第179話 トゥールスの町
バーランスでのパレードが終わった僕たちは、トゥールスの町へ移動した。
トゥールスには大きな砦があり、イグルス帝国に睨みを利かせている重要な町だ。数多くの兵士が滞在しており、兵士をターゲットにした店が多く存在する。
そして、忘れてならないのが、おばあ様が父や兄など亡くしつつも英雄になった場所でもある。元バーンシュタイン公爵であるレイナードさんの話によれば、何らかの陰謀があった場所でもあるのかもしれない。
トゥールスでの父様の人気は凄く、町に入るだけで黄色い歓声があがっていて、歓楽街も多いせいなのか、セクシーな衣装のお姉さんが多かった。
イグルス帝国のシュトライト城を落としたことにより、その町の住民も四方に逃げシュトライトは既に廃墟化しているらしい。おじい様調べによると先日のスタンピードでさらに打撃を受けたらしく、復興は不可能だろうという話だ。
一番近くにある帝国の拠点が完全に潰されたことにより、現在トゥールスでは建設ラッシュ状態だそうだ。主都のローダウェイクに近く、兵士が多いため治安も良い、飲み屋や歓楽街を利用する兵士も、紳士で金払いも良いためどんどんオープンしているとエミリアさんが言っていた。
現在僕は、砦の一番高い所に登って町を見下ろしている。他の町は夜になると真っ暗なのだが、夜のお店が多いせいか、看板代わりのカンテラの灯りが幻想的に見える。
「エドワード様、そろそろ中に戻りましょう、かなり冷え込んで来ていますので、風邪をひいてしまいます。」
「ごめんね、ジョセフィーナも一緒にいたら寒いよね」
「いえ、私はエドワード様から頂いたスライムカイロを持っていますので、これしきの寒さは苦になりません。何か気になる物が見えましたか?」
「あぁ、街のカンテラの灯りが幻想的で綺麗だなって思って」
「街の灯りが綺麗ですか……そのような事は考えたこともありませんでしたが、確かにあの空間だけ別世界のように感じますね」
「ジョセフィーナは、……ジェンカー伯爵からトゥールスでの戦いのことは何か聞いたりしているの?」
「父からですか? 実はトゥールスの戦いの事はあまり話したがらないのです。ただ過酷で酷い戦いであったとしか聞いておりません。あの話したがりの父が話さないなんて、余程苛烈極まりない戦いだったため、思い出したくなかったのではないしょうか?」
「そうなんだ……部屋に戻ろうか?」
「畏まりました」
部屋に戻った僕は明日に備えて寝ることにするが、その前に今日こそは合成を試そうと思う。
今回試そうと思うのは簡単に言うと糸電話だ、この世界では通信といえば基本的に手紙になる。伝令兵を各町に配置している貴族もいるが、ある程度財力を持っていないと厳しいらしい。稀に鳥系の魔物をテイムして伝書鳩的な使い方をしている者もいるらしいが、それも他の魔物に襲われたり冒険者に狩られることや、テイムが切れて帰って来なくなったりするみたいなので、安定した通信網が現状ないのである。
そこで、遠方と会話できる糸を作れないかと考えた訳である。本当は無線にしたいのだが、糸の能力では無理そうなので、まずは糸を使った有線式で試してみようと思う。
頭の中で『合成』と念じる。
『合成する構成を指示してください』
構成についてだが、音声の伝達が可能、丈夫で切れない、糸を見えなく出来るの3点をイメージする。
『構成を確認しました、合成しますか?』
取りあえず成功するかは分からないが、指示はできたようだ。
作成しますか? ・はい ・いいえ
〈はい〉と念じる。
魔力が無くなったのを感じる。
『合成必要素材が足りません』
何! 合成に失敗したのはしょうがないが、素材が足りないと出たのは初めてのことだ。
『必要素材を確認しますか?』
確認しますか? ・はい ・いいえ
必要素材を確認できるなんて、珍しく親切設計だな。
〈はい〉と念じる。
画面に素材が表示された。
・カタストロフィプシケ魔石
・ステルスバット魔石(不足)
カタストロフィプシケの魔石って……偶々持っているからいいけど、持ってなかったらほぼ無理ってことじゃん! ステルスバットって言うのは初めて聞く魔物だな。全然糸と関係のない魔物だけど、確かにイメージした合成に必要そうな魔物だ。
今まで能力に関係のない魔物の魔石は登録できなかったけど、レベル7の合成が使えるようになったから、登録出来るようになったのだろうか?
前に狩った魔物の魔石を持っているから確認してみるか……。
……やっぱり登録できないな。つまり合成に失敗して必要素材に表示されないと、登録できないのかもしれない。
破格の能力だけに、手間と魔力が必要ってことなんだろうな。
希望通りの糸が作れると分かっただけでも一歩前進したという事にしておいて、今日も残りの魔力で商品を作って寝ることにした。
翌朝、父様やメグ姉に聞いてみるが。
「聞いたことない魔物だね」
「私も初めて聞いたわ」
2人共知らないらしい。
「どうしてその魔物の名前が出てきたんだい?」
通信出来る糸の事を説明すると。
「そんな糸が作れるのかい!? それは確かに凄い糸だね……直ぐに父様に手紙を……いや、万が一情報が洩れると危険だな。よしファーレンに来てもらおう! それまでは口外しちゃダメだからね、その糸はとても危険だから」
「危険ですか?」
「貴族にとって情報はとても大切だからね。領内や王都などの情報が一瞬で分かるとしたら、それは途轍もない武器だよ。王都の一件以降、エドワードの事を調べに来ている貴族が後を絶たないから、気を付けるんだよ?」
「分かりました、外でうっかり喋らないように気を付けますが、おじい様をわざわざ呼ばなくても、ローダウェイクへ帰ってからでも良いのではないでしょうか?」
「いや、これが実現するなら1秒でも早く付けたいんだ。エドワードも知っているように、ヴァルハーレン領はイグルス帝国、ニルヴァ王国、魔の森に隣接してるだろ?」
「そうですね」
「異変が起きた場合、伝令を急がせたとしても1日以上はかかってしまう。それが糸を使う事で短縮できるとしたら、凄いことだと思わないかい? カラーヤ侯爵領のサルトゥスの町では、僕たちの到着が1日早いか遅いかが命運を分けた事を考えれば、今回の糸はたくさんの人の命を守る事ができる素晴らしい物だと思うよ!」
「なるほど、確かに父様の言う通りですね」
ローダウェイクへは伝令を出して、おじい様とファーレンで合流することになるだろう。
◆
そしてパレードの開始である。
兵士やその家族が多いせいか、今までの町と熱気の質が違うように感じる。一方で艶っぽく、黄色い歓声も多く聞こえる不思議な町であった。
トゥールスの町でも2日間のパレードを終え、次はファーレンの町へ向かう。
余談になるが、エミリアさんから2日目にはウルスのぬいぐるみを抱えたお姉さんたちによって、僕のファンクラブなるものが出来たという話を聞いたのだった。




