聖誕祭
聖誕祭までの一週間、グレッグとの距離を詰めてくるサーシャリアと二人の聖女を避けながら、何とか無事に過ごすことが出来た。もっともこれはひとえにヒラリーの努力が実を結んだ結果と言える。
ヒラリーはグレッグを一人にしないよういに目をひからせていたから、サーシャリアは近づくことが出来なかった。
聖誕祭当日、私たちは早めにアルの執務室に集まっていた。
アルは机の上に置いた聖誕祭の工程表と配置図を示した。
「王子の側近は二人を配置するようにと言われている」
配置図によると、最上壇中央に国王、両隣に二人の妃そしてその息子達。一つ下の壇中央に聖女が5人並ぶ。聖女達の横に宰相と王の側近もいた。
グレッグ達王子の側近は壇下の横だった。
もちろん、その周りには警護のため近衛兵も目立たぬ様に多く配置されている。
「では、私とイルカが殿下の近くで待機すると言うことでよろしいでしょうか」
グレッグが尋ねた。
「いや、グレッグはヒラリーと行動をともにしてくれ。だから、ここはグレッグとヒラリーが付く」アルは配置図を指さした。
グレッグがアルを見た。
「ヒラリーと私ですか?」
「式典の間はサーシャリアや聖女達も静かにしているだろうけれど、ダンスが始まると隙ができる。その隙につけ込まれないよう、ヒラリーはグレッグをしっかり確保していて欲しい。イルカは会場で自由に動ける状態で、何か動きがあったらすぐ動けるようにしておくこと」
「何か仕掛けてきますかね」と私はアルを見た。
「ヒラリーのゲームでは聖誕祭に聖女が攫われるのだろう」
「確かにそうでしたけれど、前回の事がありましたので、聖誕祭では大丈夫だと思いますが」
「聖女がじゃなくてグレッグが攫われるかもしれないだろう。なんにせよ、あの辺境伯の聖女達はグレッグを諦めたようには見えないから、用心に超したことはない」
確かにアルの言うとおりだった。あの二人がグレッグを諦めたとは思えなかった。
「私という婚約者のいるグレッグ様を狙うだなんて・・・確かにグレッグ様は素敵ですが、モブだからと舐めた真似をして欲しくありませんわ」
ヒラリーが憤慨する気持ちも分るので、私はうんうんと頷いた。
「とにかく俺は勝手に席を離れるわけにはいかないから、グレッグの事は二人に任せる」
そう言うと、アルは式典の前の王族の打合せに、そして、私たちは式典のある大広間に移動した。
「寒いと思ったら、雪が降ってきましたね」
何気なく窓の外にヒラヒラと舞う白いものを見つけて呟いた。
「聖誕祭、やはり雪が降ってきた。絶対何かフラグが立つわよ」
ヒラリーは勢い込んだ。
「フラグですか?」
「そうよ。これだけ厳重に警備してたら聖女の誘拐はないとしても、何かのイベントがあると思うわ」
「そういえば・・・前回のパーティでは魔女が現れましたね」
「あ、壇上が騒がしくなってきたわ。そろそろ定位置に行かなくちゃ」
ザワザワと会場が騒がしくなってきた。
ヒラリーはグレッグとアルがいる壇の横に向かった。
私は壇上とグレッグとヒラリーがよく見える反対側へ移動した。檀とは反対の位置だと何かあったときにすぐに行けないが、広間全体を見渡すにはこの場所の方が都合良かった。
広間に全員が集まった最後に国王が登場して式典が始まった。
式典は来賓の挨拶が終り、最後に聖女達の挨拶を残すだけとなった。
その時、ヒラリーの側に一人の従者が近づいた。
私は何事かと従者の話を聞き取ろうと耳を澄ませた。
壇上の声と人々のざわめきの中で聞き取れたのは、「お父様が・・・」と言うヒラリーの囁く声だった。ヒラリーはグレッグに何か囁くと従者の後から広間を出て行った。
壇上を見ると、アルがすこし険しい顔でヒラリーの出て行った扉を見ている。グレッグは特に様子が変わったようには見えない。
ヒラリーが出て行ってしばらくすると、さっきの従者が戻ってきて、今度はグレッグに何やら伝えている。そして、グレッグもまた従者の後に付いて出て行った。
聖女は壇上から動いていない。
私は後ろの扉から外に出て、ヒラリーとグレッグが出て行った扉に向かった。
扉の近くには誰もいなかった。グレッグとすれ違わなかったから反対方向に進んだに違いない。
どうしたものかと考えていると、グレッグが言ったと思われる方向からヒラリーが戻って来た。
ヒラリーは私の姿を見つけると意外な顔をした。
「イルカ、此処で何してるの?」
「ヒラリー様に続いてグレッグ様も広間を出て行かれたので、何かあったのかと思い出て来ました」
「グレッグ様も出て行ったの?」
「ええ、ヒラリー様を呼びに来た従者がグレッグ様も呼んで出ていきました」
「なんですって!」
「グレッグ様が出てすぐ私も出て来ましたので、そんなに遠くに行かれたとは思わないのですが、ヒラリー様はグレッグ様と会われなかったのですか?」
「私はお父様が呼んでいるからと出て来たのだけれど、従者が行っていたところにお父様はいらっしゃらなかったから戻って来たのよ」
「では、グレッグ様はどちらに行かれたのでしょう」
「聖女達はまだ中にいるのよね」
「はい、まだ全員の挨拶が終わってません」
「そしたら、イルカ。サーチでグレッグ様を探して」
私はサーチでグレッグの場所を探す。
「いました」
グレッグは大広間から一番遠いパーティ客用の休息室にいた。
「グレッグ様はベッドで寝ています」
「この忙しい時に寝てるって事はないから、眠り薬か何かを嗅がされたのかも・・・イルカ、その部屋に行ってみましょう」
ヒラリーと私は廊下の奥の部屋に向かった。
「この部屋です」
最奥の扉の前でヒラリーに伝える。
ヒラリーは扉に手をかけて開けようとしたが、鍵が掛っているらしく開かなかった。
「開かないわ・・・」
私はサーチで他の出口がないか探してみた。
「ヒラリー様、ここの部屋の裏側に隠し通路があります。通路はこの並びの部屋と繋がっています」
「隣の部屋から入れるって事ね」
ヒラリーはそう言うと、隣の部屋の扉を開けた。
まだ誰も広間から出て来ていないので隣の部屋には誰もいなかった。
この部屋にはソファーとテーブルはあるけれどベッドはなかった。
私はソファーの後ろの壁を探る。あった。壁の中に巧妙に隠された通路の入り口が開く。
「ヒラリー様、行きますよ」
私とヒラリーは隠し通路を通って隣の部屋に入った。
グレッグはベッドで寝ていた。
「薬を嗅がされたみたいね」ヒラリーはグレッグの頬をペチペチ叩いている。
「状態異常を解消するポーションを使いますか?」
「そうね、そうしましょう」
ヒラリーはポケットからポーションを取り出してグレッグの口を開けて流し込んだ。
ゴホッ、ゴホッとグレッグは咳き込んで目を覚ました。どうやらポーションが器官に入ったらしい。なかなか咳が止まらない。
「グレッグ様大丈夫ですか?」
ヒラリーが心配そうに覗き込む。
やっと咳が止まったグレッグはキョトンとしてる。
「ヒラリー、私は君が呼んでいると聞いて広間から出た途端意識が無くなったみたいなんだけれど。どういうこと?」
「多分ですが、グレッグ様は罠をかけられたのですわ」
「罠?」
「それより、誰か来るとやっかいです。早く此処を出ましょう」
ヒラリーはグレッグを立たせると、隠し通路に向かった。
私は隠し通路が分らないように閉じてから隣の部屋に戻った。
隣の部屋の通路も閉めると、廊下に誰もいないことを確かめて部屋から出た。
広間に戻る途中でアルに会った。私たちがいなくなったので心配して探しに来たと言った。
「もう式典は終わったのですか?」
「パーティが始まったから探しに来たんだ。いったい何があったんだ」
「グレッグ様が攫われそうになったんです」
ヒラリーが言った。
「グレッグが!でも、聖女達は広間にいたぞ」
「従者を使って私たちを誘き出したのです。私は父が私を探しているので来て欲しいと言われて、伝えられた場所に行っても誰もいなかったので戻って来たら、今度はグレッグ様がいなくなっていたのです」
「私は先に出ていったヒラリーが呼んでいるからと言われて広間を出たのですが、出た所で気が遠くなって意識が無くなりました。気が付いたらヒラリーが迎えに来てくれていたのです」
「あの二人の策略だと思いますわ。あんなところで二人っきりでいるところを見られたら、責任を取らないといけなくなりますからね」
「あんなところ?」
「休息室のベッドの中です」
聞いていたアルが呆れた顔をした。
「そこまでするのか?」
「そこまでしたのです。イルカのおかげで助かりましたが・・・」
「そうか」と、アルは私の腕輪を見て頷いた。
話しながら大広間の手前まで来たところでメイド達が騒いでいた。
「どうした?」
アルは一人のメイドを捕まえて尋ねた。
「あ、殿下。扉が開かないのです」
開かないという扉にアルは開けようと手をかけた。扉はメイドの言うとおり開かなかった。扉の中から叫び声や怒鳴り声が聞こえている。何か起こっているらしい。
「使用人用の通路も使えないのか?」
「はい、使えません」
広間の扉が開かないことが以前にもあった。
魔女が出たのかもしれないと私は思った。アルを見ると、彼も私と同じ事を考えているようだ。
しばらく待っていると内側から扉が開き人々が出て来た。私たちは人の流れに逆らって広間の中に入った。
広間の中は騒然としていた。魔女が現れたと恐怖に引きつった顔で話している。
人々をかき分けて国王が座っている壇に近づく途中でサーシャリアに会った。
「サーシャリア、いったい何があったんだ」
アルの言葉は聞こえていないのか、サーシャリアはヒラリーを見つけると興奮したように叫んだ。
「魔女が来た。聖女が攫われた。ゲームと違う事が起きている」
壇上を見ると、すごい形相で叫んでいるジョイールと、その横に三人の聖女がうずくまっていた。




