第141話 ジェンカー伯爵領のナイトクラブ
馬車も順調に進み、昼過ぎにジェンカー伯爵領のヒルハイムに到着した。
「思ったより大きい町なんだね」
「おかしいですね。最後に見たのは3年前ですが、随分と町が拡張されています」
どうやら、ジョセフィーナが旅立ってから町はかなり拡張されたようだ。
町に入ると屋敷まで先導してくれる兵士が来たので後をついて行く。
「ばかな、屋敷が大きくなっている!」
大きさの変わった実家の姿に、ジョセフィーナが衝撃を受けている。
「大きくなったのならいいんじゃないの?」
「そうですね……ちょっと戦闘バカの父からは想像つかなかったもので」
父様たちと屋敷の中に入ると、鎧をつけたジェンカー伯爵が出迎えてくれた。
「これはハリー様、パーティー以来ですな! 此度は我が領へようこそ」
「父様! 相手は大公様なんだから、もっとしっかり挨拶してください!」
「わっはっは、ハリー様は儂の無礼を一々気にするような人じゃないわい」
「マイルズ殿は相変わらずだね。ウイリアムも久しぶりだね」
「大公様もお元気そうで安心いたしました!」
「君がエドワード様か! ジョセフィーナは迷惑かけていないだろうか? 兄のウイリアム・ジェンカーだよろしく」
「ヴァルハーレン家嫡男のエドワード・ヴァルハーレンです。こちらこそよろしくお願いします。ジョセフィーナにはいつも助けられていますよ」
それぞれ挨拶していく。
ジョセフィーナの父親のマイルズ・ジェンカー伯爵(40歳)と奥さんのヴィオレーヌ(38歳)嫡男のウイリアム(24歳)に奥さんのアネット(22歳)、次男のマルクス(20歳)ということだ。男性陣は父親似なのかブロンドの髪に青色の瞳をしている。
それ以外に以前会った長女のマリアン(22歳)はカラーヤ侯爵家長男の奥さんで、次女のシンディ(18歳)はデーキンソン侯爵家長男の奥さんになっているとのことだ。次女のシンディは見たことないが、女性陣はジョセフィーナも含め、プラチナブロンドの髪に緑色の瞳をしているという話なので、母親似なんだろう。
「父上、町がかなり大きくなったようですが?」
「そうか! 気がついたか? 最近、町の事はウイリアムに任せているのだ。おかげで魔物狩り三昧の生活をしているぞ」
「そうでしたか、兄上が頑張っておられるのですね?」
なるほど、ウイリアムさんが内政をするようになってから、領が潤ってきたという事なのかな? 見た目は武闘派なので意外だ。
「あなた、いつまでもここで話していないで、中へ入ってもらったらどうですか?」
「これは失礼! ハリー様、中へどうぞ」
「よろしく頼むよ」
中に入る。部屋は広いのだが、必要最低限のものしか置いてない。無駄なものは一切置かない主義なんだろうか? 武人肌のジェンカー伯爵には似合っている。
「殺風景で申し訳ございません。最近完成したばかりなので、まだ全て揃っていないのです」
ウイリアムさんが申し訳なさそうに謝る。どうやら、ジェンカー伯爵の主義とは関係無かったようだ。
ジェンカー伯爵は鎧を脱いで来たのか、服装が変わっている。
「ところでマイルズ、さっき鎧をつけていたけど、どこかに行ってたのかい?」
「ハリー様は相変わらず鋭い。ナイトクラブですな」
「ナイトクラブ!?」
「エドワード様、急にどうされました?」
「あっ、いえ何でもないです」
急に真面目な顔で、ナイトクラブとか言い出すからビックリしたよ。
「しかも、今回はクイーンが来てくれましてな」
「ほう、クイーンが来るとは珍しい」
ナイトクラブにはクイーンがいるのか……2人とも奥さんを目の前にして大丈夫な話なんだろうか? そう言えば、スヴェートの町でも兵士たちが普通に昼間から行ってたけど女性陣からクレームとかなかったしな。僕は見るのもダメって言われたけど。
この世界では、意外と紳士の嗜みみたいな扱いなんだろうか?
はっ! もしかして鎧を着ていくからナイトクラブじゃなくてナイトクラブとか言うオチでは? だとしたらクイーンの存在が謎だな……。
僕がナイトクラブについて思いを巡らせている間も、父様たちはナイトクラブの話を続けているようだ。
「最終的にはキングがやって来まして」
「キングの相手は面倒だったでしょう」
クイーンどころかキングまで! しかもキングは面倒なんだ……。
「エドワードは随分と考え込んでるみたいだけど、どうしたんだい?」
「えっ! ちょっとナイトクラブを見てみたいなと」
「エドワード様はまだ見たことがないのですか?」
「ええ、まだ行ったことはないですね」
「そうですか、だったら見てみますか?」
「いいのですか!?」
「もちろんです。妻たちは会話が盛り上がっているようなので、儂たちだけで行きましょう」
◆
「……」
連れてこられたのは解体場。兵士たちが解体しているのはカニの魔物……。
薄々勘づいてはいたんだけどね……。
ナイトクラブはやっぱりナイトクラブだったのだ。但し騎士の恰好で行くお店ではなく、体長は1メートルぐらい銀色のカニの魔物だった。
片手はカニの鋏なんだけど、もう片方はランスの形をしている。
残念な結果のナイトクラブはともかく、気になったなのは鋏、ランス、甲羅以外は全部捨てているようだ。
「あの、このナイトクラブは食べられない魔物なんでしょうか?」
「エドワード様、さすがの我々でも、気持ち悪い虫は食べないですな」
マジか! この世界ではカニは虫と同類なのか⁉ でも解体している身を見た感じでは美味しそうなんだけど……銀色の外観以外は。
「エドワードの食に対する姿勢はいつも凄いけど、さすがにこれはないと思うよ」
「試しに1匹、僕に売ってもらう事は可能でしょうか?」
「たくさんいるから何匹でもあげますぞ。解体の方が手間ですからな」
「ありがとうございます」
『エディ! まさかそれを食うのか⁉ さすがの我でも、それは美味そうには見えないぞ』
『えっ、ヴァイスまで! 地球じゃカニは高級食材なんだけどな』
『そうなのか! ふむ……匂いは悪くないのだが……』
ヴァイスまで拒否反応を示すとは思わなかったよ。獲りたてだから、シンプルに焼きガニにしてみようかな。
鉄板焼きセットを出して、火をつけ温まったら脚と本体を焼いていく。脚は糸で半分剥いてある。
しばらくすると、銀色だったナイトクラブは赤色に変わっていい匂いがしてくるので、試しに味付け無しで1本脚を食べてみよう。
解体中の兵士たちも、動きを止めこっちに注目している中、大きなカニの身を口に運ぶ。
モグモグ……やっぱり食べられるじゃん。嚙めば嚙むほど旨味が溢れ出てきて美味い。見た目こんなだが味はズワイガニに近い、旨味が次から次とやってきて無限に噛めそうだ。
脚1本でもかなりのボリュームなんだが、あっという間に無くなってしまった。
次は甲羅をたべてみよう。甲羅を割ってみて気がついた、コイツ内子がある。ナイトクラブってメスなのか! そう言えばズワイガニのメスは、体のサイズはオスの半分ほどなのだが、味は凝縮された分絶品だ。北陸では香箱ガニと呼ばれているとか。
内子をちょっと食べてみる。プチプチとした食感がたまらない。
「エドワード。さっきから無言で食べているけど、美味しいのかい?」
しまった! カニを食べるとついつい無口になってしまう。
「とても美味しいですね。父様も食べてみますか?」
「そうだね……この脚1本食べてみようかな」
父様が焼きガニの脚を食べ始める。
「――! これは凄く美味しいね! 初めて食べる味だよ。口の中に旨味が広がって凄くいいよ」
「エドワード様、儂ももらっていいでしょうか?」
「もちろんです。元々ジェンカー伯爵の獲ったものですからね」
それに続いてヴァイス、メグ姉、ジョセフィーナ、アスィミも食べ始める。
『――!』
みんな無言で食べ始める。
この後、ジェンカー伯爵が兵士たちにも焼いて食べるように言ったため、解体場は宴会の場に早変わり。
部屋でお喋りをしていた女性陣にばれて叱られるのだが、女性陣もカニを食べだすと終始無言だった。
残念ながら、クイーンクラブとキングクラブは既に解体され、身は捨てられてしまっていたため、食べることは出来なかったので味は分からない。
甲羅と爪を見せてもらったのだが、クイーンクラブはピンク色で、キングクラブは金色だった。この世界のカニは凄く派手なようだ。




