ドッテン島
「殿下、このまま村に入って大丈夫でしょうか」
グレッグは熊の注意を引かないように囁く。
「どうしてこの島にいるのか疑われるだろうな。その為にはグレッグ、その殿下は止めよう」
「では、なんとお呼びすれば」
「アル。国に帰るまで、俺は冒険者のアルだ」
「冒険者ですか」
「国に帰るまで俺たちは冒険者を名乗ることにする」
「そうね、それがいいわ。変に疑われるよりはましよ。アルトには悪いけれど名前を使わせて貰いましょう」
黙って二人の話しを聞いていたヒラリーがアルの提案に賛成した。アルはアルトではないのだけれど、今更違うとは言えないから仕方ない。私はヒラリーの前でアルをアルと呼べるのは嬉しいけれど。
「西の端の国とは国交がないからな」
私は熊に注意しながら三人の話しを聞きいていた。その時、私の耳に「ヒッ!」と言う怯えた小さな声が聞こえた。声のした方を見ると小さな子供が二人、熊に気づいて声にならない悲鳴を上げていた。
私が気付いたのと同じタイミングで熊も子供に気付いたようだ。
「林の向こうに子供がいます。熊が子供を襲おうと狙っています。助けに行きます」
私はアルにそう告げると、熊に向かって走っていった。
私が熊の前に出たとき、熊は子供達に狙いをつけて立ち上がったところだった。私は迷わず熊の心臓をめがけて剣を突き立てた。剣はブスリと熊の身体を貫いた。
熊は一瞬ためらい、ウオーと唸って後ろに倒れた。
倒れた熊を確認して、私は振り返って子供達を見た。
「大丈夫だった?」
村の子だろうか、4・5歳位の子供が二人、怯えた顔で震えていた。
「大丈夫よ。熊は退治したわ」
笑顔で近づいたつもりだったが、子供達の怯えた表情は変わらない。
そこへアル達が林を抜けてやって来た。子供達はますます怯えたように私たちを見えた。
「さすが、一突きで倒したわね」ヒラリーが倒したわけでもないのにドヤ顔で倒れた熊を見た。
「熊は死んだのか」
アルが倒れた熊を見て言ったので私は頷いた。そしてアルは怯えている子供達を見た。
「どうしてまだ怯えているんだ」
アルが不思議そうに呟いた。
「話しかけても怯えたままで、なにも答えてくれません」
私がそう言うと、アルはしばらく考えていたが、分ったと言うようにポンと手を叩いた。
「そうか分ったぞ。言葉が通じないんだ」
「言葉ですか?」
私は首を捻った。
「ここが大陸の西の端だったら、俺たちの国とは言葉が違うんだ。最先端の国は確か・・・ソラシド国だったな」
アルはそう呟くと、今度は私には分らない言葉で子供達に話しかけた。それを聞いた子供達は怯えるのを止めて、今度は瞳を輝かせて私たちを見た。
あまりの変わりように私は驚いた。
「何て言ったのですか?」
「この辺りはオンカ語が共通の言葉だったと思い出したんだ。オンカ語で『俺たちは冒険者だから安心しろ』と言ったんだよ。言葉が通じて良かったよ」
「オンカ語ですか。はじめて聞きました」
「そうだろうな。俺は子供の頃から、家庭教師に大陸の各国の言葉を習わされた。国交のない国の言葉も知っていたほうが良いと教えられた。国と国との交渉で通訳がついていても言葉を知っていれば相手の様子を見ながら聞くことも出来るし、それに何が起こるか分らないからな」
確かにそうだ。国と国の関係は何が起こるか分らない。今回のようなことがまた起きないとは限らないのだ。
「じゃあ私たちはその子達と話せないのかしら」とヒラリーが言った。その時、指のもどりの指輪がキラリと光った。そして私の耳に何処からか『指輪を回せ』という声が聞こえた。
私がみんなにそれを伝えると、それぞれが指輪を回した。
アルがオンカ語を話したことで安心したらしい子供達が、「どうかしたの?」と私たちに声をかけてきた。
「あら、言葉が分るわ。この指輪戻るだけじゃなかったのね。それより、この指輪で戻る事ができるんじゃないかしら」とヒラリーが言いかけたが、ヒラリーの言葉を遮るように「今はダメだ。この子達を村まで送ってからその件は確認しよう」とアルが言った。
子供達の前で話すのは流石に不味いと思ったようだ。
「熊はどうします?」と、倒れている熊を見てグレッグが尋ねた。
「村まで担いでいこう。いい手土産になる」
アルとグレッグが大きな熊を両側から持ち上げた。もちろん強化魔法で腕力を強くしているからそれほど負担は掛っていないだろう。子供達に不自然に見えないように、足の方は引きずる形だ。大きな熊なのでそれくらいは仕方ないだろう。
「村まで案内してくれる」
ヒラリーは子供達を先頭にして歩きはじめた。
林の中を進んでいくと開けた集落に出た。ここが村の入り口らしい。
子供達は村人の姿を見つけると駆け出していった。そして、そこに居た村の男に私たちを指さして話しをした。子供の話しを聞いていた男は驚いた様子で私たちを見た。そして少し警戒するように近づいて来た。
アルはヤレヤレというように熊を地面に下ろし、近づいてくる男を待った。
「子供達が世話になったようで」
男は私たちの前に来てそう言った。
「この熊がこの子達を襲おうと狙っていたので助けただけだ」
アルは引きずってきた熊を指さした。
男は大きな熊を見て驚いた。
「こんな奴が森に?」
「この森の熊ではないのか」
「いや、森に熊はいるけれど、これほど大きな熊がいるとは思わなかった」
アルの問に、男の後から現れた初老の男が答えた。
初老の男の声を聞いた男は、
「先生。この者達の話しを聞いてから報告に行こうと思っていました」と、先生と呼んだ男に頭を下げた。
先生とはなんだろう。私は不思議に思ったが黙って聞いていた。
「子供達から話しを聞いて出て来たところだ」
先生は男を制して戻るように言った。そして改まってアルに向かって頭を下げた。
「子供達を助けて頂いてありがとう」
「いえ、無事で良かったです。この熊はどうしましょう」
「頂いてもよいかな」アルが頷くと、「ありがとう。ところで船が着いたと聞いてはいないが、この島にはどうやって来たのか教えて貰えないだろうか」
「実は・・・我々はとある領主の依頼で、旅の道中の警護を頼まれたのですが、領主は我々の他にも数グループに依頼していたのです。その中の一つのグループと折り合いが悪く、ちょっとしたいざこざを起こしてしまったのです。私たちは大した事ではないと思っていたのですが、相手の腹の虫が治まらなかったのか、再びそのグループが因縁を付けてきて睨み合いになり、その時に相手のグループの魔法使いが私たちに移動魔法を使ったのです。気づいたらこの森にいたという訳です」
私は嘘がスラスラと出るものだと感心してアルを見た。
「そうですか。それは大変でしたね。でもそのおかげで子供達が助かりました」
「先生、あ、あの方が先生と呼んで構わないでしょうか」
アルは離れて所で控えている男を見ながら先生に言った。
「ああ、まだ名乗っていなかったですな。みんなは儂のことを先生と呼ぶが、儂はこの村の長でカシムと言う」
「カシム殿、私たちは冒険者です。私はアル。そして、グレッグ、ヒラリー、イルカと申します」
アルが名前を言うのに合わせて私たちも頭を下げた。
「ほう、冒険者ですか。アル殿がリーダーですな」
「はい、ところで魔法で飛ばされてしまって、ここが何処なのか分らないのですが教えて頂けませんか」
「この島はドッテン島と言って、ソラシド国の北西に位置しています」
やはりここはドッテン島らしい。
「ドッテン島ですか。ソラシド国は知っていますが、ドッテン島は知りませんでした。どうすれば島を出られますか?」
アルの問にカシムは少し考えていたが、「この島から出るのは難しい」と眉を顰めた。
「どうしてですか。船がないのですか?」
「この島では船は作ってはいけないんだ」
船を作ってはいけないなんて、そんな事があるのだろうか。
「島なのに船がなければ大変ではないのですか」
アルが驚いて尋ねた。
「この島は昔から流刑の島でな。ここにいるのは罪人なんだ。そうでない者もおるのだが島から出るのは難しいのだ」
驚いている私たちをカシムは気の毒そうに見た。
「ただ、月に一度、食料と罪人を乗せた船が大陸から来る。乗員に見つからないようにそれに乗り込めば島から出ることが出来るかもしれない」
「罪人が来るって、大丈夫なのですか?」
ヒラリーが尋ねた。
「罪人と言っても、この島に来るのは・・・おっと、この話は立ち話と言うわけには生きません。もう日も暮れかけています。今日は私の家で休んでください。詳しい話しは今夜食事の後でしましょう。今夜は貴方たちが仕留めた熊料理になります」
カシムは私たちを自分の家に案内した。




