生誕祭
生誕祭当日、ジュリアンから側妃の宣言を受けたリリスは嬉々としてジュリアンの横に陣取っていた。まるで自分が正妃であるかのようなふるまいに顔をしかめる者も多かったが、ジュリアンが何も言わずに側に居たため他の貴族たちはひそひそと話をするしかなかった。ミリアはそんな二人を近くで見つつも、自分の気持ちと折り合いをつけねばと気丈に振舞っていた。
「ミリア様、今日はわたくしの為にジュリアン様といさせていただいてありがとうございます」
ミリアはリリスに今日はジュリアン様と一緒にいたらどうか、などど言っていないがこの状況を良しと捉えたのかリリスはジュリアンの腕にしっかり自分の腕を絡めてミリアに向き合った。
「いいえ、わたくしは何も。それにしても陛下、体調は大丈夫ですか?」
「あ、あぁ・・・・問題ないよ・・・」
以前のミリアの顔色も相当ひどかったと思うが、今のジュリアンの顔色は青白いというより土気色だ。隣にいるリリスが頬を染めているせいでい隣り合う顔色のコントラストの対比がすごい。ミリアはこのあとの時間ジュリアンに指輪を渡したいと考えていたが、別日にするか悩むほどだった。どうするべきかと考えている所でジュリアンから声をかけられた。
「ミリア、このあと時間はとれるだろうか。少し君と話がしたいんだ」
「ジュリアン様、わたくしは?わたくしも側妃となるのですもの。もっとジュリアン様とお話しさせていただきたいわ」
すかさずリリスがジュリアンの腕をひっぱる。さすがにジュリアンもそこまでベタベタされる事は許していないらしくやんわりとだがリリスを引き離した。
「えぇ。わたくしも陛下とお話しさせていただきたいと思っておりました。陛下のご都合が悪くなければわたくしが参りますわ」
「ありがとう。それでは後で時間や場所の知らせをするよ・・・」
「ジュリアン様、わたくしもお話があるのです。お茶会を開催しようと思いますので、新しいドレスと宝石が欲しいのです」
「・・・・・・・リリス、僕は・・・・・・・・・・・・・・わかったよ。ドレスと宝石は予算の中でだが好きにすればいい・・・・」
「まぁ!ありがとうございます!」
リリスは薔薇色の頬をさらに染め上げて、スキップでもするかのようにその場を立ち去った。
「陛下・・・・」
「・・・・・すまないこんな所を見せて。では後程使いのものをやるから・・・」
「かしこまりました」
本来であれば生誕祭なのだからこんな会話をすべきではなかったのだろうが、リリスが側妃になる宣言をしべったりと張り付いていたリリスに相当疲弊しているであろうジュリアンの事を思うと申し訳なかったが、この日まで話せる機会が全然なかった為こうなってしまった。
それでもミリアは魔女から渡された指輪を渡すのは生誕祭である今日しかないとしていた為、無理やりにでもジュリアンとの約束を取り付けることができて少し安心していた。
生誕祭である今日、リリスは先日言っていた通りジュリアンによって側妃となる事を宣言された。多くの貴族は驚いた様子ではあったが、形式上拍手でリリスは迎えられた。そしてミリアの刺繍もジュリアンに献上された。刺繍を見たジュリアンはミリアを愛おしそうに見てくれたが、ミリアはどんな表情を返したか自分でもわからなかった。
そしてその夜、ジュリアンからの使者がジュリアンと会う時間と場所の指定を告げに来た。ミリアは自分がジュリアンの部屋へと向かうべきであろうと思っていたが、予想に反してジュリアンが選んだのはジュリアンがミリアの部屋に訪れるという事だった。
部屋で待つこと数刻、ジュリアンがミリアの部屋を訪れた。
「ミリア、すまない」
「ジュリアン様、まだ部屋に入る前ですよ。お話しは向こうでいたしましょう?陛下にお茶を。あとはわたくしがするからお茶を用意したら下がっていいわ」
ミリアが侍女に伝え、侍女もすぐさまお茶を用意し持ち場を離れた。部屋の中にミリアがお茶を入れる音が響く。大きな音ではないのに、二人とも何も言葉を発していない為かお茶をカップにそそぐそれだけの音がとても大きく聞こえた。
「どうぞ」
「・・・・・・・・・・・・ありがとう。いただくよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
無言でお互いにお茶を飲んでいたが、観念したのか先に口を開いたのはジュリアンだった。
「ミリア、僕は君に対して酷い裏切りをしてしまった、本当にすまない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ジュリアン様・・・・・・・・・・・あの日、何があったのか・・・・教えていただけますか?」
「・・・・・・もちろんだよ。君にはその権利がある。そして僕には伝える責任がある・・・・」
そして語られたのはジュリアンが打ち合わせと言われジェネルー侯爵とジェネルー侯爵令嬢と共に会議室へ入った事、打ち合わせを行っている間に嗅ぎなれないにおいがしそのあたりから記憶が曖昧になっている事、起きた時にはジェネルー侯爵令嬢が使っていた客室の寝室で二人とも一糸まとわぬ姿でいた事、ジェネルー侯爵令嬢が妊娠している可能性がある事・・・・
「なんて事・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・こうなってしまったのは全て僕の迂闊さのせいだ・・・・・・・・君にいらぬ負担を強いて本当にすまない・・・・・」
「ジュリアン様は嵌められたのではないですか」
「そう・・・だね。僕がこんなにも気弱だからつけ入る隙を与えてしまった。本当に何度謝っても足りない位だ」
「でもジュリアン様がリリス様を側妃として宣言されたからには、もう覆すことはできませんわ・・・・」
「その通りだ。本当にすまない。どう君に償えばいいかなんど考えても答えがでない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
また気まずい沈黙が流れる。
ジュリアンはリリスに、いやジェネルー侯爵に嵌められてリリスを側妃にしなければならない状況にさせられたのだ。ジュリアンが望んで側妃にしたわけではなかった事がはっきりわかり、ミリアは少しだけほっとしてため息をついた。
「すまない、ミリア、本当にすまなかった。だから、僕を見捨てないでほしい・・・・・・・・・」
そう言ったジュリアンがまるで捨てられた子犬のようだと思い、ミリアはくすりと笑いをこぼした。
「ジュリアン様、捨てないでほしいだなんてまるで女性のようなことをおっしゃいますね」
「・・・・・・・・・・・・・・・本心だよ」
「はぁ・・・・・・・・・・・・・わかりました。ジュリアン様がこのような状況に陥れられたということが」
「・・・・・・・・・・本当に、すまな」
「もう謝罪は不要ですわ」
その言葉を拒絶と捉えたのかジュリアンの体がビクリと震えた。
「違います。わたくしは・・・・・・・・・・わたくしはこんな事になってもあなたを、ジュリアン様をお慕いしておりますわ」
「えっ・・・」
「ジュリアン様にとってわたくしがどんな存在であっても、わたくしはジュリアン様を、あ、愛して・・・おります・・・」
しっかり伝えてきめようと思っていたのに、いざ口に出すと恥ずかしさが勝ってしまい、ミリアは顔を真っ赤にしてうつむいた。
「ミリア・・・・・・・・・ありがとう。こんな状態の僕が言っても説得力がないけれど・・・・・・・・僕もミリアを愛しているよ」
「ジュリアン様・・・・・・・・・・」
ジュリアンが「愛している」と言ってくれるとは思っていなかった。ミリアの目から涙が一滴こぼれた。
「ミリア、本当にすまない。君をこんな状況にさせてしまった。でも、本当だ。約束する。誓ってもいい。僕は君を愛しているんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・わたくし、ジュリアン様にプレゼントを用意しておりまして・・・・」
「え?刺繍もあんなに頑張ってくれたのにプレゼントまで?」
「えぇ。わたくしと揃いの指輪です」
「すごく、すごく嬉しいよ。ありがとうミリア。見せて?不思議な模様が入っているんだね」
「えぇ、そうなんです。揃いでつけたらジュリアン様ともっと近くにいられるかなと思いましたの・・・」
そう伝えたミリアは耳までも赤くなっていた。本当は魔女にもらった約束の指輪は最初から魔術陣のような模様が彫られていたが、何を意味するのかミリアも魔女からは聞いていない為、模様についてはあえて答えなかった。
「早速つけるよ。良かったらミリアの指には僕がはめてもいいかな?」
「・・・・・・・・お願い、します・・・・」
その日から二人の指には揃いの指輪がつけられるようになった。
その後のミリアとジュリアンの関係は悪くなることはなく、リリスもドレスや宝石の購入に満足しているのか目立ってミリアに何かをしてくることもなかった。
リリスの妊娠がわかるまでは。
リリスが体調をくずしていると知ったミリアはそれがつわりだとは思わなかった。王妃と側妃としてその後何度かお茶会をしたが、リリスも表立ってミリアに対して文句を言ってくるわけでもなく、少し傲慢さはあるものの交流がもてない人物でもないとミリアは感じていた。
「リリス様、ご体調がすぐれないとの事ですが、大丈夫でしょうか?」
ミリアは純粋にリリスの体調を心配し、自室で休んでいるリリスの所へ赴いた。
「ミリア様、わざわざありがとうございます。体調は問題ありませんわ。ただのつわりですもの」
「・・・・・・・・・・え」
「わたくし、妊娠しましたの。もちろんジュリアン様のお子ですわ」
ミリアはショックで気を失いそうだった。
「ジュリアン様との・・・・・・・・・お子・・・・・・・・」
「そうですわ。なので休んでいれば収まりますので、わざわざお越しいただきましたが、わたくしは大丈夫です」
「そ、そうですか・・・・・・・・おめでとうございます・・・・」
「ありがとうございます。それでは失礼いたします」
ミリアはその後どうやって自室へ戻ったかわからなかった。ジュリアンの子供が彼女のお腹にいる、その事実が彼女を絶望へといざなった。さすがに妊娠となると今まで気丈に振舞っていたミリアもそうはいかなく、しばらくふさぎ込んだ。そしてリリスの懐妊がわかってから数週間後、ミリアはお茶に混ぜられた毒を飲みその短い生涯を終えた。
「ミリア・・・ミリア・・・・・」
ジュリアンは葬儀が終わり、埋葬されるまでずっとミリアの棺にすがっていた。
「僕をおいていかないでくれ・・・・・君と・・・・・・離れたくないんだ・・・・」
「・・・・・陛下、お時間です」
ジュリアンにそう告げたのはマーティアスだった。ずっとジュリアンのそばに居たからこそジュリアンの嘆きはポーズなどでない事はよくわかっていたが、リリスという側妃を急に娶ったジュリアンに対して、ミリアにはそれほど情をもっていなかったのではと勘繰るものも少なくなかった。
マーティアスは今までの経緯を知っているし、ジュリアンがミリアの事を本当に好きだった事も知っていた為つらい役割ではあったが、それでも言わなければならない事があった。
「陛下、ミリア様の事は残念でしたがあなたにはリリス様とリリス様のお腹にいらっしゃるお子もおります。どうかお気を確かに・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかった」
消え入りそうな声で返事をしたジュリアンがふらつきながらも立ちあがる。
「僕には、まだやるべき事がある・・・・・・・・・・・・・・」
言葉だけ聞くと気持ちを立て直したように聞こえるが、ジュリアンの目にはすでに光がなかった。
その後執務を行うことで正気を保っていたジュリアンはリリスの出産より少し前に病にかかり、ジュリアンもまた短い生涯を終えた。
ジュリアンの死後、リリスはすぐに出産し男児を産んだ。それをもってジェネルー侯爵がまだ幼い王太子の後ろ盾となり政治を仕切る事になった。王国はジェネルー侯爵の独裁政治の時代となった。
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