第13話 鬼神降臨
「エディ離しなさい! 絶対に許しません!」
メグ姉が鬼神の如く怒り狂って部屋を飛び出そうとするのを必死で止めている、僕の姿があった。
どうしてこうなった――。
◆
遡ること1時間前、上機嫌で帰った僕はメグ姉に今日あった出来事を話していたのだが。
「メグ姉! ついに糸の能力のレベルが上がったんだ!」
「どうやったら上がるか分からないって言ってたのに、上げる方法が分かったのね」
「そうなんだよ。今日、糸に色を付けられないかと思って染料を登録したんだけど、10種類登録したところでレベルが上がったんだ!」
「へぇ、たくさん登録するとレベルが上がるのね……くっ、はしゃぐエディ可愛すぎます。反則です」
「うん、レベルが上がったら、今度は鉱物を登録できるようになったんだけど、鉱物ってどこで手に入るか知らない?」
「鉱物? 鉄とか銅ってことね。どこで手に入るかしら。魔の森近くの山で鉄鉱石を冒険者が取ってくるって聞いたことがあるけど、エディにはまだ危ないわね。鍛冶屋で売ってくれると良いのだけど、商人ギルドで一度聞いてみましょうか?」
「商人ギルドっていうのがあるんだね。それって僕でも登録できるのかな?」
「確か登録料に金貨1枚と筆記試験だったかしら? でも今日、冒険者登録してきたんでしょ? 必要ないと思うわよ」
「それがギルドマスターって人が、生産職は危ないから登録できないとか、訳の分からないことを言っててさ。危なくない草むしりや掃除の仕事もあるでしょって言ったら『ギルドマスターのオレさまがダメって言ったらダメだ』とか言ってキレられてさ。最後には『ギルドでは俺様がルールだ』とかも言ってきたんで面倒だから帰ってきたんだ」
そして鬼が降臨したのだった。
「なんですって! あのクソガキそんな偉そうなことを私のエディに! ゼッテーコロス!」
見たこともない形相で叫ぶと、冒険者ギルドに向かおうとしたメグ姉を、恐怖で震える脚を押さえつけて前に立ちはだかり、しがみついて止める。
「メグ姉抑えて! 僕は気にしてないから抑えてお願い!」
「エディ離しなさい! 絶対に許しません!」
どうしてこうなった。商人ギルドに登録できれば解決だったはずなのに……。
7歳の僕が大人のメグ姉を止め続けることができるはずもなく、振りほどかれそうになったので思わず。
「糸よメグ姉に絡み付け!」
そう言うと糸がメグ姉に絡みつくも、即座に千切れた。
「くっ、麻縄よメグ姉に絡み付け!」
麻縄で縛ってみるが、これもブチブチと音を立てて即座に千切れる。
もっと強い、しっかりとした糸が必要だと感じた僕は、ロープをイメージして叫ぶ。
「ロープよメグ姉を縛って!」
すると、直径2センチぐらいのロープがメグ姉を縛り上げ、メグ姉はやがて身動きが取れなくなる。
「エディ解きなさい! くっ、何かに目覚めちゃいそう……」
暴れるメグ姉にロープが食い込む……ちょっとエロい。
「メグ姉落ち着いて! 冒険者登録できなくて逆に良かったのかもしれないから」
「なんで登録できないのが良いのよ!?」
こうなったら最終手段しかない。
僕はメグ姉に抱きつくと。
「お願いメグ姉! いつもの優しいメグ姉に戻って!」
迫真の演技でちょっと涙も見せる。もちろんウソ泣きで、今なら子役も目指せそうだ。
しかし、メグ姉には効果覿面だったようで、真っ赤な顔からみるみるうちに元の優しい、いつものメグ姉の顔に戻っていく。
「エディちゃん! お姉ちゃんちょっと取り乱しちゃったわ、ごめんね」
「大丈夫だよ!」
ちょっとじゃないと思うんだけど、取りあえずミッションコンプリート! すげー疲れたし、怖かった。
「エディ、お姉ちゃんもう大丈夫だからこれ解いてもらえる? ちょっと食い込んで痛いわ……癖になりそうだけど」
「分かったよちょっと待ってね」
メグ姉を縛っているロープを解いていく。咄嗟のことだったけどかなり丈夫なロープを作れたな。ある程度しっかりしたイメージがあれば、登録しなくてもいけるみたいだ。
「はい、メグ姉取れたよ」
「ありがとう。今度また縛ってもらえる?」
「えっ⁉ 今なんて?」
「じょ、冗談に決まってるわ……危ない、今一瞬本音が漏れちゃったわ」
「だよね! びっくりしちゃったよ」
「ところで、さっきの冒険者登録できなくて良かったってどういうことかしら?」
「覚えてたんだね。ほら冒険者登録するときにステータス見られるんでしょ? 僕のって見られたらヤバいのかなって」
「……確かにそうね、それはまずいわ。冒険者ギルドで使っているやつは教会のより大雑把なんだけど、それでも【加護】とかはどう表示されるか分からないし。結果的に良かったのかしら?」
「それに、糸や布を作れるから商人ギルドで登録した方が良いと思うんだけど、当面の問題は登録料の金貨1枚かな。糸や布がいくらぐらいで売れるかだよね」
「それくらい、お姉ちゃんが出してあげるわよ」
「メグ姉にそこまで迷惑はかけたくないけど、取りあえず貸しては欲しいかも」
「お姉ちゃんとしてはどんどん頼って欲しいんだけどね。そうだ! エディにプレゼントがあったんだったわ。はいこれ、こっちが綿糸でこっちが毛糸よ」
「メグ姉ありがとう!」
僕は嬉しさのあまりメグ姉に抱きついた。自分で抱きついておいてちょっと恥ずかしくなったのだが、見た目は子供、頭脳は大人の名探偵もこんな気持ちなんだろうか。
「エディに抱きしめられてる……これはヤヴァイです。癖になりそうです」
メグ姉は小声で何かブツブツ呟いていた。
僕は綿糸と毛糸を早速登録した。
【能力】糸(Lv2)
【登録】麻、綿、毛
【形状】糸、縄、ロープ、布
【作成可能色】黒、紫、藍、青、赤、桃、橙、茶、黄、緑
【解析中】無
形状の欄が増えて、ロープの形状もしっかり増えている。形状は自分で作ればバリエーションも増えそうだな。
「メグ姉のおかげで登録が増えたよ。本当にありがとう」
「どういたしまして。こっちもご褒美もらったから寧ろプラスよ」
「えっ、何が?」
「あっ、その辺は気にしなくていいわ。本当は生糸も買ってあげたかったけど、ちょうど在庫がないみたいで買えなかったの、ごめんね」
「生糸? あー確かにシルクは貴重で高そうだよね」
「この町は辺境伯領でもさらに辺境にあるので、贅沢品は手に入りにくいのよ」
「手に入りにくいってことは、作ることができれば高く売れるってことだよね?」
「それはその通りだけど、生糸は魔物が吐く糸を殺さないように、採取しないといけないから危ないわ」
さすがは異世界、蚕も魔物なのかやっぱり大きいのかな……などと考え込んでいるとメグ姉が何か思いついたかのように。
「そういえば、シルクの布があったわね……」
「大切なものなら無理していらないからね」
「大切といえば大切なんだけど……」
そう言ってメグ姉は前に見せてもらった、僕が入れられていた籠を持ってきて中から布を取り出す。
「これよ。エディを包んであったお包み。これが絹で作られているの。エディが大きくなって旅立つ時に売れば足しになると思って、取っておいたのだけど登録してみる?」
「もちろん登録するよ! 登録できれば、あとは魔力さえあれば作れるからね」
そう言うと僕はお包みを登録してみる。
【能力】糸(Lv2)
【登録】麻、綿、毛、絹
【形状】糸、縄、ロープ、布
【作成可能色】黒、紫、藍、青、赤、桃、橙、茶、黄、緑
【解析中】無
「よし一発で登録できた!」
「ふふっ、嬉しそうね」
「今日だけでバリエーションがいっぱい増えたからね。それでメグ姉、今日も魔力使い切ろうと思ってるからまたお願いできる?」
「分かったわよ。糸を出すのね」
「せっかくだし、絹布を出してみるよ」
僕はそう言うと、絹布を魔力尽きるまで出し始める。
そうして、今日も意識を失うのでした。




