クレール王子2
クレールの髪の色が茶色から薄い砂色に変わっている。髪色が変わるだけでずいぶん印象が違って見えた。
「その姿が本当の姿ですか」
アルの問いかけにクレールは頷いた。
「クレール殿下もいらしたことだし立ち話もなんですから下の談話室で話しましょう」
カシムが船室の入り口を指した。
心地よい風が私の頬を撫でた。ヒラリーが船尾で風を送っているのだろう。船の帆が風を受けて膨らんでいる。急にヒラリーの事が気になった。
カシムの後に付いて船室に向かうアルに声を掛けた。
「ヒラリー様のところに行っても良いでしょうか」
アルとグレッグは立ち止まり、風を受けて膨らんでいる帆を見上げた。
「僕が残るよ」とグレッグが言った。
「そうだな。ヒラリーにはイルカよりもグレッグが側にいる方が嬉しいだろう。グレッグ、ヒラリーの事はお前に任せる」
グレッグはコクリと頷くと、ヒラリーがいる船尾に向かった。
私とアルは扉の前で待っているカシムたちのところに行く。
私たちが合流するとカシムは扉を開けた。扉の中は廊下があり正面奥に扉が見えた。置くの扉に向かうと思っていたが、カシムは廊下の横にある階段を下りはじめた。1階降りた所でその階の廊下に出た。階段は下にも続いていた。下の方からは機械の唸る音が聞こえる。帆船は帆だけで動くだけではないようだ。
1回したの廊下の両側には扉が並んでいた。
私たちは廊下を進み突き当たりの扉の前で立ち止まった。
カシムは扉を開け中に入るよう促した。
部屋の中は意外に広かった。両側にある円い窓からは朝日が差し込んでいる。夜が明けたようだ。打合せ用の部屋だろうか、中央には丸テーブルと椅子が数脚あった。壁にはソラシド国を中心とした近隣国の地図が貼ってある。
カシムは私たちが部屋に入ると扉を閉めた。そして、クレールと並びアルの前に立った。
「まだ安全とは言えませんが、ひとまず島を脱出できました。アル殿たちの働きに感謝しています」と胸に手を当て頭を下げた。
「こちらこそ島から出ることが出来て助かりました。そのように頭を下げられては困ります」アルは困惑した様子で二人に頭を上げるよう促した。
「これからは、私のことはカイヤではなくクレールと呼んでください」
クレールがアルに手を差し出した。
「分りました。クレール殿下」
アルはクレールの手を握り返した。
「上でカシム殿からあらかたの話しを伺ったのですが、クレール殿下からも話して頂けるのですか」
クレールは頷くと私たちに椅子を勧めた。
アルと私が座ると対面にカシムとクレールが座った。
「私はカシム殿にはカイヤの事で大変申し訳ない事をしました」
クレールは沈んだ顔でカシムを見た。
「何を仰います。カイヤは喜んで殿下の身代わりになったのです」
カシムは慌ててクレールに言った。
「先ほどのカシム殿の話しによると、クレール殿下とカイヤはとても似ていたそうですね」
「ええ、双子と言われてもおかしくないくらい似ていました」
「殿下とカイヤは同じ年の生まれで、瞳の色が少し違っているだけでした」とカイヤが言った。
「私とカイヤはほんの数日違いで生まれました」
「殿下の方が数日早かったのです。殿下が生まれた次の日、登城する用事があって城に出掛けたのです。用事を終え帰ろうと準備をしていたとき、陛下から妹と王子に会って行くようにと声を掛けて頂きました。通常であれば城に行ったとしても私が妹に会うことはないのですが、陛下は自分に似た王子の誕生をとても喜んでいたので、私にも会っていくようにと勧めたのです。それで生まれたばかりの殿下に会いに行きました。クレール殿下を一目見て公爵家の特徴を継いでいると思いました。公爵家の特徴のある殿下がどうして陛下と似ているかと不思議に思われるかも知れませんが、公爵家は先々代の王の弟のために作られた爵位でしたから、陛下に似ていても不思議では無かったのです。前王も陛下も公爵と同じ髪色でした。他の王子様は母方の色だったので、陛下は自分と同じ髪色の殿下が生まれて嬉しかったのだと思います。
その数日後、私の妻が出産しました。私はカイヤを一目見て驚きました。先日会ったばかりのクレール殿下とそっくりだったのです。砂色の髪に青い瞳。双子の様に似ていました。このままではいけないと私は危機感を覚えました。私は妻にあまりにもクレール殿下と似すぎていることを話し、このままでは良くないことが起きるかもしれないと言いました。妻も第1側妃が常々妹に嫌がらせをしているのを知っていたので、王子が生まれた事を快く思っていないだろうと考えていたそうです。王子にそっくりな子がもう一人いたら何をされるか分ったものではありません。そこで、生まれたばかりのカイヤの髪を染める事にしました。幸いカイヤを取り上げた産婆は妻の身内だったので、そのことは子爵家の秘密となりました。公爵家にもこの事実は告げていません」
「この髪色は王家と公爵家の特徴なのです」
クレールが自分の砂色の髪を触った。
「父と兄、側妃となった妹も同じ髪色でした。私だけが兄弟と違い母系の茶色でした。妻も明るい栗色でしたから、まさかカイヤが公爵家の髪色で生まれるとは思いませんでした。事前にクレール殿下に会ってなければ染めることはなかったと思います」
「カシム殿は双子の様に似ているカイヤが何故危険だと考えたのですか」
アルはカシムを見た。
「陛下の寵愛を受けている妹が王子を産んだことに、第1側妃が快く思っていないのは分っていました。第1側妃は妹の懐妊の発表の後から嫌がらせが酷くなりました。殿下は生まれる前から危険がつきまとっていたのです。そんな中に、あまりにも似すぎているカイヤの存在が知れたら、第1側妃はどう思うでしょうか。殿下のためにもカイヤのためにも知られる訳にはいかなかった。それで髪を染めることでカイヤの外見を変えたのです」
「目の色はカイヤの方が少し濃い青でした。5歳を過ぎたころにカイヤは私の遊び相手として城に呼ばれました。私たちは王城でいつも一緒に遊んでいました。髪の色が違ったからカイヤと私が似ていても従兄弟だからと思われる程度でした」
クレールはカイヤを思い出しているのか遠い目をして船窓の向こう側を見た。
「王太子殿下がいたので、第1側妃からの嫌がらせはありましたが、クレール殿下に関してはそれほど酷いものではありませんでした。しかし2年前に王太子殿下が亡くなった事で、殿下の周りがきな臭くなってきたのです。お茶に毒を入れられたり、事故に見せかけて怪我を負わせたりされるようになりました。妹の側近やメイド達が第1側妃の動向に気を付けていたので大事には至らなかったのです」
「王太子殿下の死は表向き病死となっていますが、私たちは毒殺されたと思っています」
「病死ではなく毒殺ですか。その根拠は何ですか?」
思ったよりも平静な声でアルが聞いた。
「数時間前まで陛下と打合せをしていたそうです。その時には何の予兆も見られず元気にしていたそうです。急に病気になって亡くなることは考えられません!」
「数時間前まで元気だったのですか?」
アルは幼少期に殺されかけた経験があるので他人事とは思えないのだろう。
「そうです。それまで兄上は父上と打合せをしていました。打合せ後執務室に戻った途端、突然胸を押さえて苦しみだしたと聞きました」
「王太子殿下が亡くなってから妹と殿下の周りで度々不審なことが起こる様になりました。恐怖を感じた妹は次は殿下の番だと思うようになりました。それで第1側妃に分らないように殿下を城から遠ざけることを計画したのです。その為には殿下の身代わりが必要になります。妹は殿下の身代わりとなった者に死んで欲しくないと人選にずいぶん悩んでいました。カイヤはそんな状況に自分から身代わりを申し出ました。私は悩みましたが、カイヤの決意は固く、私は妹に始めてカイヤの髪の色を打ち明けて、殿下とカイヤを入れ替える事を妹に提案しました。妹はそれは出来ないと固辞していましたが、カイヤ自身が妹のところに行き身代わりを申し出たのです。カイヤの本当の姿を見て、彼の決心を聞いて涙を流しながらカイヤに身代わりを頼みました」
「それで、私はカイヤになって子爵領に行くことになりました」
「クレール殿下がカイヤと入れ替ったあと、公爵家に人身売買と密輸の疑惑が持ち上がりました。公爵家を継いだ兄は堅実な性格でとても密輸や人身売買など出来る人ではないのです。でも、公爵邸から密輸に関する怪しげな証文が出て来たのです。兄は否定しましたが、第1側妃の父であり宰相でもある侯爵が二重三重の罠を張っていました。兄の無実は認められず、公爵家は取り潰しになりました。兄の公爵だけでなく、執事から側近を含めて家族全員処刑されました。無実の罪と知っている者を全員処刑したのです。妻の実家が海運業で開けている港のある領地のため私も疑われましたが、密輸に使われた港とは関係なく、私自身が公爵家の事業とは係わりがなかったので、関係性を追求されることはありませんでした。それでも何かあったときの場合にと妻と離縁し、妻と一緒にカイヤも領地に戻す事にしたのです。しかし、関係ないからと言って見逃してはくれませんでした。私だけでなくカイヤまで罪人としてあの島に送られたのです」
「私は子爵領に着いた後、国軍によって拘束されました」
「殿下の身分がバレることなく私の息子として現れた事は奇跡でした」
「私はカイヤがいつも付けていた黒子を付けていました。それが良かったのだと思います」
「黒子ですか?」とアルは首を傾げた。
「私はカイヤが殿下の友達として城に上がるとき、顔に大きめの黒子を付けるようにと言いました。そうすれば黒子に焦点が当り、顔が似ていることに気づかれないと思ったのです」
カシムは潤んだ目を隠すように下を向いた。
「確かにそうですね。人の目は顔に特徴的なものがあるとそこに集中しますね。とても良い判断だったと思います」
アルは感心したようだ。腕を組みうんうんと頷いている。
「それでカイヤと入れ替ったときに黒子の事も教えてもらいました」
「それが殿下を助けることになるとは思いませんでした」
「カイヤがそれまでの変装を解いて現れたときは、母上も私もとても驚きました。私の前に私が立っていたのです」
「カイヤの事は公爵家の誰も知りません。妹が知ったのも身代わりの話をしたときが初めてでした。私と妻とほんの一握りの者達の秘密でした」
「私は疑われることなくカイヤとしてあの島に渡ったのです」
「本当のカイヤは殿下と入れ替った後どうなったのですか」
アルが聞きづらいことを聞いている。
「公爵の処刑があった時、公爵家の出である妹も連帯で処刑されるべきとの声が上がったのですが、妹が城に来て25年も経っているのに、今更公爵家と結びつけるのはおかしいとの陛下の一言で事なきを得ました。それでも第1側妃と宰相は妹を離宮に閉じ込めたのです。妹を離宮に追いやってから、クレール殿下に辺境地の視察を申しつけました。本来なら第2王子のロイドが行く予定でしたが、むりやりクレール殿下を行かせたのです。そこで事故に見せかけて殺されました」
カシムの顔が歪み、目から涙が一筋落ちた。
「後から聞いたのですが、とても酷い殺され方だったそうです」
クレールも泣きそうになるのを必死で堪えているようだった。
二人の顔を見ているとそうとう酷い殺され方をしたようだ。
「陛下はどうされているのですか」
「陛下はクレール殿下が亡くなった事にショックを受けて、妹が閉じ込められている離宮から出てこないらしい。だから、国は宰相と第1側妃が好き放題にしていると聞いている」
「そうですか」
とアルが答えた時、コンコンとドアをノックする音がした。
カシムが扉を開けると、船長が立っていた。
「思ったより早く岬を回ることが出来た。あと一刻もしたらラドンの港に着く」
「わかった。私たちも終わった所だ。甲板に戻るよ」
カシムは私たちに部屋から出て甲板に出るように言った。
「ちょっと待ってください」とアルは壁に貼ってある地図の前に行き、ラドンの場所を確かめた。




