次第じゃないのかい?」
おばあ様も食べる気満々なんですね。
「そうですか、では帰還したところで、交渉させていただきます」
「確かにさっきは驚くほどの大きさに圧倒されっぱなしだったけど、アレがなんだったのか、もう一度みたいところね」
「そうだ、アンさん。食べられた積み荷で無事な物は港についたら出しますよ」
「本当かい!? いや受け取ってもいいのかい? ありがたい話だけど、一度失った物だし、アレを倒したエドワード様の物だと思うけど」
「僕が持っていてもしょうがないので、返しますよ」
「それは助かります。今回の件はきっちりレーゲンに請求するとはいえ、船2隻失ったことは、大きな損失になるからね」
「アンよ、ちょっと待て。私が乗船していた分の船が破損すれば面倒みるが、他2隻は関係……」
「なんだって⁉ 帰りは歩いて帰るのかい? もう二度と乗せてほしくないのなら構わないが、そうだ! 拠点もルージュ伯爵領の主都ルーフスに変えようかね?」
「きっちり失った2隻は、当家で面倒見ようじゃないか」
「分かればいいんだよ」
分家の女性たちって逞しいな……。
◆
クジラを倒してから海の波は穏やかで、何事もなくルブルムの港に到着したのだった。
「嵐で大きなやつが出てきた時、もう駄目だって思ったけど、エドワード様のお陰で命拾いしたよ」
「うむ、まさか謎の山の正体を拝める日がくるとはな」
「エドワードにかかればあんな魚、小魚と一緒よ」
おばあ様、200メートルぐらいあるクジラを、小魚と一緒というのはちょっと無理があります。
船が停泊したので、クジラの中にあった荷物をアンさんに渡す。荷物はウルスに頼んで分けてもらっている。解体もお願いしようと思ったのだが、ファンティーヌで披露する可能性があるため、待ったをかけている。
「積み荷はどこへ置きましょうか?」
「こっちに商会の倉庫があるから、そこにお願いできるかしら」
「分かりました」
ウルスがクジラの胃袋から取り出した積み荷を置いていく。
「これで全てですね」
「飲み込まれた船員が無事だっただけでも嬉しいのに。これだけの積み荷が無事だと助かるわ。エドワード様、本当にありがとうございました。このお礼はきっとしますね」
「今回の送り迎えだけで十分ですよ」
「それじゃあ、エドワード行くわよ」
「分かりました。それじゃあまた帰りお願いね」
そう言って用意された馬車に乗り込む。この馬車は、積み荷を降ろしている間にレーゲンさんがルブルムにあるヴァッセル公爵の別邸から持って来たようで、ヴァッセル公爵家では海上での移動が多いため、各港に別邸と馬車を完備しているとのことだ。
レーゲンさんは海上で魔力を使いすぎたため、馬車の中で休んでもらい、おばあ様が馬車を御するので僕は隣に座った。
「それじゃあ、出発するよ」
おばあ様が重力を制御して馬車を軽くして進むので、馬車は爆走する。と言ってもイーリス街道のように道が広くないので、そこまでスピードは出せないのが難しいところだ。僕は前回同様、道に魔物が出ないように注意する係だ。
今回は馬を回復魔法で回復させたりしてみたが、水分の補給等は魔法では回復しないようで、結局何回かは休憩を挟むことになる。
こうして馬車を走らせること丸一日。ついに、バーンシュタイン公爵領の主都シャルールに到着したのだった。




