第170話 レイナード・バーンシュタイン(下)
フラム嬢たちの後を着いて行き屋敷の中へ入る。元公爵が寝ているという部屋の前まで行くと、イグニスさん、つまり現バーンシュタイン公爵と出会った。
「おお! エドワード君……いやフィレール侯爵かな? 来てくれてありがとう。わざわざすまないね」
「いえ、本当に僕が来てよかったのか分かりませんが、フラム嬢の真剣さだけは伝わりましたので」
「娘がすまないね、父は中にいるからそのまま入ってくれればいい、終わったら外にいるメイドへ声をかけてくれれば大丈夫だ」
「分かりました」
中に入ろうとすると、メイドさんが扉を開けて元バーンシュタイン公爵に呼びかける。
「旦那様、エドワード様がいらっしゃいました」
「おお、そうか! 儂の隣に案内して、飲み物を出してくれ」
「畏まりました」
声を聞いたときは大丈夫かと思ったのだが、元バーンシュタイン公爵の隣へ行くと気がつく、その姿は数日前に会った時よりも明らかに衰弱していた。
「バーンシュタイン公爵……」
「もう公爵の座は息子に譲ったのだ、レイナードでよいぞ。あと飲み物が来るまでもう少し待て」
そう言われたので少し待っていると、メイドが紅茶を運んできてくれた。メイドが退出するとレイナードさんは、一辺が5センチぐらいの黒い立方体を取り出し、その半分を回転させた。中央に切れ目があり、そこから回転する仕組みのようだ。
「これを見るのは初めてか?」
「はい、何かの魔道具でしょうか?」
「これは防音の魔道具じゃ、この石を設置した空間の話し声は外に漏れることはない。儂の持っているやつは、回転することで防音の効果を切り替えできる、珍しいタイプの物だ。通常部屋に設置されているやつは切り替えができない」
「そうなんですね。初めて知りました」
「エドワードは素直に育っておるな、育ててくれた人が良かったのだな」
「はい、血は繋がってませんが自慢の姉です」
「……見ての通り儂は直に死ぬだろう。と言っても今すぐ死ぬわけではないから安心するがよい」
「先日の魔術が原因なんでしょうか?」
「要因の1つに過ぎんが、アレが寿命を縮めるのも確かな事実、エドワードは間違っても使うなよ」
「まあ儂の話をするために、わざわざ呼んだ訳ではない。この話をエドワードにすべきかどうかは悩んだが、話す事によって多少なりとも、心構えが変わってくるのではと思い話す事にした」
「それ程の内容なんでしょうか?」
「うむ、これから話すことは心の片隅に留めておけば良い。事の真贋を判断するのは、エドワード自身がするのじゃぞ?」
「分かりました……」
「王家を……いや、陛下の事は注意深く見ておくのだぞ、本当に信用できるかは、その都度判断するのだ」
「えっ!?」
「エドワードは前国王のことは、何か聞いているか?」
「いえ、おじい様の父でよいのですよね?」
「アルバンの父で間違いないが、アレはかなり冷徹な男だった……さらに付け加えれば、その前の国王もかなり冷徹であった」
「今の、陛下やおじい様を見る限りでは想像つきません」
「そうだろうな、特にアルバンのやつは、何度も前国王と衝突していたからな」
「時にエドワードはヴァルハーレン家について不思議に思う事はないか?」
「不思議ですか? ……そう言われれば、おばあ様の血縁関係が全くいないのは気になってますね」
「そうだな……他家に行った者もおらぬはずだし、事実上ヴァルハーレンの血が混ざっているのはクロエ、ハリー、エドワードの3人だけだろう」
「トゥールス奪還の戦いで、おばあ様の父と兄が亡くなったと、物語に出ていますが違うのですか?」
「その戦いで亡くなったのは事実であるが、何かトゥールス奪還の戦いで気になることはないか?」
「そうですね、トゥールスは当時ヴァルハーレン領ではなかったはずなのに、なぜヴァルハーレン家が全兵力で立ち向かったのか? とかあの戦いでおばあ様はなぜ遅れて参戦する事になったのかは物語に書かれていませんので、気になっていましたが……」
「エドワードは物語をよく理解しているな。まず当時のと言うか、現陛下に変わるまで王家とヴァルハーレン家の関係は最悪で、事あるごとに衝突しておったのだ」
「そうなんですか!?」
「うむ、儂も幾度となく目にしておる。そして起こったのがトゥールス奪還の戦いだ。結果ヴァルハーレン家が勝ったはいいが、クロエ以外の一族は死亡しておる」
「おばあ様以外というのはどういう事なんでしょうか? おばあ様の母上などは、城に残っていたと思うのですが」
「その通りだ、城の警備が薄くなっている所を狙われたわけじゃな」
「狙われたって暗殺されたのですか?」
「その通りじゃ」
「そんな!」
「まあ、誰がやったのかは謎のままだが、王家の仕業ではという噂が、一時期流れていたのも事実だ」
「そのような噂が……」
「うむ、その後アルバンのやつが陛下の反対を無視して、クロエと結婚してヴァルハーレン家に入るのだが、その後陛下が急死して王太子であった今の陛下が国王となった。その後、トゥールスをヴァルハーレン領とし公爵から大公へなったという訳じゃ」
「それって……」
「前国王との間に、何かあったのは間違いないだろうな」
「はい、でも今の話でいくと、現在の陛下はどうなんでしょうか?」
「うむ、現状ではヴァルハーレン家にとっては、味方に見えるだろうな」
「違うのですか?」
「儂はその後のアルバンの行動がよく分からなくてな……」
「おじい様の行動ですか?」
「クロエを物語にした件だ」
「おばあ様を愛していたからではないってことなんでしょうか?」
「本来、陛下が変わった時点で安泰なはずなのに、わざわざ物語にする必要があったのかってことだ」
「物語にするメリットといったら、おばあ様の知名度が上がるぐらいですかね?」
「そうだ、知名度が上がるということは、その死に方にも影響力が出てくるということだ」
死に方ってどういう事だ? ……もしおばあ様が寿命や戦争以外で亡くなったとしたら……。
「もし王家が暗殺に関与していた場合、おばあ様が不審な死を遂げると、変な噂が立つということなんですね」
「その通りじゃ、アルバンとしては保険をかけたのかもしれぬが、真実は分からん」
「……前国王は知らないので分かりませんが、今の陛下は大丈夫なんじゃないんでしょうか?」
「だといいのじゃが……」
「何か気になることが?」
「うむ、ブラウの指示書の真贋を見極めた魔道具なんだが、なぜ今頃になってあんな物を出してきたのかが分からん」
「ブラウを追求する上で、いいタイミングだと感じましたが?」
「うむ、ブラウを追求するタイミングとしては申し分ない、しかし、実際あれを見せなくてもブラウは終わっていたと思うのだがどうだ?」
「……そうですね、準備は十分だったので、追求はできていたと思います」
「儂が思ったのは、ブラウ以前で使うタイミングはいくらでもあったのだ。アレをもっと早くに使えば助かる貴族も過去にはいただろう。今回のタイミングで出してきた意図が掴めないのだ」
「確かに宰相様ですら知らなかったのには驚きましたが、最近王城内で発見した魔道具だったとか?」
「その可能性も十分考えられるが、あの魔道具が偽物の可能性も考えられるという事だ」
「どうしてですか?」
「儂らが普段使っている印が、本当に魔道具なのかは調べても分からなかった。ブラウの指示書については白を切ることは分かっているから予め、あの魔道具に反応するものとすり替えてあったとしたら、ブラウ以外の貴族に対しても効果的だと思わんか?」
「確かに、あの場で後ろめたそうにしていた貴族を探れば、証拠隠滅に動くかもしれませんが」
「エドワードよ、今の話は結論が出ない話だ。要するに今はアルバンがいるから上手くいっておるが、今後もそうなるとは限らない事を頭に入れて置けという事だ」
「なるほど……でもどうして僕にこの話を?」
「ただのお節介ということにしておいてくれ」
本当の理由はあるけど、話せないということなのかな……。
「分かりました。ご忠告ありがとうございます」
この後は主に孫の2人の事をアピールされて、バーンシュタイン公爵邸から帰ったのだった。




