第17話 鍛冶屋
商人ギルドを出るとメグ姉が話しかけてくる。
「エディはこの後、どうするの?」
「鍛冶屋に行こうと思ってるよ。装備と鉄が欲しいから」
「そうなのね? 私は行くところがあるから、ここで一旦お別れね。鍛冶屋は商店街から一本逸れた道にある、斧のマークが目印の店にしなさい。店主がレギンって名前なんだけど、私の紹介だってこれを渡せば売ってくれると思うわ。表の通りの鍛冶屋だけは絶対ダメよ、質が悪い上に高いから」
「分かったよ。メグ姉、何から何までありがとう」
そう言ってメグ姉と別れた僕は商店街を歩く。様々な店が並び、品物を求める客で溢れていた。
そんな商店街も一本道を外れるだけで閑散としている。
並ぶ建物の中から斧のマークを見つける……分かりにくいというか店の名前すら書いてない。
恐る恐る扉を開けて中に入ると、小さなカウンターがあり、奥の方に商品が見える。
勝手に中に入るわけにもいかないので、呼んでみることにした。
「すいませーん!」
「なんじゃ小僧、ここは子供が来るところではないぞ」
予想外に1回呼んだら出てきた! 決して何回か呼ぶと『うるさい小僧聞こえとるわい!』と怒られるパターンを期待したわけではないが、姿はイメージ通りもじゃもじゃ髭で背丈が低いたぶんドワーフなんだろう。
「武器と防具を買いにきたんですけど。あっ、これレギンさんに紹介状です」
「儂に紹介状? いったい誰からじゃ……氷華⁉︎ 小僧オヌシいったい何者じゃ? あの氷華が紹介するとは……」
「ねぇ、氷華って何ですか? メグ姉……じゃなかった、シスター・マルグリットのことなの?」
「なんじゃ小僧、氷華を知らんのか! いや小僧の歳じゃ知らんのも無理ないのか」
「結局氷華って何? 二つ名ぽいけど、メグ……まぁいいや、メグ姉は僕を拾って育ててくれた大切な家族なんだけど、レギンさんその氷華ってヤツ僕に聞かせて大丈夫なやつ? メグ姉怒ると怖いよ?」
僕がそう言うと、レギンさんは慌てて紹介状を読み直すと顔が見るみる青ざめ、急に土下座してきた!
「スマン小僧! 聞かなかったことにしてくれ!」
「……」
僕はニヤリと笑うと。
「装備のこと、お願いしますね」
「モチロンじゃ! 小僧にピッタリの装備を見繕ってやろう」
お互いの思惑が一致した僕たちはガッチリ握手を交わす。
「ところで小僧はどんな装備が欲しいのじゃ?」
「そうですね、ナイフと短剣、軽装の防具、採掘用のハンマーといったところですかね」
「予算はどのくらいを考えておる?」
「金貨50枚ぐらいでどうでしょうか?」
シルクを売って受け取った120枚のうち、半分の60枚はメグ姉にお礼したいんだよね。
「ほぅ、意外と持っておるの。初期装備としては十分だろう。それじゃあ、入ってきた扉に鍵を掛けてこっちに来い」
「えっ、鍵を掛けちゃうと、誰も入れなくなっちゃいますよ?」
「かまわん。小僧の対応中に入ってこられても迷惑なだけだからな」
「そういうことなら分かりました」
僕は鍵をかけてカウンターの向こう側に入った。
「こっちじゃ。ついてこい」
レギンさんの後について地下に降りていくと、そこには所狭しと並べられている装備品の数々。奥には鍛冶場らしきものがあるが、意外と狭いなと考えていると。
「奥は装備品を調整する場所じゃ。鍛冶場はさらに地下にある」
僕の考えはお見通しみたいだ。
「まずはナイフじゃな。冒険者になりたてなら銀貨2枚ぐらいだが、小僧なら大銀貨8枚のこれでどうじゃ?」
「じゃあそれで!」
「即答かい!」
「メグ姉がレギンさんに任せておけば大丈夫って言ってたからね」
「そうか、氷華が……よし任せておけ。剣は最後にして次は採掘用のハンマーじゃな。サイズは大きいのと小さいのどっちがいい?」
「できるだけ小さいので。採掘メインではないので」
「ふむ、ならちょっと値は張るがこれだな。金貨1枚で採掘補正のエンチャント付きだ。ミスリルぐらいまではこれで採掘可能なはずじゃ」
「じゃあそれでお願いします!」
やっぱミスリルってあるんだな。
「次は防具じゃな……ブーツが疲労軽減エンチャント付きで金貨1枚、皮鎧はコバルトツリーリザードの皮で作ったこれじゃな、耐火のエンチャント付きでなんと金貨5枚じゃ」
「ブルーの鱗がカッコいいですね!」
「そうじゃろ、そうじゃろ。ところで兜はどうする?」
「無しでお願いします」
「そうか、じゃあ防具はこんなところだな。そうだ外套は服屋で売ってるからそっちで買えよ」
「じゃあカトリーヌさんの店で買います」
「ほう、カトリーヌを知っとるのか。あそこなら間違いないわい」
「それでは最後に短剣だな……この辺が小僧の体格でも扱えそうなのが揃っとる。まずは直感で選んでみるがよい」
「分かりました」
並んでいる短剣を見回してみる。ゴミ同然の叩き売りコーナーから名剣が見つかるなんてイベントはないらしい。
剣を持ち上げたりしていると一本の剣に目が留まる。55センチぐらいのシンプルな短剣なのだがグリップの中央に紫色の宝石が埋め込まれている。
「この剣が気になります」
「その剣か、なかなか癖のある剣を選んだな。その剣の材質はミスリルじゃ。グリップの所の宝石から魔力を吸収して切れ味を増すことができるのじゃが、1回振るごとに魔力1を消費するから売れ残ったのだ」
「魔力で切れ味が増やせるなんて凄い機能なのに、不人気なんですか?」
「一般的な剣士は魔力が多くないからな、それに長さが短すぎる。魔力を纏わせるためにミスリルを使っているのだが、その長さより長くすると魔力の消費量が跳ね上がってしまうのじゃ」
「試すことってできたりします? 魔力が多い方なので、結構いけるような気がするんですよね」
「ちょっと付いてこい」
そう言うとレギンさんは更に階段を下りていく。いったい地下何階まで……。
「3階までじゃ。地下3階が鍛冶場で地下2階が試し切り部屋じゃ」
何も言ってないのに回答がくる。
「そこの丸太を切ってみろ。地下だから魔力はあんまりこめるなよ」
こめるなと言われると、逆にこめろと言っているように聞こえるのは、地球ではナンタラ倶楽部の法則だとか熱湯風呂の定理によるものだとか、しかし今の僕は地球人ではないのでそんな法則にとらわれることはないはずだ……。
「今よからぬことを考えておったろ?」
「……いえ、全然」
この人はエスパーなのか?
まずは魔力を意識しないで斬ってみる。
バシュッ!
確かに魔力が1消費されている。たった1でこの切れ味はヤバイ。続いて魔力5込めて切ってみる。
シュッ!
丸太が豆腐のように何の抵抗なく切れる。
「……」
「小僧、今のはどのくらい込めた?」
「魔力5です……」
「それ以上はここでするなよ」
「了解です……」
上の階に上がったところで聞いてみる。
「この剣にしたいんですけど値段はおいくらぐらいですか?」
「そうじゃな、金貨60枚と言いたいところじゃが、小僧しか買い手がなさそうだから、金貨20枚でどうじゃ?」
「じゃあそれでお願いします」
「よし、それじゃあ小僧に合うように調整するから、あっちに行くぞ」
調整用の工具などが置いてあるところで、サイズなどを調整してもらう。
「着心地はどうじゃ? 痛いところや気になるところがあったら、遠慮しないで言うのじゃぞ」
「バッチリです。全然違和感ないです」
「そうか、ならこれで終わりじゃ。着たまま行くか?」
「はい、ちょっと試したいことがあるのでこのまま行きます。これが代金の金貨27枚と大銀貨8枚です」
「確かに受け取ったぞ。不具合があるようなら調整してやるから持ってくるがいい」
「分かりました。それではありがとうございました」
装備品を手に入れた僕は、レギンさんのお店を後にしたのだった。




