側近
サーシャリアと別れてアルの執務室の前まで行くと、執務室付の兵士がアルの不在を告げた。
「ヒラリー様とイルカがお見えになったら、中で待つように言われています」と執務室に入れてくれた。
私たちのためだろうか、応接のテーブルの上にはお菓子の用意がしてあった。
「いま、暖かいお茶をお持ち致します」
部屋付の侍従がお茶の用意をしてくれた。
「殿下とグレッグ公爵子息は隣国の使節との会見に行かれてます。戻られるまでお待ちくださいとの事です。一時間も掛らないだろうと言われてました」
カップにお茶を注ぎながらそう説明してくれた。
私たちは二人でお茶を飲みながらアルとグレッグを待つことにした。
「隣国の王子ってどんな方なのかしら?」
手持ち無沙汰なのか、お茶を一口飲むと、ヒラリーはケーキを皿に取った。
いつもは甘い物を控えているのを知っている私としては、ちょっとした驚きである。
「ヒラリー様、そのケーキは甘いですよ」
「いいのよ。お皿に載せているだけだから」
「お食べにならないのに取ったのですか」
「悪い?」
ヒラリーがジロリと私を睨んだ。
「いいえ、悪いとかそういうことではないんですけど」
ヒラリーは食べる気のないケーキにフォークを突き刺した。
「食べ物を粗末にしてはいけません」
「うるさいわね。後であんたに食べて貰うからいいのよ」と言いながら、フォークで差す手を止めなかった。
すでに形を留めていないケーキを見て、ヒラリーに分らないようにため息を吐いた。
小一時間ほど待っていただろうか。廊下の方から足音が聞こえてきた。どうやら戻って来たようだ。
私が二人を迎えるために席を立ったとたん、ヒラリーはすっかり変形したケーキの皿を私の皿と取り替えた。
ヒラリーらしいと言えばらしいのだが、私はまたため息を吐いた。
「イルカ、何をしているの」
ヒラリーは呆れている私を置き去りにして、従者より先に執務室の扉を開けた。
急に扉が開いたので、アルとグレッグだけでなく、扉の前にいた兵士まで驚いていた。
「俺たちが戻ってきたのがよく分ったね」
アルが部屋の中に入って来た。
「待ちくたびれましたわ」
ヒラリーは元いた場所に戻った。
アルとグレッグが座るのを待って、ヒラリーは何事もなかったかのように座った。
従者がアルとグレッグのためにお茶を運んで来た。その時に、私たちのために用意されたお茶菓子とお茶も下げられて、新しいお茶菓子とお茶を持ってきた。もちろん、ヒラリーが潰したケーキも片付けられた。
従者がお皿を下げようとした時にヒラリーが何か言いかけたような気がしたが、引き止められることなくお皿は下げられた。
アルは従者にしばらく部屋から出て行くように告げた。
「ところでヒラリー嬢」
従者が出ていくと、アルはお茶を一口啜って言った。
「サーシャリアがローブを纏って杖を持っていたが、あれはもしかして」
「ええ、宝箱の入っていた物ですわ」
ヒラリーは悪びれる様子もなく答える。
アルの顔が微かに歪んだ。
「どうして相談もなくあれをサーシャリアに?」
「あれは私たちには不要の物だからです」
「どうして不要とわかる」
「私たちの中に魔法使いはいないからですわ。それに殿下とグレッグ様の武器はもう手元にありますでしょう。だから必要ないと思ったのですわ」
「それでも、このゲームが俺とイルカのゲームと言うからには、一言相談して欲しかった」
「それは申しわけございません。このゲームにもサーシャリア様が絡んでいるのは確かですわ。そこで、サーシャリア様の防具などもあるのではないかと思ったのですわ。それでサーシャリア様にあのローブを見せて、彼の物か確認したところ、杖とローブはサーシャリア様の物と確認出来たので渡しました」
ヒラリーは臆することなく言った。
「それでも一言言って欲しかった。サーシャリアがローブを纏っているのを見て驚く前に・・・」
「それは申しわけございません」
ヒラリーはちっとも反省していないようだった。
「あ、それから事後報告がもう一つ」
アルとグレッグは今度は何だろうと疲れたようにヒラリーを見た。
「『のそきめがね』を渡しましたわ」
「『のぞきめがね』を?」
「あれは私たちでは何も覗けなかったのですが、サーシャリア様曰く、今までのゲームとは他のゲームに出て来た魔法具とのことでした。それに、サーシャリア様が覗くと攫われた聖女達が見えたそうです。何も見えない私たちが持っているより役に立つみたいなので渡しました」
アルは「そうか」となんとも言えないため息を吐いた。
アルとヒラリーどっちが上なのかわからない。ヒラリーにとってはグレッグ様以外は脇役だから、アルが王子と言うことはそれほど重要ではないのだろう。しかし、この時代では王子であるアルを立てなければいけないと思うのだが・・・最近のヒラリーは何処か投げやりなような気がする。
「それより、隣国の王子達はどんな方なのですか?」
「第3王子は友好的に見えるけど、第2王子はどうかな?」
「どうかな。とは?」
「外見は友好的に装っているけれど、兵を率いてきたからな・・・」
「護衛ではないんですの?」
「第2王子は剣の名手と聞く。護衛なら4,5人で良いだろう」
「何人出来たのですか?」
私は気になって尋ねた。
「30人だ」
「30人。多いんですの?」ヒラリーが尋ねる。
「いや、一概に多いとは言えない、でも、馬車でなく単騎で来たのならそこまで必要ではないでしょう」
珍しくグレッグが答えた。
「ふーん、聖女にかこつけて我が国を偵察に来たのかしら」
「そう考えた方が良いと思う」
アルは確信を持っているかのようだ。
「気になるなら、この後午餐会があるから来る?」
「行っても良いのですか?」
「君たちは私の側近だから側にいても問題ないだろう。グレッグと共に行動して欲しい」
「わかりましたわ」
「あ、出席するからには側近の制服を着て貰うことになるからよろしくね」
アルの言葉にヒラリーが嫌な顔をした。
「あのズボンの上下ですか?」
「そうだよ」
「せめて聖女のようにスカートの制服はないのです?」
「ないね。着替えたくなければ、ヒラリーはここで待っていてもいいよ」
アルは有無を言わさなかった。
ヒラリーは仕方ないと判断したのか「着替えますわ」と私を見た。
最近太ったことを気にしているのだろう。ヒラリーは身体の線が出るぴったりとした制服が好きではなかった。でも主人のアルにこればかりは強く言えなかった。
私は、ヒラリーと一緒に執務室の控えの間に行った。控えの間には従者の制服が用意してあった。




