執務室にて
王都は街中真っ白な雪で覆われていた。
ローレイル邸の庭も白く化粧をしているようだった。ただ、玄関から門までの道は馬車が通れるように雪かきがしてあった。
私たちは馬車に乗り込んだ。
門を出たら表の通りにでる。
表通りの馬車が通る道には雪が積もっていなかった。
屋敷の敷地内は朝早くから使用人が雪かきをしたとわかるのだが、通りはいつの間にか綺麗になっている。不思議に思っているとヒラリーが教えてくれた。王都の石畳の馬車道は魔法で積もらないようになっているらしい。王都に来て5年目に知った真実だ。そのくらい王都に雪が積もるのは珍しかった。
昨夜は轍の間を通っていたのに、いつのまに雪が消えたのだろう。そういえば城から戻るときはどうだっただろうかとボンヤリ考えている間に城に着いた。
馬車を降りてアルの執務室に向かっていると、正面からサーシャリアが来るのが見えた。
私たちを見つけてサーシャリアは近づいてきた。
ヒラリーはグレッグを自分の後ろに隠して、「あら、サーシャリア様ごきげんよう」と睨むように挨拶をした。
「ヒラリー嬢、昨日は馬車を貸していただき助かりました」
「まあ、お役に立てたのなら良かったですわ」
表面はニコニコと挨拶をしているが、昨夜の待ち伏せの事を意識しているのか、言葉が棒読みなのでサーシャリアに不信感を持っているのが丸わかりだ。
ヒラリーの様子にすこし引き気味のサーシャリアだったが、彼もジョイール殿下の命令は拒めないのだろう、ヒラリーの後ろにいるグレッグの向かって、「グレッグ、すこし時間を取って貰えないか」と声をかけた。
「まあ、グレッグ様はこれから私たちとフェアルート殿下に呼ばれているのですわ。用事があるのでしたらここでお話しいただけますか」
ヒラリーはサーシャリアとグレッグの間に立ち塞がった。
サーシャリアは困っているようだ。
気付くと、私たちの周りに通りかかった近衛兵やメイド達が遠巻きに見ている。
廊下の真ん中で睨むように立ち塞がっているヒラリーの様子は、周りの人からは異常に映るようだ。このままではいけないと思い私は二人に話しかけた。
「ここで立ち止まっていたら皆さんの迷惑になります。私たちはフェアルート殿下の側近ですので、殿下の用事が最優先になります。サーシャリア様がジョイール殿下の命令でグレッグ様に用事があるのと同じです。よろしければ、このままフェアルート殿下の執務室に同行していただき、殿下の前でお話しいただけないでしょうか」
「あら、そうね。そうしましょうよ」
ヒラリーは私の提案をすぐに受け入れた。
グレッグも「フェアルート殿下と一緒でよろしければ、私も助かります」と言った。
サーシャリアは仕方がないと言うようにため息を吐いた。
「では、そのように致します」
私たちはアルの執務室に向かった。
アルはサーシャリアが一緒に部屋に入って来たのに初めは驚いていたが、ヒラリーの説明を聞いて頷くと、サーシャリアにソファーに座るように勧めた。私たちも開いているソファーに座る。アルは執務机の椅子から私たちを見回して、「で、サーシャリアの話しというのはなんですか?」と言った後、サーシャリアの返事を待たずに「グレッグをジョイールのところにと言う話しなら断る」と断固とした声で言った。
サーシャリアは大きなため息を吐いた。
「そうですよね」
「ジョイールは聖女1と婚約が決まったのだろう。グレッグに拘ることはないのではないか?」
「それが問題なんです」
「何故だ?」
「ドッチ辺境伯のご息女を聖女として招くのに、それぞれの結婚相手を選ぶこと。そして、その相手は侯爵家以上との条件を付けられているのです」
「グレッグは公爵家三男だから都合が良いと?」
「公爵家の男性で婿に行っても良いと言われているのはグレッグだけですからね」
「公爵家ではなくて侯爵家の男性もいるだろう」
「それが、辺境伯を継ぐにはある程度の能力が必要で、侯爵家の次男、三男に適した者が見当たらないのと、姉妹がグレッグが良いと言うので・・・」
最後はヒラリーの睨みに耐えかねたのか、言葉が続かなかった。
「まあっ!私という婚約者がいるのに、グレッグ様が良いですって!確かにグレッグ様は素敵なかたですからお付き合いしたいと言うのは分りますけれど。このお話、グレッグ様に代わって断固お断りしますわ。それにローレイル侯爵家を敵に回すという後覚悟はあるのでしょうね」
ヒラリーの押しはグレッグだ。姑息な手を使ってもぎ取った婚約者の地位を手放すはずがない。
「そうだ、それにこの話は父上にも了承いただいている。これ以上の勧誘はローレイル侯爵にも失礼に当るから控えるようジョイールに伝えてくれ」
アルがピシャリと言った。
サーシャリアはまた大きなため息を吐いた。
「伝えることは伝えますけれどね。聞いて貰えるかは分りません」
「だいたいサーシャリア様もエドナ様という婚約者がいらっしゃるのに、何故あの姉妹に関わっているのです?」
当然な疑問をヒラリーは尋ねた。
「私は侯爵家の嫡男です。家は魔法の家系ですが、あるとき父が武系の血を入れたいと考えて、武系のエドナと婚約をすることになったのです。ドッチ辺境伯は魔法系と武系がどちらも優れた家系なので、父は姉妹のどちらかを嫁に来てくれるならと思っているようです」
「本人達の気持ちは関係ないのね」
ヒラリーがボソリと呟いた。
「私たちはもともと政略的婚約なので、親が決めたことには逆らえません」
サーシャリアは感情を消したように淡々と答えた。
サーシャリアはエドナを好きではなかったのだろうか?いくら政略婚約でも長い間婚約者として一緒に居たのだ。恋すらしたことのない私には分らない感情だ。しかし、グレッグを見ていると初めはヒラリーに対して何の感情も見えなかったけれど、ヒラリーがグレッグを好きという気持ちを一方的に押しつけているうちに、今ではヒラリーの我が儘すら許せるそんな感情が芽生えているように見える。それはグレッグの性格が優しいからと言うだけではないと思う。アルの側近だからと言うだけでジョイール殿下の申し出を断っているとは思えなかった。
「ところでヒラリー嬢、あなたのゲームに『魔の山』はありましたか?」
サーシャリアは突然話題を変えた。
「『魔の山』?そんなものは出てこなかったわ。私のゲームはあくまでも学園内で起こるイベントがメインだったわ」
「私のゲームにもなかったから、これは第3のゲームなのかな」
「『魔の山』ってどういうことよ」
そうだった。ヒラリーには『魔の山』の話しはしていなかった。
「先日の一角オオカミが『魔の山』から来たのかもしれないと魔法省が言っているのだ」とアルが言った。
「あのオオカミが・・・」
森を探索した結果何も見つからなかったと聞いていたヒラリーは、急に『魔の山』というワードが出て来たのに興味を示した様だ。
「『魔の山』か。RPGではお決まりの設定かもしれないわね」
「ヒラリー嬢もそう思うだろう」
賛同者がいたのを喜ぶサーシャリア。
「間違いないわ。で、『魔の山』はどこにあるの?」
「ずーっと北の森を過ぎて、霧の高原を抜けたところに万年雪に閉ざされた『魔の山』があるらしい。そこは冒険者すら誰一人帰って来たことはないと聞く」
「いよいよもって怪しいわね。結界も敗れていなかった森にどうやって『魔の山』のオオカミが現れたのかしら」
ヒラリーの疑問はもっともだった。
「そこは魔女が引きしたんだろうという話しだ」とアルが言った。
「魔女か?ラスボスは『魔の山』って事ね」
だんだん話しが恐ろしくなってきた。
「今のまま『魔の山』を目指すのは無理ね。二人はもっと経験値を上げるべきだわ」
わーっ!やめてくれ!ヒラリーは私とアルが『魔の山』に行くことを望んでいるようだ。冒険者の誰もが達成できなかった事にわざわざ挑戦しなくてもいいのでは・・・
私は恨めしそうにヒラリーを見た。
「あら、イルカ。今行けとは言っていないでしょう。そんな顔しないでくれる。設定ではラスボスを倒さないと終わらないゲームなんだからいつか行かないといけないのよ。それまでは経験値を沢山上げておかないとダメよ」
ヒラリーはいとも簡単に言ってのけた。
画面のゲームなら何回でもリベンジが出来るだろうけど、この世界では命は一つしかないのだ。どのくらい経験値を上げたら良いかわからない。
「まあ『魔の山』は当分考えなくてもいいんじゃないか」
サーシャリアはソファーから立ち上がって私の肩を叩いた。
その様子を見たアルが椅子を立って私の側に来てサーシャリアを睨んだ。
「馴れ馴れしくイルカに触れないでくれるか」
サーシャリアは一瞬驚いて私からすこし離れた。
「俺たちもこれから予定があるから、サーシャリアはそろそろ帰ってくれるかな」
アルの声にはすこし刺が感じられた。
サーシャリアはヤレヤレというようにため息を吐くと「お邪魔しました」と部屋を出て行った。
サーシャリアが出て行って足音が遠ざかるのを確認してから、「当分『魔の山』は忘れよう。今日は隠し回廊の探索をしようと思って集まって貰った。ちょっと予定より遅くなったが、今から始めよう」と、アルは私たちを見て言った。




