第193話 ヴァッセル公爵領
朝になったので、出発する。
「クロエ様にエドワード様、この度はデーキンソン侯爵家に滞在していただき、ありがとうございました」
「あたしは何もしてないから、礼ならエドワードに言っておいて」
「もちろん、エドワード様のお陰で、我が領の未来が見えました!」
「お役に立てたのなら良かったです」
ちょっと大袈裟すぎるような感じもするけど。
「目的地がヴァッセル公爵領のファンティーヌということでしたら、帰りの際も是非とも当家へお立ち寄りください」
「その時はまたよろしくお願いします」
「それじゃあ出発しようか」
おばあ様がそう言った時。
「エドワード様!」
嫡男の嫁のシンディさん、つまりジョセフィーナのお姉さんに呼び止められる。
「どうしましたか?」
「妹を……妹をよろしくお願いいたします! 不愛想ですが、とても優しい子なんです」
「もちろん知ってますよ! よろしければ今度、夫婦でローダウェイクまで来て下さい。なんなら、ジョセフィーナを案内につけますので!」
「ありがとうございます!」
僕が乗り込むと馬車は走り出す。馬車はおばあ様が御して、コレットさんが隣に座るようだ。
町中をゆっくり走っていくと、馬車が停まったので、ジョセフィーナが確認しに行く。
「エドワード様、クロエ様がお呼びです」
おばあ様が僕を呼んでいるらしい。
「おばあ様、どうしました?」
外へ出ると、よく分からないが歓声が上がる。
「どうも、エドワードがキノコを買ったという噂が広がってしまったみたいで、エドワードにもっと美味しいキノコを食べてもらおうと、集まったみたいだね」
おばあ様がそう言うと、集まった人たちが頷いている。
「僕に売ってくれるってことで、いいのかな?」
「売りつけるなんて滅相もない! 儂らをバカにせず受け入れてくれたエドワード様に、もっと美味しいキノコを味わってもらいたくて、みんなで持ち寄ったのです!」
「そうなんだ。取りあえず、見せてもらおうかな?」
『ありがとうございます!』
うーん、プレゼントしてもらう側がお礼を言われるって、どんなシステムなんだ?
黒トリュフを売ってない方のおばさんから買ったキノコにシイタケがあったのだが、他にどんなキノコがあるんだろうか。
「儂の家では、これが一番のご馳走なんです!」
「そうなんだね、今度食べてみるよ」
なるほど、舞茸か確かに美味しい。天ぷらにしたいところだ。
「うちのカミさんの好物で、とてもいい匂いのするキノコですだ」
「いい匂いがするの?」
受け取ったのは、オレンジ色でミカンの皮みたいなキノコだ、触っても毒反応はないが、自然に生えてたら絶対に手を出さない見た目だな。
匂いを嗅いでみると、甘酸っぱいアンズの香りがした。
「本当にいい匂いがするね」
「味も美味しいので、食べてみてくだせぇ」
みんなそれぞれ自慢? のキノコを僕にくれるので、直ぐに箱いっぱいになってしまった。
「みんな冬も近いのに僕のためにありがとう。次からは購入するからプレゼントを受け取るのは今回だけだよ。もらったお返しにこれをあげよう」
そう言って、オーク肉で作った塊ベーコンをそれぞれにあげると。
「よろしいのですか!?」
「みんなのとっておきを貰ったから、今回だけの特別だよ?」
『ありがとうございます!』
◆
キノコマイスターになってしまいそうだったが、馬車はグロッタの町を出て、ヴァッセル公爵領の主都ファンティーヌへ向かう。
ファンティーヌは港町だ、この世界で初めて海を見る事が出来るので、とても楽しみだ。といっても、地球で海を見た記憶があるわけではないので、実質的には本当に初めて見ることになる。知識の1つとして写真的な記憶はあるので、不思議な感覚ではあるが。
「そういえばエドワード様、出発の際姉に何か言われてたようですが、何か失礼なことは言われなかったでしょうか?」
「失礼なこと? 妹をよろしくって言われたので、今度夫婦でローダウェイクまでどうぞ、ジョセフィーナを案内につけますよって言っておいたけど」
「私を案内に!? エドワード様の護衛がおろそかになりますので、それはいけません!」
「お姉さんに心配かけたんでしょ? と言っても、僕が原因だから逆に申し訳ないんだけど」
「エドワード様は何も悪くありません、実は以前は歳が近いせいもあって、姉のシンディとはあまり仲が良くなかったのです」
「そうなんだ、全然そんな風には見えなかったけど」
「私は末っ子な上に、女の身でありながら剣の才能があったせいで、父から可愛がられていました。歳の近いシンディは、私の事を嫌ってると思っていたのですが……」
「実はそうじゃなかったと?」
「そうだったようです」
「まあ、仲直り? 出来たなら良かったんじゃない? 現在進行形で心配してるみたいだし、優しいお姉さんだと思うよ」
「そうですね……それでは、お言葉に甘えてローダウェイクへ来た時には、案内してあげたいと思います」
「それがいいと思うよ」
◆
馬車は順調に進み、ヴァッセル公爵領へ入る。
そこから、更にしばらく進むと、おばあ様から声をかけられた。
「エドワード、外を見てみなさい」
言われるまま、外を見るとついに海が見えた!
「わぁ! 凄い!」
もっとよく景色を見たくなった僕は、糸を使い馬車の屋根に登った。
海は遠くからでも分かるぐらいの透明度で、すごく綺麗だ。そして、海沿いに見える町並みは、アドリア海に面するクロアチア南部の都市ドゥブロヴニクのようだ!
オレンジ色の屋根がとても美しい町並みは、ローダウェイクに並ぶ美しさではないだろうか。
「エドワード、よく見えるかい?」
「はい、おばあ様。とても美しい町並みなんですね! それと、海がとても綺麗です!」
「それだけ喜んでもらえるなら、よかったよ」
どれだけ見ても飽きない風景だ。
「おばあ様、海の遠くに島みたいなのが見えますね?」
「ああ、あれはイスラという島で、誰も住んでいない島だよ。確か王領じゃなかったかな?」
「へー、無人島なんですね!」
「そろそろ町が近づいて来たから、中に入りなさい」
「分かりました!」
馬車の中へ戻るとメグ姉が声をかけてくる。
「エディ、随分と楽しそうね?」
「うん、凄く綺麗な海と町並みだったよ! 海って凄く綺麗なんだね」
「ヴァッセル公爵領の海は、ヴァーヘイレム王国の中でも一番綺麗だって有名よ」
「そうなんだね、どんな魚がいるのか楽しみだよ。ヴァルハーレン領は海が遠いから、お土産をたくさん買わないとね」
「そう言えば、マーウォは真珠が欲しいって言ってたわよ」
カトリーヌさんが教えてくれる。
「さすがマーウォさんは、宝石第一主義だね」
真珠が採れるんだな……真珠って湖でも養殖できたような気がするぞ。プレジール湖で養殖に使えそうな貝がいればいいんだけど、帰ったら調べてみるか。
馬車は門を抜け、ファンティーヌ城へと向かう。城は町の外れの小高い丘の岸壁に建てられていた。
町中を走る大型の馬車が珍しいのか、町の人たちに注目されながら、ファンティーヌ城へ到着する。
町へ入った時点で、僕たちの情報がヴァッセル公爵の下へ行っていたのか、すんなり門をくぐり、城の前へ到着するとたくさんのメイドが整列していた。
メイド服じゃないのが実に残念な所である。帰る頃には統一したメイド服を見ることができるだろう。
馬車から降りると、家令っぽい人が声をかけてくる。
「ヴァルハーレン前大公妃クロエ様、フィレール侯爵様。遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます」
「スチュアートはまだ現役でやっているのかい? 元気そうで何よりだよ」
「体が動かなくなるまで、ヴァッセル公爵にお仕えする所存でございます」
「そうかい、しっかり後進も育てているのかい?」
「まだまだ未熟ですが、倅がおります」
「なら問題なさそうね」
「ありがとうございます。それではご案内いたします」
僕たちはスチュアートさんの後をついて、城の中へ入るのだった。




