勇者
夜8時、私とヒラリーはアルの部屋のベランダに立っていた。
部屋は暗く灯りは点いていない。まだ帰っていないようだ。
私たちはベランダでしばらく待つことにした。
「遅いわね」ヒラリーは肩にかけていたショールを掴んだ。
後期の授業が始まり、試験を迎えたこの頃は夜になると少し肌寒くなってきた。
ヒラリーの鼻の頭が赤くなっているのに気付いた私は、「ヒラリー様、殿下が何時に戻ってくるかわかりません。夜も遅くなると外気が冷たく感じます。風邪などひかれては試験に影響が出てしまいます。今日はもう戻ったほうが良いのでは?」と、ヒラリーに尋ねた。
「大丈夫よ。どっちみちあんたは残って帰ってくるのを待つつもりでしょう」
「はい、約束ですので交代時間まではいるつもりです」
「だったら私も残るわ。今日中に話しておいた方がいいと思うの。それにしても遅いわ。森から帰って何時間経ったと思っているのかしら」
ヒラリーが文句を言いたいこともわかる。
「森で想定外の魔獣が出たのです。これからのことを話し合っているのでしょう」
「そうかもしれないけれど…」
「シッ、ヒラリー様、ドアが開く音がします。戻ってきたようです」
しばらく待っていると、部屋の灯りが点いた。一人ではないようだ。アルの後ろに人影が見えた。
今にも窓を叩きそうなヒラリーを止めた。
「ヒラリー様、用心してください。殿下は一人ではないようです」
ヒラリーは手を止めて中を覗き込んだ。
「グレッグ様」
ヒラリーが小さく叫んだ。
私は慌てて中を覗いた。
アルの後ろから入ってきたのはグレッグだった。
私は窓ガラスを軽く叩いた。
アルと目が合った。
「こんなところで何をしているんだ」
アルはベランダの窓を開けて、私たちを部屋の中に引き入れた。
「グレッグ様」
ヒラリーはアルの前を通り過ぎて、まっすぐグレッグに近づいた。
「ヒラリー、君はなぜここにいるんだ?」
「グレッグ様こそ…どうしてここに…」
「俺がグレッグを戻してくれるよう頼んだんだ」
「よく聞いてくれましたね」
「魔獣の調査を頼まれたから、それならグレッグを戻してほしいと頼んだ」
「魔獣の調査ですか?魔法省は動いてくれないんですか?」
学校内の出来事とはいえ、魔獣が出たのだから魔法省が調べるのが当然だと私は思った。
「そうなんだが、学校側は大げさにして騎士や兵士を校内に入れたくないみたいだ。それで俺に調査を依頼してきた」
「殿下にですか?」
「一角オオカミを倒したからだと言っていたが、学校側は何か隠しているようだ」
「隠しているって、どういうことかしら」
ヒラリーは考えるように言った。
「詳しくはわからないが、いろいろあるのだろう。ところで、ヒラリーはここで何をしているんだ」
私だけでなくヒラリーも一緒に居たのが不思議だったのか、アルはヒラリーを見ていった。
「殿下、一角オオカミの調査って、グレッグ様も一緒にするのですか?」
「そのためにグレッグを返してもらったのだから、当然一緒に調査する」
「その調査にはイルカもつれていくのですか?」
「多分そうなると思う。俺とグレッグでは心もとないから、ローレイル騎士団の精鋭を借りるつもりでいる。イルカは俺の側近だから当然一緒に参加することになる」
アルの説明を聞いて、私は少し安心した。学校側も王国騎士団を入れる気はなくても、学生だけで調査をやらせると、何かあったときに言い逃れができなくなるので、ローレイル騎士団に頼むという、アルの提案を受け入れたのだろう。
「その調査、私も参加するわ」
当然のようにヒラリーが言った。
「ヒラリー、危ないから君はやめておいた方がいいよ」
グレッグが心配顔でヒラリーを見た。
「大丈夫よ。一角オオカミを吹き飛ばしたところを見たでしょう。私がいれば大丈夫よ、何匹来ても蹴散らしてあげるわ」
ヒラリーは鼻息荒く胸を張った。
「ヒラリーの参加は考えておこう。ところで俺のところに来たということは何かあるのか?」
アルは話題を変えた。
「そうそう、殿下と打ち合わせをしたくてお邪魔したのです」
「打合せ?」
「そうです」ヒラリーは持ってきた紙を広げた。そこには昼間私に説明してくれたのと同じ円を描いた図があった。
「まず、この図を見てください」
ヒラリーは紙に書いた三つの円を指さした。
「この円はそれぞれのゲームを表しています。このかぶっている二つの円は、第一王子殿下が出ているゲームです。サーシャリア様のゲームと私のゲームですね」
「少し離れている円の中に、俺の名前とイルカの名前が書いてあるけれど、これはイルカのゲームか?」
「そうです。正確に言えばイルカのゲームでなくて殿下のゲームです」
「俺のゲーム?」
「殿下もイルカも私とサーシャリア様のゲームには出てきません。だから別の円の中です」
「ヒラリーやグレッグも違うのか?」
「違います。まあ、サーシャリアのゲームには私も出てませんけどね。でもモブとはいえ私のゲームには私は出てきます。イルカのゲームでは戦闘シーンになると身体が変化しますが、私のゲームもサーシャリアのゲームも変化はしません。だから別のゲームだと判断ができます。そして、イルカのゲームのように見えていて、イルカのゲームでないと思うのは、あの赤い目の王子から聖女探しを依頼されたのは殿下でした。この三番目のゲームが『聖女を探す』ゲームだとすると、殿下は『勇者』でイルカはその従者になると思われます」
「勇者?」
アルが不可解な顔で尋ねた。
ヒラリーはテーブルを指さして、断言するように言った。
「この三番目のゲームは殿下のゲームなんです。だから、殿下は勇者になるんです」
「どういうことか詳しく説明して欲しい」
アルだけでなく、私もグレッグもヒラリーが何を言っているのか全くわからなかった。
「説明しろと言われても、私にもわかりません。ただRPGだと主人公はたいてい勇者だから、勇者としか言いようがないんです」
若干切れ気味でヒラリーは言った。
私もアルもそれ以上聞くと、ヒラリーの機嫌が悪くなる気がしたので、後はグレッグに任せることにした。




