第116話 カラーヤ侯爵領へ向けて
王都を出発して数時間、カラーヤ侯爵領へ向けて移動しているのだが、イーリス街道と違い整備されていない道や魔物の襲撃もあり思うように進んでいなかった。
「この辺りの道は結構険しいんだね?」
現在進んでいるのは崖の谷間である。
「そうでしょうか? イーリス街道以外はどこもこんな感じだと思いますが」
ジョセフィーナが答える。
「でもジョセフィーナさん、ヴァルハーレン領はどこの街道もそれなりに整備されていますよね?」
アスィミは違う意見らしい。
「アスィミはヴァーレイレム王国ではヴァルハーレン領から出たことが無いんでしたね。ヴァルハーレン領は魔の森とイグルス帝国両方に隣接しているから防衛の要なんです。どちらにも対応出来るように、街道の整備はしっかり行われているのよ」
「へー、そうだったんだ。ジョセフィーナは色々旅をしているから頼りになるね。魔物も結構出るみたいだし、この間のパーティーはみんな苦労して来てたってことだよね?」
「そうですね。イーリス街道から離れている貴族は大変だったと思われますね」
「ルージュ伯爵なんか、海に面したヴァッセル公爵の隣だけど、ヴァッセル公爵領と違ってイーリス街道が遠いから大変だったのかな?」
「ルージュ伯爵は船を使い、海からヴァッセル公爵領の主都ファンティーヌに行ってからイーリス街道を使うので、そこまで大変ではないらしいです。もちろん最南方からになるので、イーリス街道を使ってもかなりの日数はかかりますが」
「へー、船を使うんだね。と言うことは、カラーヤ侯爵が一番大変なのかな?」
「そうですね。カラーヤ侯爵領は、私が知っている中では一番険しいかと思われます」
各貴族大変な思いをして、僕の快気祝いに来てくれたんだな、なんて考えていると。
「エドワード様の復活祭は、代替わりされた大公家の力を見せつけるには十分だったと思われます。本来、貴族が自領の弱みを見せることはありません。カラーヤ侯爵が魔物討伐の応援を頼むということは、大公家の力を認めた証かと思われます」
「だといいんだけどね」
横を見ると、メグ姉が暗い。コラビの町が陥落したことに、かなりショックを受けているようだ。
「メグ姉、町のみんなは避難したって言ってたからきっと大丈夫だよ」
「分かっているのだけど、もっと魔物狩りしておけば防げたんじゃないかなって思うとね……」
「慰めではないですが、領でスタンピードが起こらないよう魔物狩りするのは領主の仕事になります。元々コラビの町は弱い魔物が多いため、強い冒険者は寄り付きません。住民を避難させた件は褒められても、スタンピードが起こらないように魔物狩りを怠った点はモトリーク辺境伯の責任になります。マルグリット殿はお気になさらないように」
領主と冒険者ギルドは連携してスタンピードが起こらないよう、積極的に魔物を狩らなければならないのだが、ジャイアントスパイダーの件があったにも関わらず、モトリーク辺境伯は魔物狩りを行っていなかったらしい。
進んでいた馬車が停まる。また魔物だろうか。
「ちょっと見てまいります」
ジョセフィーナが様子を見に行く。基本的に魔物は先行部隊が駆除しながら進んでいるのでここまで長い停車は初めてだ。
「エドワード様、この先の道が崩落で塞がれているようです!」
「どんな状態か見に行くよ」
僕が馬車を出ようとした時。
『エディ! たくさんの魔物の臭いが近づいてくる。多分オークの臭いだ』
「本当に!? ジョセフィーナ! アーダム隊長にオークが襲ってくるって知らせてきて!」
「畏まりました」
「ヴァイス、どっちの方向から?」
『後ろからだ!』
ヴァイスを頭の上に乗せると、馬車の外に出て後方の兵士たちに呼びかける。
「みんな、後方からオークの襲撃だ! 各自、戦闘態勢!」
呼びかけると、後方にいた兵士たちはすぐに戦闘態勢になり、しばらくすると崖の上の森がガサガサし始める。
「ヴァイス、オークの中に人間は混ざってそう?」
『オークのみだ! ジェネラルの臭いもする。お肉は頼んだぞ!』
どうやらヴァイスの中では既にオークは美味しいお肉という認識らしい。
「先に糸を撃って牽制するから、僕の射線上に入らないように!」
『はっ!』
オークだから鉄の糸でいいか、直径1センチ、長さ10センチの鉄の糸を森に向かって大量に撃ち込む。
鉄の糸に命中したオークたちが崖の上から落ちてくる。それと同時にまだ元気なオークたちも降りてくる。兵士たちはオークとの交戦を開始するが、不意打ちにはならなかった上に、メグ姉やアスィミも援護してくれているため余裕で対処していた。
僕はオークジェネラルを探すが、見つけることが出来ない。
「ヴァイス、オークジェネラルはどこ?」
『左の崖の上だ。奇襲に失敗したせいかこちらの様子を窺っているな』
よし、オークジェネラルが戦闘を見ている間に回り込もう。
少し離れた所から糸を使って崖に上がり、回り込むと、オークジェネラルとオークの後ろ姿を確認できた。
普通のオークもまだ10頭ぐらいはいるな。オークが逃げないように木の間にワンダリングデススパイダーの巣を張り巡らせると、炭化タングステンの糸でオークジェネラルの頭部を貫通して仕留める。
突然死んだオークジェネラルを見て、残りのオークが慌てて逃げようとするが、張り巡らせていたワンダリングデススパイダーの巣に引っ掛かり、動きが取れなくなるので一匹ずつ仕留めていく。
崖の下を見てみると、ちょうどオークの討伐が完了したところだった。
倒したオークを回収して下に降りると、アーダム隊長とジョセフィーナが来ていたのだが。
「エドワード様! 単独行動されては困ります!」
「その通りです!」
アーダム隊長とジョセフィーナに怒られてしまった。
「オークの奇襲を察知して、ジョセフィーナを使いに走らせ、後方部隊に戦闘準備を取らせた所までは満点ですが、その後の単独行動がダメダメです」
「オークジェネラルが様子を窺ってたから、コッソリ倒しに行ったんだけどダメだった?」
「護衛の兵士を置いて、単騎で戦闘に行くなんて以ての外です! エドワード様のお力が必要な時は、こちらからお願いに上がりますので、それまでは馬車の中で待機するようお願い致します」
「ごめんなさい」
「エドワード、アーダムに絞られてるね」
父様と母様がやって来た。
「エドワードはもう少し周りの力を信用しなければダメだよ。うちの部隊なら、頑張ればオークキングぐらいは倒せるはずだよ」
「いえ、オークキングが相手なら無傷ではすみませんので、ハリー様に出陣していただきます」
「だそうだよ」
被害が大きそうな時は父様も出てくるってことなのかな?
「適度に強い魔物と戦うことは、我々の訓練にもなりますので、今後は指示まででお願い致します」
「分かったよ。勝手に行動してごめんね」
「いえ、ご無事ならなりよりです。それでオークジェネラルは仕留められましたか?」
「うん、後ろから突き刺すだけだから簡単だったよ」
そう言って仕留めたオークジェネラルを出すと、歓声が上がる。
「オークジェネラルだけじゃなく、普通のオークも待機してたんだけど、オークキングがどこかにいるのかな?」
「そうだね、そこまで統率が取れているのなら、どこかに集落があるのかもしれないね」
『何!? キングもいるのか? エディの父親に殺させてはダメだぞ! 肉がダメになる!』
「……」
この食いしん坊狼は……。
「エドワード、ヴァイス殿は何て言ってるんだい?」
父様が質問してきた。何て答えようか。
「それが、オークキングが出ても父様は攻撃しないようにって」
「僕が攻撃するのはダメなのかい?」
「はい、お肉がダメになるから、父様は攻撃するなと言ってます」
「わっはっは! それは確かに間違いないですな! ハリー様が倒されると肉片に変わってしまいますので!」
アーダム隊長の一言で、兵士たちは大爆笑になった。やはり、父様は確実におばあ様の血を継いでいるなと思った瞬間だった。




