第168話 メイド服の依頼?
公爵、辺境伯以上が集まる会議で、襲われた侍女たちで唯一の生存者、エレオノーラさんが着ていたメイド服が話題に上がったそうだ。
アヴァールの一件で、不意の攻撃にも耐えられる防御力を持った、スパイダーシルクの有用性が実証された形となったわけなのだが。
ヴァッセル公爵がヴァルハーレン大公家、王家の次は、同じ派閥の公爵である自分のところの番であると主張し、王家の了解が出たため父様も了承したそうだ。
中立派のハットフィールド公爵などが頼みにくそうにしている中、貴族派を辞めると言っているバーンシュタイン公爵も、ヴァッセル公爵の次に作って欲しいと言ってきたみたいで、そこは本当に貴族派から抜けられるか解決した際に考えると言ってあるらしい。
話を戻すが、ヴァッセル公爵はメイド服を作るにあたって、ヴァッセル公爵のイメージカラーである、青を基調としたメイド服にして欲しいと言ってきたそうで。
今日はその色を決めるために、現在ヴァッセル公爵やジュリア夫人、そしてロゼ嬢が屋敷に訪れているのだ。
事前にカトリーヌさんとセリーヌさんに相談して、メイド服に合いそうな青色の布を何種類か事前に用意しておいたので、今はそれを見てもらっている。
夫人がメイド服を着たうちのメイドに、青色の布を次々あてて色合いを確かめている中、ロゼ嬢が非常に暗い顔をしていた。
アヴァールから助けた時は僕にしがみついて元気だった筈なのだが、どうしたのだろうか?
「ロゼどうしました? 気分が優れないのでしょうか?」
「エドワード様、先日は助けていただいたお礼もまだしていないのに、申し訳ありません」
「そんなのは気にしませんが、体調が悪いのなら横になりますか? まだ決まるのに時間がかかりそうなので、メイドに案内させますけど?」
「お気遣いありがとうございます。体調は大丈夫なのですが……私の侍女のナタリーが亡くなってしまったので……」
ロゼ嬢は侍女の事を思い出したのか、目にいっぱいの涙を浮かべていた。アヴァールに、エレオノーラさん以外の侍女たちは殺されてしまったんだったな。
「ナタリーは、ロゼを守ろうと頑張ったのではないのですか?」
「はい、そうですがどうしてそれを?」
「亡くなった侍女の中には致命傷を負いながらも、助けに向かおうとした形跡のある人もいましたので、おそらくナタリーも、そうではなかったのかと思いまして」
「ナタリーは敵の前に立ちはだかり、懸命に私を守ろうとしてくれました……」
「でしたら、きっとナタリーは今もロゼの側で見守ってるはずですよ。そんなナタリーが今のロゼを見たらどう思いますか?」
「ナタリーが今も私をですか?」
「ええ、今のロゼを見てしまっては、心配で昇天出来ないと思いますよ」
この世界では一般的に成仏することを昇天するという。
「それはダメです! ナタリーがゴーストになってしまいます!」
「でしたらロゼは、ナタリーが安心して昇天できるように、元気にならなければなりませんね」
「分かりました……ナタリーが安心できるように頑張ります」
最初よりは少しだけ表情が明るくなったかな?
「ふむ、私や妻の慰めでは効果がなかったのに、エドワード君の言うことは素直に聞くのだな?」
「お父様! 聞いていらっしゃったのですか!?」
「そうだな、ジュリアがあの調子でなかなか決まる様子がないからな」
ジュリア夫人とカトリーヌさんはかなり打ち解けたのか、話が盛り上がっているように見える。
「盗み聞きなんてはしたないです、サイテーです!」
ロゼが顔を真っ赤にして怒っている。いつもの明るさに戻ったのではないだろうか? ヴァッセル公爵は娘に対するご機嫌の取り方も心得ているのだろう。
「あなた! この色に決めようと思うのだけれど、どうかしら?」
「さすがジュリアだね! 凄くいい色だと思うよ!」
そう言うとヴァッセル公爵はジュリア夫人の元に駆け寄っていった。あの人、父様並みに出来る男なのでは!?
「エドワード様は、王都へはいつまで滞在なのでしょうか?」
「おそらくヴァッセル公爵からの注文を受けたら、ローダウェイクへ戻るのではないでしょうか?」
「もう帰られるのですか!?」
「ええ、思ったよりも早く王都の店舗ができそうな勢いなので、その準備もしなくてはいけないし、ヴァッセル公爵からの注文もありますからね」
「そうですよね……」
「ロゼやジュリア夫人のドレスなども注文したと聞きましたが?」
「はい、お父様が今後のことも考えて、少しでも安全になるのならと大公様にお願いしたそうです」
「そうだったんですね。それにしても、襲撃を教訓にすぐ家族や侍女など使用人の為に動けるヴァッセル公爵は凄いですね!」
「そうなんです! お父様は凄いんですよ!」
思わず身を乗り出すロゼ嬢、アウルム嬢たちと一緒に居たときは落ち着いた雰囲気だったが、1人だと印象が変わるな。
ロゼ嬢は思わず身を乗り出してしまったことに気がつくと、頬を赤くして着席する。
「エディ君お待たせ、この色に決まったわ」
カトリーヌさんが決まった色を見せてくれる。
「へぇ、予想していたより明るめの青にしたんですね」
ネイビーブルー系の濃い感じを選ぶのではと予想していたのだが、ジュリア夫人が選んだ色は明るめの青色、瑠璃色だった。
「お母様はその色を選んだのですか?」
「そうよ、ヴァルハーレン大公家や王家とは全く違った印象になるんじゃないかしら?」
「どんな感じなのか一度見てみたかったですが、ヴァッセル公爵領は遠いのでなかなか見られませんね」
「あら、見られるわよ」
「そうなんですか? カトリーヌさんたちが着てみるんですか?」
「あら、私が着てみたところを見てみたいの? いいけど違うわよ。ヴァッセル公爵領に行くのよ」
「えっ、ヴァッセル公爵領に行くのですか?」
「もちろん会頭なんだから、来てくれなきゃ困るわ」
「でも、どうしてそんなことになったんですか?」
「今回王家に納めて分かったのだけど、スパイダーシルクで作った服の手直しは、普通の人では無理だったのよ」
「そうなんですか?」
「ええ、手直しに慣れているメイドたちでも、そこそこ防御力のあるスパイダーシルクの手直しは無理だから、最後の調整には私たちが必要なのよ。どうしても3サイズに収まらない人が、何人かはいるからしょうがないわ」
「ということは、エドワード様が当家にいらっしゃるということなんですね!」
「そうなるけど、随分と嬉しそうね」
カトリーヌさんの言う通り、今日一番の笑顔ではないだろうか。
「へーそういう事なのね。ロゼ様、少しお耳を……」
カトリーヌさんは意味不明のことを言うと、ロゼ嬢の耳元に小声で話す。
「エディ君を落としたいなら、胸が大きくなるように頑張った方が良いと思います」
いや、全然聞こえてるんですけど!
ロゼ嬢は自分の胸とカトリーヌさんの胸を見比べて質問している。
「エドワード様は大きな胸の方が好みなんでしょうか?」
そう言う話は、僕のいないところでやってもらいたいのだが。
「もちろんです。お風呂で私の体を洗う時なんかはガン見ですし」
カトリーヌさんのに関しては、見ない方がおかしいのだと思うのです。
「一緒にお風呂へ入られるのですか?」
「ヴァルハーレン家では、エディ君に洗ってもらうのが決まりなので」
「エドワード様に洗っていただくのですか!?」
いや、そんな決まりはなかったと思うんだけど。
「そうね……ジョセフィーナ! ちょっとこっちへ来てちょうだい」
「カトリーヌ殿、どうされましたか?」
「ほら、私の髪って短いから、もっと効果の違いが分かりやすい彼女の髪を触ってみればわかるわ」
「それでは少し失礼します……これはっ!」
「分かったようですね。エディ君に洗ってもらうとこのように、ツヤツヤサラサラになるのですよ」
デデーン! と効果音がつきそうなカトリーヌさんの仁王立ちポーズ……最近流行ってるのか?
「――! ジョ、ジョセフィーナさんもなんですか!?」
「わ、私はエドワード様の専属侍女なので当然のことです」
「ヴァルハーレン大公家では、専属侍女が一緒に入るのは当然なんですか!?」
ん? ……あれ? ジョセフィーナが最初に入って来た時は、当然って感じだったけど他家は違うのか?
「ロゼ様、エドワード様は一度攫われているのです。よって、片時もお傍から離れないのが、私たち専属侍女のお役目でございます」
「なるほど……確かにそうですわね……」
そこは納得するところなんだろうか?
「しかし、カトリーヌ様どうすればそのような大きさになるのでしょうか?」
「えっ、どうすればですか? うーん、どうしてでしょうか? 姉さんはあんなだし……」
そう言って見つめる先にはジュリア夫人や、母様と談笑しているセリーヌさんの姿が、元々王都で商売していただけあってコミュ力は無駄に高い。
「えっ! 姉妹だったのですか!? そう言われれば顔は似ていますね……申し訳ございません。私そういえば、今日お会いしてからずっと胸を見ていたような気がします」
「慣れているので、お気になさらず。そういえば、姉さんと私とでは食べ物の好き嫌いが違うかしら?」
「食べ物の違いが関係あるのでしょうか?」
「分からないですけど、私が好きなもので姉さんが嫌いな物といえば、チーズやナッツ類、あと豆乳もそうかしら?」
豆乳を作っている所があるのか? 今度カトリーヌさんに聞いてみよう。
「豆乳というのは初めて聞いたのですが、どういった物なのでしょうか?」
「一晩水に浸した大豆をすり潰して作る飲み物ですね」
「つまり、大豆が良いということなのでしょうか?」
「効果があるかどうかなんて分からないから、試さなくてもいいのですよ?」
「いえ、胸に良い食べ物があるかもしれないというのは、とても良いアイデアでした。領に帰ったらカトリーヌ師匠の教えを元に、調べてみることにいたします」
「調べるって?」
「それはもちろん胸の大きな方とそうでない方で、食べ物の好き嫌いにどのような傾向があるのか調べてみます!」
「そ、そこまでするのですね」
「もちろんです!」
結局、2人は帰るギリギリまで会話を続けてかなり仲良くなったみたいだ。ただ、大きさで婚約者が決まる訳ではないと言う機会は訪れなかったのだった。




