生誕祭の罠
数か月がたってもまだミリアとジュリアンの仲に目立った進展は見られない。それどころかジュリアンの執務は自身の生誕祭に向けて忙しくなるばかり。執務室に出入りできる人々は少し不安気な顔をするものもいた。
ただ、あくまで二人を見ている側はそう捉えていたが、二人の距離は確実に近くなっていたし、二人の気持ちの距離も確実に近づいていた。
「このままいけば楽に死ねるのではないか?」
物騒な独り言をもらすジュリアンにマーティアスも苦笑いでしか反応できない。
「自分の誕生日に向けて忙しくなるとはどういう事なんだ・・・ミリアとはいまだにゆっくりする時間もとれないというのに・・・」
マーティアスの他に侍従がいるにも関わらず漏れる国王の声に、さすがに執務室の雰囲気が悪くなる。
ジュリアンは気は弱いが責任感はあるのだ。
「でしたら本日の執務は急ぎのものだけ片付けられて、午後はお休みされてはいかがでしょうか?」
本来ならばもっと早くこのような時間がとれればよかったのだが、次から次へとでてくる執務のせいで本当に時間がとれず
ミリアとの仲も深められていないジュリアンにさすがに気の毒になったマーティアスが告げる。
「大丈夫だろうか」
ジュリアンは心配そうに告げたが、マーティアスがおまかせ下さいと深々頭を下げ伝えると急ぎの執務を片付け執務室を後にした。
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その頃ジェネルー侯爵家の娘のリリスは生誕祭に向けて侯爵である父と共に王城へ向かう馬車の中にいた。
「お父様わたくしがジュリアン様に嫁ぐ事ができたら、今よりたくさんの宝石とドレスを買っても本当によろしいの?」
「もちろんだとも、リリス。私の可愛い娘。」
「嬉しいわぁ・・・わたくし今欲しいドレスがあるの。帝国から入ってきた最新の型ですのよ」
「そうかそうか。リリス、私の言う通りにするんだぞ。ジュリアン様はとても気の弱いお方だ。お前と話す機会を必ず作るからそうなったらお前のハンカチにしみ込ませたこの香りを嗅がせるんだ。そうすればジュリアン様はお前のものだからね。」
「わかりましたわ、お父様。わたくしドレスの為にがんばります!」
リリスはとても容姿の整った女性だが、18歳という年齢の割に考えが幼く、侯爵のいいように使われていた。ただ、ジュリアンに嫁ぎたいのは「最新のドレスや宝石が欲しいから」この気持ちだけはリリスの本音だった。
「ジュリアン様に嫁ぐことができれば宝石もドレスも買い放題・・・素晴らしいわ」
リリスは頬を染めて窓の外を眺めた。
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「やっとミリアとの時間が取れる」
気持ちだけはスキップをしながら王族用の離宮へ向かっていた時、苦手な相手から声をかけられた。
「陛下、お探しいたしました。」
「・・・・・・ジェネルー侯爵。リリス嬢も。どうしました?何か急ぎの用が?」
「嫌ですわ陛下。生誕祭についての打ち合わせがあると父が申しておりましたので、わたくしも陛下にお会いしたくて・・・」
リリアは不敬という言葉も知らないのか、ジュリアンの腕に腕をからませた。
ジュリアンはリリアを振りほどこうとするが、しっかり胸を押し付けられてしまい無理やり振りほどくと転んでしまうのではないかと思い振りほどくのをやめた。それこそこの二人の思うつぼだというのに。
「・・・・それでジェネルー侯爵、打ち合わせというのは・・・?そんな話はなかっただろう?」
「それが、当日のスケジュールに変更が生じたのです。資料をお持ちいたしました。リリス、お前に預けた資料を出してくれるか?」
「はい、お父様。陛下、廊下ではなんですので近くの部屋へ移動していただいてもよろしいですか?」
「・・・・・・・・・・・わかった」
ジュリアンはここで断らなければならなかった。あまりにも人の通らない廊下。気配が途中で消えた護衛。都合よく近くにある部屋。
そして何よりもスケジュール変更の資料などははなから用意されていなかったのだから。
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