サーシャリア
ヒラリーと私は、約束の時間に間に合うようにアルの執務室を目指して歩いていた。グレッグはすでに来ているはずだ。
いつもは静かな城内が少しザワついている。
「城の中がザワザワしてるわね。何かあったのかしら」
せわしなくすれ違う人々に、ヒラリーは顔を顰めた。
確かに先ほどから兵士や誰かの従者と思われる人達が慌ただしく行き来していた。
「何があるのか聞いてきましょうか?」
ヒラリーにそう尋ねると、「いいわ、丁度向こうからサーシャリア様がこちらに向かって来るのが見えるわ。彼に尋ねてみましょう」
前方を見ると、ヒラリーの言ったとおりにサーシャリアが来るのが見えた。
「おはようございます」
すれ違いざまにヒラリーが声をかけたが、サーシャリアは急いでいるようで、ヒラリーに気付かずに通り過ぎようとした。
「サーシャリア様!」
無視されたヒラリーがムッとして呼び止めた。
サーシャリアはその声で私たちの存在に気付いた様だ。
「アッ、ヒラリー嬢!」驚いた様に振り返った。
「ヒラリー嬢じゃないわよ。私の姿も見えないくらい急いで通り過ぎようとするなんて。何かあったの?」
ここで癇癪を起こすのが常だったのに、ヒラリーにしては感情を表さずに尋ねた。顔がヒクヒクしているのは見ないことにしよう。
「今朝早くに隣国の第3王子がいらっしゃったので、バタバタしているのです」
「王子と側近の二人で来るとか言ってなかった。その位の準備は出来ているのじゃないの?」
二人で来たのにしては、バタバタしすぎているように思える。
「それが・・・」サーシャリアが声を潜めた。「事前に聞いていたのは第3王子と側近の二人予定だったのですが、第3王子の後から、第2王子が数騎の兵を連れて来たのです。それでバタバタしているのです」
「兵を率いて来るなんて、ただ事じゃないわね」
サーシャリアは深いため息をついた。
「あんた、この間からため息ばかりね」
ヒラリーが周りに聞こえないようにサーシャリアに言った。いつの間にかサーシャリア様があんたになっている。
「まあ、いろいろあるんですよ」
愚痴でもこぼしたいのか、再び大きなため息を漏らした。
「いろいろあるところ申し訳ないけど、ちょっと図書室まで顔を貸して貰える」
ヒラリーは有無を言わさないぞと言うように、サーシャリアの腕を掴んだ。
「私はローブを取りに出て来ただけで、直ぐ戻らないといけないんです。だから、ヒラリー嬢の相手をしている暇はありません」
サーシャリアはヒラリーの手を払いのけた。
「あんたは、私の誘いを断らない方が良いと思うけど」
意味深な感じでヒラリーはサーシャリアを見た。
「どういうことですか?」
「だからここで話せることじゃないのよ」
「しかし」
「しかしじゃないの。とにかく図書室に行くわよ」
ヒラリーは強引にサーシャリアを図書室まで引っ張って行った。
図書室の防音の効いた部屋に入ると、ヒラリーはポケットから『のぞきめがね』を取り出した。
「この魔法具『のぞきめがね』と言う割には何も見えないんだけど、これってあんたのゲームに出てくる?」
『のぞきめがね』を見たサーシャリアは、さっきまでの疲れ切った表情から一変して、「これは何処のあったのですか?」と『のぞきめがね』を手に取った。
「宝箱の入っていたけど、覗いても何も見えないのよ」
ヒラリーの言葉を全部聞かないうちにサーシャリアが言った。
「これは捜し物が見える遠めがねです。私のゲームではないのですが、昔やったゲームの中に出て来ました。こうやって探している物を口に出して眼鏡に尋ねるのです。そうしてから覗くと、探してる物の現在の状態が見えてきます」
「じゃあ、聖女達がどうしてるかも見えるのかしら」
「覗いて見ましょう」
サーシャリアは聖女と言いながら『のぞきめがね』を覗いた。
「ああ、見えます。元気そうですね」
「私にも見せて」
ヒラリーはサーシャリアの手から『のぞきめがね』を取って覗いた。しかし、ヒラリーには何も見えなかった。
「何も見えないわ」
「使用者を選ぶのかもしれませんね」
「そんなこと有るの」
「ヒラリー嬢のゲームには出てこない物だからじゃないですか」
「ああ、ゲームの規制が掛っているのね。分ったわ。使えないんじゃ持ってたって役に立たないわ。これはサーシャリア様にあげるわ」
ヒラリーは『のぞきめがね』をサーシャリアに渡した。
「良いのですか」
「いいわよ。聖女が無事な様子が見えるのでしょう。だったらあなたが持っている方が良いじゃない」
「ありがとうございます」
サーシャリアは『のぞきめがね』を大事そうにしまった。そして、用事が終わったとばかりに席を立とうとした。
「ちょっと待って」
ヒラリーは今にも出て行きそうなサーシャリアを呼び止めた。
「まだ何かあるのですか?」
振り返ったサーシャリアの目に好奇心が浮かんだ。
「あなた、さっきローブがなんとかと言ってなかった」
「ああ、例の草原に行くのに、魔法使いのローブが必要なのです。私はまだ正式な魔法使いではないのでローブは支給されていません。それで魔法省に借りに行くところでした」
「草原に?サーシャリア様も行くの?」
「私はまだですが、隣国の王子も来たので、いつでも動けるよう用意をするように言われたのです。それに、先行部隊は何度か偵察に行っています」
「移動装置を発見したばかりなのに、何度も行っているってどういうこと?」
サーシャリアの言っている意味が分らなくてヒラリーが尋ねた。
「例の場所は時間軸がこことは違うらしく、向こうで一週間過ごして帰ってきても、こっちでは数分しか経っていないんです」
「そうなの?」
そんな不思議な事があるのだろうか。ヒラリーの心を読んだのか、「ゲームの世界では良くあることでしょう。向こうの一年がこっちの一日くらいかもしれません。だから心置きなく出掛けることが出来ます」とサーシャリアは説明してくれた。
「それは良いこと聞いたわ」
「じゃあ、これで」とサーシャリアは再び帰ろうとした。
「まって!」
ヒラリーは再度呼び止めると、今度は魔法使いの杖とローブを取り出した。
「これも宝箱で見つけたんだけど、あんたの話を聞いていると、もしかしたらこれもあんたの物かもしれないわ。私たちの中に魔法使いはいないし。だから、これもあんたにあげるわ」
サーシャリアはヒラリーが取り出した杖とロープを貰った。
「これは・・・私のゲーム内の衣装です。杖とローブも私の物です。これも宝箱に入っていたのですか」
信じられないと言うようにサーシャリアは驚いた。
「たぶん、あんたも私と同じで、イルカのゲームに何らかの関係があるんじゃないかしら」
「そうなのだろうか」
「きっとそうよ」
「ヒラリー様達はどういう風に動く予定ですか?」
「それは殿下に聞かないと分らないけど、多分経験値を積みながら地道に動くと思うわ」
「そうですね。めがねも杖もローブもありがとうございます。では、私は行きます」
「気を付けてね」
今度はヒラリーは引き止めなかった。
サーシャリアが出て行ったあと、私たちも図書室を後にした。




