第138話 ギアラタウルス
アルジャン子爵領では魔物の脅威はないようなので、朝になるとジェンカー伯爵領に向けて旅立つ。
アルジャン子爵家では、僕のパーティー以来料理に力を入れているという事だけあって、昨日の夕食はとても美味しかった。いくつか簡単に作れそうなレシピを教えると、たいへん感謝された。
昨日、アルジャン子爵と父様が2人で話をしていたのだが、その内容を父様が少しだけ教えてくれた。
パーティーの後、陛下からヴェローチェ子爵とライナー男爵が、ブラウ伯爵からかなりの借金をしているという話を聞いたのだがヴェローチェ子爵の方は借金を返したという話だった。
ヴェローチェ子爵の奥さんがアルジャン子爵の妹という事で、おじい様がアルジャン子爵を通じてヴェローチェ子爵が借金を返すように働きかけて、お金を出してあげたらしい。
借金のことはアルジャン子爵も知らなかったらしく、すぐに妹に連絡をとって借金を返済したとのこと。
ヴェローチェ子爵はブラウ伯爵に嵌められたため、周りに言い出せなかったようだ。
何はともあれ、おじい様が良い方向に持って行ったみたいなのだが、いつの間に動いたのだろうか? おじい様の行動力は凄いな。
「ジョセフィーナの故郷のヒルハイムの町ってどんなところなの?」
「何もない町ですよ。ジェンカー伯爵領には町がヒルハイムの1つしかありませんし、エドワード様もパーティーで会ったと思いますが、完全な武闘派なので領地経営は得意ではありません」
「確かにいかにも武闘派の人だったね」
「大したものはないですが、土地は広いですよ。何せ領を作る際、アルバン様とクロエ様が森を切り開いてくれたらしいです」
森を破壊する、おじい様とおばあ様の姿が鮮明に浮かび上がるな。
「ただ、最近は兄のウイリアムが色々頑張っていると、パーティーの時に父から聞きましたね」
「そうなんだ、木の伐採は得意だから必要なら言ってね」
「エドワード様にそのようなことはさせられませんので」
「遠慮しなくていいのに」
馬車は今日の野営ポイントへ向けて進む。
『エディよ、キングタウルスはいつ食べるのだ?』
『キングタウルス? そういえばすっかり忘れてたよ! 解体する時間がないんだよね』
『そういえばそうだな、ずっと移動していたか』
『パンパカパーン!』
ウルスが話に割り込んできたよ。
『急に、どうしたの?』
『エドワードに耳よりなお知らせです。これを聞いたらウルスの高性能ぶりに驚くことでしょう!』
『へー、それは楽しみだね。何が出来るようになったの?』
『空間収納庫の中の魔物を見てみてください』
『分かったよ……』
空間収納庫の中の魔物ね……『ギアラタウルス』、『キングタウルス』……。
『いつも通りじゃない?』
『チッ、チッ、チ。そうじゃないんだな。試しにギアラタウルスを更に見てみて驚け』
ギアラタウルスの更にって、なるほど。更に中が分かれているのか……。
これはっ!
・ギアラタウルス(タン、ネック、肩、肩ロース、リブロース、ヒレ、サーロイン、ランプ……)
『凄い! 解体されて部位ごとに分かれている! ウルス、今までの機能で一番凄いかも。一体どうやったの?』
『わっはっは! 簡単な事です! 暇だったので、私が空間収納庫の中で解体しました!』
まさかの手作業だった。
『あっ、また血で真っ赤になったので、今度出した時でいいのでミラブール使って洗ってくださいね』
『うん、分かったよ』
しかし、凄いな。更に細かく分けてあるやつもあるな。ん? これはいったい……。
・ギアラタウルス 内臓(ハツ、レバー、マメ、ミノ、フワ、ハラミ……)
『ギアラタウルスなのにギアラがないじゃん!』
『それは当然ですよ。ギアラタウルスは肉食な上に反芻することないですからね』
そんなばかな! ギアラの無いギアラタウルスっていったい……。
まぁ、無いから困るってことはないんだけどね。そういえばストームディアーもまだ食べてないけどやっぱりアキラさんがいる時の方がいいよな。
ちょっとビックリしたがウルスの新たな機能? が開花したのはとてもいいことだがウルスは気がついているだろうか?
空間収納庫の中に入れておいた方が便利だと、出す機会が更に減るという事に……。
魔物や盗賊の襲撃もなく順調に進んだため、予定より野営ポイントに早く着いた。
兵士たちが野営の準備と周囲の安全確認を念入りにしている。プラータの町を出てしばらくしてから、川を渡る手前辺りで木々が無残になぎ倒され、巨大な魔物同士が争った形跡を見つけたのだ。
血塗れのウルスをミラブールで洗ってから乾かしていると、アーダム隊長が僕を呼びに来た。
「エドワード様、少し変わった物を見つけたのでハリー様に報告したところ、エドワード様に見せた方がよいという事になりまして」
「変わった物? それじゃあ行こうか」
アーダム隊長の後をついて行くと、巨大な大木の上からぶら下がっている物体。遠目で見れば間違いなく蓑虫なんだが、やはり異世界サイズが違う。
全長が5メートルぐらいありそうな蓑虫の蓑は直径30センチぐらいの木で作られている。
「エドワード、待っていたよ」
「父様、随分と大きいですが、これは何という魔物なんでしょうか?」
「それが分からないんだよね、でも木から糸でぶら下がっているから、エドワードなら取り込めるのじゃないかと思ってね」
確かによく見ると大木から糸でぶら下がっている。よく見ないと見えないぐらいの細い糸でよく支えられているな。
蓑虫系の糸が欲しかったのは事実だがこんなのは聞いてない。しかし、これならワンダリングデススパイダーと同等かそれ以上の可能性もありそうだ。
「取りあえず取り込んでみますけど、取り込んだ瞬間、あの巨体が木と共に落ちてくると思うので下は空けといてくださいね」
そう言うと父様と兵士たちは遠くに離れていくので、糸を使って大木に登る。
近くで見ると糸の細さがやばい、その太さは0.1ミリぐらいだろうか。よくこんな細さで支えられているな。
糸に触れて取り込んでみる。
『カタストロフィプシケの糸を確認。登録しますか?』
【糸】カタストロフィプシケの糸
登録しますか? ・はい ・いいえ
ずいぶん物騒な名前の蓑虫だなと思いながらも〈はい〉と念じる。
【能力】糸(Lv6)
【登録】麻、綿▼、毛、絹、パスタ
【金属】鉄、アルミ、鋼、ステンレス、ピアノ線、ナトリウム、マグネシウム、チタン、タングステン、炭化タングステン、銅、銀、金、白金、ミスリル
【特殊】元素、スライム▼、スパイダー▼、カタストロフィプシケ|《New》、蔓、グラウプニル(使用不可)
【付与】毒▼、魔法▼
【素材】毛皮▼、ホーンラビットの角(47)、ダウン(43)、フェンリルの毛(51)
【形状】糸、縄、ロープ、網、布▼
【登録製品】カタログ
【作成可能色】CMYK
【解析中】無
登録完了と同時に糸がなくなり、蓑を剥がされたカタストロフィプシケは蓑であった木と共に落ちて行き、地響きを立てて地面と激突する。
上から見ているとカタストロフィプシケは自重でぐちゃっと潰れてしまい、結構グロいなと思った瞬間、体の力が抜けて僕は木から落ちてしまう。
幸い糸をくっつけていたのでぶら下がるだけで済んだのだが危なかった。気絶こそしなかったがレベルアップのやつだな。
【名前】エドワード・ヴァルハーレン
【種族】人間【性別】男【年齢】7歳
【LV】36
【HP】1020
【MP】1900
【ATK】960
【DEF】960
【INT】1340
【AGL】1070
【能力】糸(Lv6)▼、魔(雷、氷、聖、空)
【加護】モイライの加護▼、ミネルヴァの加護、フェンリルの加護
【従魔】ヴァイス、ウルス
――! レベルが上がりにくくなったはずなのに5つも上がっている! 僕はいったい何を倒したのだろうか?
しばらくすると体が動くようになったので下に降りる。
「エドワード、ヒヤッとしたけど大丈夫だった?」
「はい、糸をくっつけておいたので大丈夫でしたけど、どうやらレベルが5つも上がったみたいなんです」
「5つもかい? それは凄いね。糸の名前は分かったのかい?」
「はい、カタストロフィプシケと出てました」
『カタストロフィプシケ!』
みんなの反応からすると、ただの蓑虫ではなかったようだ。




