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偵察

 領地に戻り、私たちは以前の生活に戻った。

 二週間に一度アルから剣の練習課題が届いた。

 剣の練習の成果を必ず送る約束をしていたので、私も二週間に一度練習結果を送っている。

 ヒラリーは毎日グレッグに手紙を書いているようだが、グレッグからはアルの手紙と一緒に二週間に一度返事が来ていた。

 アルは練習成果を見ていろいろ注意点とかを書いてくれる。そのおかげだろう剣の腕が少しずつ上がっているように感じる。

 最近では侯爵様のお許しを得て、領地の騎士団に練習を付けて貰っている。

 しかし、『忍法帳』の方は手を焼いていた。

 出来ないなりにいろいろやっていたら、ヒラリーには内緒だが、最近少し魔法が使えることが分った。

 小さいけれど火の玉を作ったり、ちょろちょろだけど手から水が出たり、風で木の葉を飛ばすことが出来るようになった。私はどうやら火と水と風の魔法が使えるようだ。


 ヒラリーは日常、私は非日常の日々を送って一年半が過ぎた。

 ヒラリーが王立学園に入学するまであと半年だ。

 ヒラリーが学園に行ったら私は自由だ!と思っていたら「ゲームの舞台は王立学園なのよ。イルカが一緒に学園に行かなければ、私が国外追放になるじゃない。そんなの嫌だわ。だからイルカも王立学園にいくのよ」と睨まれてしまった。

 ヒラリーは私を王立学園に入学させるために、侯爵様と奥様に毎日直談判をしていると聞く。

 奥様は私を学校へ行かせてくれるようだが、領地の学校で良いと考えているらしい。

 王立学園は王都に隣接する街全体が学園都市になっているらしい。その中にある全寮制の学校だ。入学試験に合格したら貴族ばかりでなく平民も通うことができる。しかし、全寮制ということもあってかなりお金がかかるらしい。だから平民と言っても裕福な商家の子女でないと通えないとも聞いている。

 いくらヒラリーの頼みと言っても、侯爵夫妻は一小間使いの私には贅沢だと思っているらしい。私もそう思う。

 ヒラリーが入学試験を受けるために王都に向かう数日前、突然奥様から呼び出しがあった。

「お呼びでしょうか?」

 奥様は何故か困惑の表情をしていた。

「ルカ」と私の名前を呼んでフーッと大きなため息をついた。

 何だか嫌な予感がしてきた。

「王立学園は貴族も平民も同じように受験できるけれど、ヒラリーがいくら一緒に行きたいと言っても、領地で働きながらここの学校に通う方があなたの為にはいいと思っていたのだけれど・・・」

 けれど・・・なんだろう?

「ヒラリーがルカも一緒に学園に行けるようにと言っているのは知っているわよね」

「知っていますが、私には分不相応と考えています」

 奥様の顔がますます曇った。

「ルカは賢い子だから、いつまでもヒラリーの我が儘に付き合わせるのも可愛そうだと思って、あの子が王立学園に行っている間は、領地の学校に行くようにと思っていたのよ。ところが、意外な方から、あなたを王立学園に入学させるようにと旦那様にお手紙が届いたの」

「は?」

「ヒラリーの婚約者のグレッグ様の従兄弟のアル様から、ルカを王立学園に入学させるようにと旦那様宛に手紙が来たらしいの」

 奥様がアル様と言った?何故アルが侯爵様に手紙を書いてまで、私を王立学園に入れたいのだろう?

「今朝、旦那様からルカも王立学園の入学試験を受ける様にと言われました」

「アル殿から言われたからですか?・・・なんで・・・???」

「それは私にも分りません。旦那様はご存じの様ですが、私には教えて下さいませんでした」

 ヒラリーは国外追放仲間の私が一緒にいないと話しが始まらないとずっと言っていたので分るが、なぜアルまで?王都で剣の修業でもさせるつもりだろうか?

 訳が分らないまま、私はヒラリーと一緒に王立学園の試験を受けることになった。

 この話を聞いて喜んだのはヒラリーだけだった。


 一年半ぶりに王都に来た。

 私は高い学費を侯爵様に払って頂いてまで王立学園に行くのは心苦しかった。侯爵様にご迷惑をかけてはいけないと思い、王都に着いた翌日、執事にお願いして学園の奨学金制度について調べて貰った。

 流石侯爵家の執事、その日の夜に返事を貰った。

 王立学園には入学試験で優秀な成績の者には学費免除の制度が有るらしい。

 執事に調べて貰って申し訳ないけれど、優秀な成績を取る自信はまったく無い。

 心くじけて部屋に戻ったらヒラリーが待っていた。

 ちなみに私の部屋は以前滞在したときと同じで、お嬢様の隣の部屋だった。

「何処に行っていたの?」

「明日からの予定を執事に確認していました」

 ヒラリーはそれを信じたようだった。

「予定の確認は必要よね」と頷いている。

「ところでお嬢様はどうして私の部屋に居るのですか?」

 私のこの言葉を待っていたかのように、口元に笑みを浮かべた。

「イルカにやって貰いたいことがあるの」

 やって貰いたいこと?悪い予感しかしない。

「何でしょう」

 一応聞いてみた。

「イルカは今からアレド伯爵邸に行ってヒロインの様子を見てきて欲しいの」

 またまた訳の分らないことを言ってくる。

「アレド伯爵邸ですか?」

「そうよ。ゲーム通りならもうヒロインはアレド伯爵邸にいるはずなの」

「こんなに夜遅くではなく、昼の時間にお嬢様が直接行かれたらどうです?」

「バカね、誰が正面から会いに行けと言ったのよ。こっそり調べてきてと言っているのよ」

「えーっ!今からですか?」

 私は大げさに、さも嫌だと言わんばかりに答えた。

「なあに、不満なの」

 大いに不満です。だいたい子供は夜働いてはいけないんですよ。

 ヒラリーは膨れている私を無視して、黒い衣装を取り出した。

「これを着て行くのよ」

「これは・・・」

「忍者の衣装よ。流石に着物じゃあ動くのに不便だから、これを着ていくのよ」

 ヒラリーは忍者装束を広げて見せた。

 黒の上下、上は丈の短い着物と膝から下を絞ったズボン?それに地下足袋。まさに忍者の装束だった。

「これはどうされたのですか?」

「私が作ったのよ」

 え!え!え!「お嬢様がですか!」

 目が二重にも三重にも開いてしまった。

「何驚いているのよ。こうみえても大学は被服科だったのよ。このくらいは朝飯前よ」

「はぁ・・・」

 もしかして今までの私の着物も全部ヒラリーの手製だったとか・・・

「なによ、信じられないっていうの」

「いえ、意外なご趣味で、ハハハハ・・・」

 笑いしか出ない・・・

「とにかくこれに着替えて出掛けてちょうだい」

 偵察を中止する気は無いらしい。

 私は渋々忍者の衣装に着替えて出掛けることにした。

 どうとでもなれという気持ちで出掛けようとしたらヒラリーに呼び止められた。

「ちょっと待ちなさい!イルカ、アレド伯爵の屋敷を知っているの!」

「あっ、存じません」

「まったくあんたときたら、しっかりしてるのに何処か抜けてるんだから」

 ヒラリーはブツブツ言いながらアレド伯爵の屋敷の地図を渡してくれた。

「じゃあ、気を付けるのよ」

 私は誰にも気付かれないように窓から抜け出した。ちなみにここは2階である。

 通りに出る前に1階の明かりの点いている窓際に近寄り地図を確かめた。アレド伯爵邸は侯爵邸より2ブロック先にあった。

 私は地図を懐にしまうと、コッソリ塀を越えて通りに出た。

 今日は新月だ。偵察に行くのには都合が良かった。

 邸宅が大きい分1ブロックが長い。ひたすらアレド伯爵邸を目指して走った。

 ふと気付くと、後ろから誰かが付いてくる気配がする。私はサッと角を曲がって立ち止まった。そして急に後ろを振り向いた。

 あっ!思わず声が出そうになった。そこにはフードをかぶった人物が立っていた。

「やあ、久しぶり」

 フードの少年は何事も無かったかのように私に手を振った。

「アル殿?」

「そうだよ」

「何故ここに?」

 何故アルがここに居るのか不思議に思った。

「君たちが昨日王都に着いたと聞いたから」

 私たちは昨日王都についたけれど、誰から聞いたのだろう?

「聞いたからって、どうして?」

 不思議に思ったのが顔に出ていたのだろう。

「昨日王都についたなら、今日は来るだろうと待っていたのに来なかっただろう。グレッグが心配して、俺に様子を見てきて欲しいと頼んだから、お前のいる屋敷の前まで行ったんだ。そしたら、丁度お前が塀を越えて出てくるのが見えたんだ。だから後を付けてきた」

「グレッグ様がヒラリーお嬢様が訪ねて来るのを待っていたのですか?」

「そうだよ」

「すみません。今日は旅の疲れが出て昼近くまで寝ていました」

 身体を90度に曲げて謝る。

「それで、夜動いてるの?」

「いえ、そういう訳では・・・」

「では、どういう訳?」

 有無を言わせぬ口調でアルが聞いた。

「アレド伯爵のところにヒロ・・・いえ、光魔法を使う少女がいると聞いたので、偵察に行くところです」

 アルにゲームのヒロインと言っても分らないはずだ。確か光魔法が使える少女とヒラリーは言っていたよね。それに聖女とか言っていたと思うけど・・・

「アレド伯爵?光魔法?」

「未来の聖女かもと噂を聞いたので・・・」

「ああ、そういえばそんな噂が流れているようだね。イルカってミーハーなの?」

「ちょっと興味があって・・・」

「ふーん、俺も一緒に行って良い?」

「アル殿がですか?」

「イルカの興味の有る者は俺も知りたいから」

 私はここでアルと話していても時間が経つだけなので、一緒に行くことにした。

 アレド伯爵邸に着いた。

 屋敷の裏手に回り、警備の目を盗んで塀から中庭に忍び込む。

「相変わらず身軽だね」とアルが耳元で囁く。

 私はそれを無視して明かりの点いている窓に目を向ける。窓が少し開いている。上手い具合に窓の側に大きな木があった。

 私は躊躇うことなくその木に飛び乗った。鍛錬の賜である。

 アルも私の後に付いてくる。アルはフワリと浮かぶように私の横に来た。

 明かりの点いている窓を覗くと、男の人が二人ソファーに腰掛けてワインを飲んでいた。

 私は話しを聞こうと耳に神経を集中した。

「あの子はどうしてる?」

「伯爵様の言われたとおり、先ほどまで勉強していましたが、今は休んでいます」

「そうか、思ったより頭の良い子で良かった」

 男の一人はアレド伯爵の様だ。

「そうですね。顔も可愛いですし、あの子なら王子達も気に入るでしょう」

「そうだな。光魔法が使えて性格も悪くない」

「あの子が聖女になれば、王妃ですからね」

「そうすれば、我が伯爵家も王家とのつながりが出来る。隣の領でローレイル侯爵が大きな顔が出来るのも今だけだ。王家とつながりが出来れば文句も言えなくなるだろう」

 ここでローレイル侯爵の名前が何故出てくるのだろう?私が不思議に思っていると、アルが私の腕を掴んで庭の角を指さした。

 アルが指さした方に目を向けると角を曲がって来る警備員の姿が見えた。

 危ない、気付かれないうちに抜け出さないと見つかってしまう。

 私とアルは音を立てずに木から塀の上にそっと飛び移り外に出た。1ブロック走った所で立ち止まった。

「アル殿、ありがとう。教えてもらわなければ、警備員に気付かれるところだった」

「イルカが捕まらなくて良かったよ」

「ホントに、こんな変な姿で捕まったら、魔女と間違われて処刑されたかも知れない」

 私の言葉にアルが改めて上から下まで見た。

「そういえば、いつにも増して変な格好だな」

「この姿は今夜だけです!・・・たぶん・・・」

「また、ヒラリーの趣味か?」

「そうです!」

「学園に行けば制服があるから良かったな」

 学園と言えば・・・

「アル殿、私に王立学園に行くことを侯爵様に勧めたと聞きましたが・・・」

「ああ、イルカがいれば学園生活も退屈しないと思ったから侯爵に頼んでみた」

「退屈しのぎの為に私に王立学園に行くように勧めたのですか?」

「そうだよ、それが悪いか?」

 そんなしょーもない理由で王立学園に入学を勧めたのか・・・侯爵様ごめんなさい・・・

「悪いに決まっているじゃないですか。私は侯爵家の一小間使いなんですよ。あんなにバカ高い学費の学園に通える身分ではないんです!」

「あの学園に身分は関係ないよ。制服があるのも洋服によって身分の差が出ない為だよ」

 アルはそう言うが、平民も平民のど平民の私にとってはたいそうな事なのがわかってもらえない。

「アル殿は貴族だからそう言えるのです!そんな我が儘を侯爵様に言えるなんて、どういう身分なんですか!」

 些か強い口調になってしまった。

「俺の身分?グレッグの従兄弟だから同じと思って貰って良いよ」

 しらっとそんな事を言っている。

 グレッグ様と同じと言うことは公爵家・・・公爵家と侯爵家・・・旦那様、すみません。

 歩きながら話していたら、ローレイル侯爵邸に着いた。

「また塀から入るんだろ」とアルが面白そうに笑った。

「そうですけど」と少しムッとした顔をして見せた。

 アルはそんな私の様子は気にならないようで、

「明日はぜったい来いよ、待っているから」と手を振って帰って行った。

 ブーッと膨れながらアルの去って行く方を見ていると、アルの後から護衛だろうか二人ほど付いていくのが見えた。

 やはりアルは良いとこの坊ちゃんの様である。

 私は出た時と同じように塀から屋敷の中に入った。

 開けていた窓から部屋に入るとヒラリーが待っていた。

「どうだった?」

「ヒロインは寝ていて会えませんでした。アレド伯爵と思われる人が、ヒロインは頭が良く可愛い子供だと言っているのが聞こえました」

「やはり頭が良くて可愛いのね・・・」

 ヒラリーが考え込んでいる。

「それから、外に出たところでアル殿に会いました。グレッグ様が待っていたのにお嬢様が来なかったと文句を言われました」

 その話を聞いて、ヒラリーの顔がパァーッと明るくなった。

「アル様に会ったの?」

「はい、明日は必ず来て下さいと言っていました」

「グレッグ様が私を待っているって言ったのね」

 ヒラリーはもうヒロインの事は忘れてしまった様だ。

「イルカ、明日公爵邸に出掛けるわよ。そうとなったら早く寝なくちゃ、お肌に悪いわ」と言って、嬉しそうに部屋を出て行った。

 結局私の今夜の働きは何だったのだろう・・・

 無駄・・・この分だと残業手当も付かないんだろうな・・・

 考えても仕方ないから私も寝ることにした。


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