ランドセルと誘拐犯
「……ここは?」
目を覚ました男の子が辺りを見渡す。
そこは車の中。車窓からはたくさんの木々。山あいの真っ直ぐな道を速いスピードで走っている事から、ここが高速道路と想像できる。
「どこに行くの?」
助手席に座る男の子が車を運転する女性に尋ねた。
「ずっと遠くよ」
女性はちらっと男の子を見て、そう答える。
「パパは?」
「……パパは来ないわ」
「このランドセル、さっきパパに買ってもらったの」
「……そう」
「お家に帰らないとパパに怒られちゃう」
「……」
「だから、お家に帰して?」
気丈に振る舞う男の子だが、膝はガタガタと震え、その上に置かれたランドセルをギュッと抱き締めている。男の子の目に涙が滲む。
女性は無言で運転を続けた。
一方、男の子の父親はデパートの店内で怒り狂っていた。
「あの女だ! あの女の仕業だ! くそ! 俺の一人息子だぞ! 絶対に取り返してやる!」
車をサービスエリアに駐車させた女性はエンジンを切り、シートベルトを外して男の子の方に向き直した。
「ごめんね、今まで助けてあげられなくて」
「え?」
女性は男の子をじっと見つめる。
「私はあなたのママなの」
「えっ!」
驚く男の子に女性は続けた。
「あなたを産んだ後、心の病気になって、その事でパパが怒って、たくさんママを叩いたの。痛くて怖くて、あなたを連れて逃げたんだけど……」
女性の頬を涙が伝う。
「すぐに見つかってしまって、あなただけ連れ戻されたの」
「そう、なんだ」
「ママ、病気が辛くて、あなたの事、助けに行く事ができなかった」
「……」
男の子は涙を流す女性をじっと見つめる。
「僕もね、怒られるといつもパパに叩かれるよ」
「……!」
「ママも痛かったんだね。僕と一緒だね」
「……っ!」
女性は男の子をギュッと抱き締めた。
「ごめんね、……ごめん。もう、大丈夫。……これからはママと一緒に暮らそうね」
「……ランドセルは? このランドセル、持って行ってもいい?」
「もちろんよ」
小学校の入学式。ランドセルを背負った男の子が母親と手を繋いでいる。父親からの暴力によりできた痣は綺麗に消えていた。男の子はキラキラと目を輝かせ、力強くその一歩を踏み出した。