ゲームが始まる
入試の結果を聞いた翌日、クラス決定と地図を同封した入寮の案内が届いた。
「1-A、やった!イルカと同じクラスだ!」
歓喜の声を上げたのはもちろんヒラリーだ。どちらかと言うと、私は別のクラスの方が良かった。
「残念、寮は同じ棟だけど階が違うわ」
私の部屋は1階で、ヒラリーは3階だった。
寮は男女別々で、本校舎を挟んで北側が女子寮、南側が男子寮になっていた。
本校舎の形はアルファベットのTの様な形をしており、Tの下の棒線を挟んで北と南に別れていた。
私たちが入るところは、本校舎に一番近い建物で、4階建ての棟が食堂兼談話室を挟んで横並びに建っていた。図面に1・2年生と書いてある。
3・4年生になると中庭を挟んで奥の別の棟に移るらしい。5・6年生になるとそのまた奥の棟にと2年毎に寮の棟が変わるようだ。その度に本校舎からは遠くなっていく。
男女の寮が年齢と共にだんだんと離れていくのは学校側の方針だろうか?
1・2年生は先生の目の届く近くにということかも・・・
「入学式の前日には引っ越しを終わらせるようにと書いてあるわ」
入学式前日と言ったら、あと三日しか無かった。
「制服は寮備え付けのクローゼットに入っているとも書いてあるわ。制服があればドレスは1・2着あれば良いわよね」
ヒラリーは学校からの案内を見ながらブツブツ言っていた。
私は持っていく荷物は無いから焦る必要は無い。
同封されていた学園都市全体の地図を見た。
正面の入り口近くに、学校の本校舎があって、そこから扇状に広がっている。
学校と街との間には川が流れていた。
学園都市全部が塀に囲まれていると聞いていたけれど、川を挟んだ街の方には塀が無かった。塀は学校の敷地内だけで、街へ行くには川に架かる橋を渡らなければならないようだ。学校から街に出る橋は一本しか無かった。
地図を見る限り、この学園都市は川を挟んで学校と街とに別れ、街の外れは山になっていた。この山には魔物が住んでいるらしい。
らしいというのは、昔この学校を卒業された侯爵様が話してくれたからだ。
上級学年になったら、この山で魔物狩りの実習があると教えてくれた。
街の中に魔物が入って来れないよう結界が張られているとも聞いた。
入学式の前日ヒラリーと私は寮に入るために王立学校の寄宿舎を訪れていた。
寮の場所はすぐにわかった。
「同じ棟なんだからイルカも3階だったら良かったのに・・・」とヒラリーは文句を言っているが、私の感じでは、1・2階は下層貴族と平民で、3・4階は伯爵以上の家格になっているようだ。
2棟に別れているが、棟と棟の真ん中に共通で使用する食堂兼談話室、浴場があった。
各自が自立した生活を送るのがこの学校の方針らしく、侍女とか側仕えの者は付けないようになっていた。
食事は食堂で、入浴は浴場でする様になっている。洗濯物は名前を書いた籠を洗濯室に出しておけば、翌日には綺麗になって戻ってくるらしい。
私たちは初めにヒラリーの部屋に荷物を運んだ。
もっと特別な部屋かと思っていたら、ベッドと勉強机、それにクローゼットのついた普通の部屋だった。
一応階数は別れているが、貴族だからと特別な作りの部屋ではないようだ。
クローゼットの中には制服が掛けてあった。
「うわっ、制服!イルカ一緒に制服を着て、寮の周りを歩きましましょうよ」
この意見には賛成することにした。
制服は暗いえんじ色のベストと短めの上着、膝丈のスカート、それにフリルの付いた白いブラウスと襟元には制服と同色のリボンが付いていた。
なんたって、ヒラリーに拾われてから、私はこの世界では珍しい着物を着続けていたから、制服があって良かったと思っていた。
荷物を部屋に入れ終わった後、ヒラリーは制服に着替えた。そして次に私の部屋に行った。
部屋の間取りはヒラリーの部屋と変わらなかった。
私はクローゼットを開けて制服を取り出して着替えた。
「あら、イルカのスカートはキュロットになっているわ。どうしてかしら?」
確かに外見はスカートに見えるがキュロットになっていた。
私に聞かれても分るわけがない。着物をたたみ、カチューシャを外そうと頭に手をやったら、
「イルカ、頭のカチューシャは外さないで!」と言われた。
何を無粋なことをとヒラリーを見ると、「だって、イルカは私のものなのに、それを付けていないと違うみたいじゃない!」
いえ、私は貴方のものではありません!
「お嬢様、たとえ世間で身分に違いがあっても、ここでは皆平等となっています。私もお嬢様も同じ一年生です」
私はとても醒めた目でヒラリーを見た。
私からこういう返しが来るとは思わなかったのだろう、ヒラリーはムッとした顔をして私の手からカチューシャを奪うと、無理矢理頭に付けた。
あまり反抗すると後が恐いので、ため息をついてさも仕方なくという態度でカチューシャをつけることにした。
ヒラリーは私がカチューシャを外さなかったのに安心したのか話題を変えた。
「グレッグ様は南棟の4階だと言ってたわ。近くまで行ってみましょう」とそそくさと部屋を出る準備をしている。
昨日ヒラリーは私に「いよいよ明日からゲームが始まるのよ」とわざわざ念を押していたのに、本当に分っているのかな?卒業の時に国外追放にならないようにしなければならないのに。
ヒラリーにゲームの内容を確認したところ、ヒロインとグレッグのルートしかしていないので良く覚えていないと言った。
少しでも情報が欲しいので、根掘り葉掘り聞いたところ、
「とにかくヒロインを虐めなければ良いのよ!」と逆ギレされてしまった。
ビジュアルばかりを見ていて、内容をよく覚えていないらしい。
こんなことで国外追放が逃れられるのだろうか?思わず頭を抱えてしまう。
私たちは新しい制服を着て、寮の周りを歩いた。
寮の周りは木立と花と芝生のある庭園の様になっていた。
他の棟との間にも同じような庭園が広がっている。
男子寮に向かって歩いていると、木立の先に数人の女の子が集まって何かを見ていた。何を見ているのかと思ったら、もう少し先に四人の少年と一人の女の子が立っていた。
一人はグレッグ様と分ったが、後の四人は見たことがなかった。淡い銀髪の少年と、淡い金髪の少年と茶髪の少年、そして金髪の少女が話しをしていた。
「あの子、ヒロインだわ」
ヒラリーが奥歯をギリギリしながら呟いた。
「あの方がヒロインなんですか?」
「そうよ、そして側にいる全員が攻略対象者よ」
ほう、そうなのかと思って見る。
「金髪の男の子が第一王子ジョイール様、銀髪の子が第二王子フェアルート様よ。そして茶髪の子がスコート、第一王子付きなのよ」
「グレッグ様は?」
「先日第二王子フェアルート様付になったと手紙をもらったわ。だから学校ではあまり話しが出来ないかも知れないと書いてあったわ」
私はもう一度注目されている方に目をやった。
「あの女が、ヒロインのエレーナよ。ゲームの始まりから何媚び売っちゃてるのよ!」
ヒラリーの目がらんらんと燃えているようだ。下を見るとブルブルと震えるように握り閉めている両手が白くなっている。
私はこれはヤバいと思い、早いとこ場所を変えた方が良いと判断した。
「偶然かも知れないでしょう。グレッグ様に会うのは後回しにして、他を見て回りましょう」
私は動こうとしないヒラリーの手を無理矢理引いてその場から離れた。
歩いている間に少しは気分も落ち着いたらしく、寮に戻る事にした。
部屋の前まで送り「後で食堂で会いましょう」と約束をしてヒラリーと別れた。
部屋に戻ると、アルから伝言が来ていた。
『図書館のところで待っている』
図書館は川の近くの建物だ。
少し距離があるけれど、私の足ならばそれほど掛らないと思い、ヒラリーに声をかけずに出掛けた。
橋の近くの庭園に円形の図書館が建っていた。この図書館は市民にも開放しているらしい。
庭園のベンチにグレッグの姿が見えた。その横にフードをかぶっている人物が二人いた。一人はアルだと思うのだけどもう一人は誰だろう?
グレッグの姿が見えた時点で、ヒラリーを誘えば良かったと後悔した。
ゆっくりと三人に近づいた。
私が近づいたのが見えたのか、フードをかぶったアルが手を振った。」
「アル殿、グレッグ様お待たせしました」
私は三人の前に立ち止まり、挨拶をした。
「イルカを呼んだのはお願いがあったからだ」とアルが言う。
「お願いですか?」
「まず、学校内では俺をアルと呼ばないで欲しい」
「はぁ?」
私が首を傾げると、アルはフードを軽く上げて顔を見せた。
初めて見たアルの素顔は、淡い銀色の髪に濃い藍色の瞳をしていた。
「第2王子殿下?」
私がそう呟くと「よく知っていたね」アルは驚いた。
「先ほどヒラリー様と庭を歩いているときにお見かけしました」
「ふーん、そうだったんだ。声をかけられなくて良かった」
「良かったのですか?」
「そうだよ、だってこれから僕の替え玉を紹介するのに、その前に会っていたら、君の事だから少し話しただけで、俺の正体を見抜いてしまうからね」
確かに!私はアルの出す気の気配を知っている。多分近くで会っていたら気付いていただろう。
「替え玉とは?」
「僕です」
アルの横にいたフードの子が少しフードを上げて顔を見せてくれた。
グレッグによく似た顔の少年が覗いていた。目の色だけが違う。グレッグは鳶色の目をしているが、この少年は翠色をしていた。
「僕の名前はアルトと言います。グレッグの母方の従兄弟です」
私が戸惑った顔をしていると、
「いつもは俺がグレッグと一緒にイルカに会っていたが、ここではお互い知らない事にしていた方が都合が良いので、今日からはアルトにアル役をお願いしたんだ」
なるほど・・・私の様な身分の者が王子の知り合いだと不味いと言うことなんだなと気付いた。それで、アル殿の代わりにアルト様を用意したという訳か。
私が頷いていると、アルはコホンと咳払いをした。
「俺とイルカは明日初めて知り合うという設定にしているから」
「分りました」
「それで、明後日から騎士課程の朝の鍛錬が始まる。イルカをその鍛錬のグループに入れているので宜しく」
すました顔でアルが言う。
「は?」
「お前学校にいる間は剣の鍛錬はしないつもりだったのか?」
「いや、特に考えていなかった」と正直に答える。
「事前に学校側に言っているので、イルカから申し込みをする必要はない」
「分りました。ところで、私とヒラリー様は1-A ですけれど、みなさんは?」
「俺とグレッグも1-Aだ。アルトは1-Bだな」
「アルト様はB組なんですね」
「じゃあ、そういうことだから、これからイルカに用事のあるときはアルトを通して伝えるからな」
そう言ってアルとグレッグとアルトは去って行った。
私は三人の後ろ姿を見送りながらため息をついた。
アルが良いとこの坊ちゃんと言うのは元々感じていたが、まさか第2王子とは思わなかった。
私は寮まで歩いて帰ることにした。
寮の近くまで来ると、何処からかヒラリーの声が聞こえた。
「貴方何様のつもり!」とヒステリックに叫んでいる。
何をやっているのだと、私は声のする方に足を向けた。すると、ヒラリーが数人の女の子と一緒に誰かを取り囲んで罵っているところだった。その誰かを見て私はハッとした。
ヒロインだ!ヒラリーがヒロインを叩こうと手を上げている!
私は慌ててヒラリーの側に行くとその手を引っ張った。
「何をするの!」
ヒラリーが思いきり私の手をはねのけようとした。
しかし、私の方がヒラリーより強い。
私はヒラリーの耳元に口を寄せて「国外追放」と呟いた。
瞬間ヒラリーの目が大きくなる。さっきまで怒りに震えていた目が、今度は恐怖に震える目になった。
「ヒラリー様、こんな所で何をなさっているのですか?寮に戻りましょう」と何事もなかった様にヒラリーの手を引っ張ってその場から引きずって寮に戻った。
「私のいない間にいったい何をやっているのです!」
「だってあの女!イルカも見たでしょう。グレッグ様に声をかけていたのよ」
「用事があって声をかけていたかも知れないじゃないですか!」
私の剣幕に驚いたのか、ヒラリーは「だって、みんなが誘いに来るんですもの」ともごもごと言い訳をした。
「とにかく、私の見てないところで勝手にヒロインを虐めないでください。一緒に国外追放される身にもなってくださいね」
私は言いたいことを言うと自分の部屋に戻った。
あ、グレッグ様と会ったことを言い忘れてしまったと後から思ったが、今回はアル殿の替え玉のアルト様のこともあるので言わないことにした。
ヒラリーの事と言いアルの事と言い、これだけ王族に近いところで何かをしでかしたら、確実に国外追放になってしまう。明日からの学園生活が思いやられると大きなため息が出てしまった。